【51】別棟を卒業する。 (ここから加筆エピ)
――さて。
アベル様と本当の意味で結婚することを確かめあって以来、私は別棟には戻れなくなっていた。
お試しで一日だけ、と思って泊まったあとも、そのままズルズルと何日か滞在していたが、そろそろ別棟が恋しくなった。
「今日から別棟に帰りますね」
朝食の席で、アベル様にそう伝える。
すると、アベル様が眉間に皺を寄せ……えっ!?
「それは許可できませんね」
「え……でも、今回はお試しで泊まっていたので。しかも、もう何日か泊まってますし、そろそろ」
「奥様、それは駄目ですね。いけません。私ももう、本棟にお部屋を頂きましたし。もう共にここに骨を埋めましょう」
背後からリリィが不穏な発言してきた! リリィ、こいつ……!
骨埋めるとか言うな!!
そしてさらに。
「荷物なら使用人ども運ばせて頂きますので、どうぞ本棟でゆるりとお過ごしください」
セバス! 荷物を移動されたら、別棟にもどる理由がなくなる!
おのれ、謀ったな!
「奥様……やはり私達使用人のことが許せないんですね……ぅっ」
侍女の泣き落としキタアアアア!!
自責を利用して私を本棟に縛り付けようとしている!! 手練れめ……!!
「あ……いや。それはもう全く気にしていないから、ね?」
侍女の罠だとわかりつつも、そう言うしかない! くそ……っ! 汚い! 自責技(造語)汚い!
「それは良うございました。ならば問題ございませんね。では、さっそく手配致しますので私はこれで」
セバス、行くなぁああああ!!
「え、ちょ……待っ」
セバスの背中に手を伸ばそうとすると、その手をアベル様に取られた! の”っ!?
「リコ、あなたの帰るところは、もう別棟ではないですよね……?」
「う……!?」
私の手を取り口づけし、熱を含んだ瞳でジッと見つめてくる旦那様。
む、無表情のくせに!!
ついでに言うと、こんな使用人が何人も見てるとこで、こういう事、やめてください!!
テーブルで小皿のミルクを舐めていたサメっちが言った。
「はい、リコの負けだね~。確かに別棟に帰るクセがついちゃったらいけないしね」
一緒に席について紅茶を飲んでいたニャン教授も言う。
「そうだな。別棟に帰るクセがついたら、本棟にいつまでも馴染めないぞ、リコ」
人形たちが……! あなたたち、私の保護者気取りですか!?
私がワナワナと震えて口をあんぐりしていると、
「サメっち、ニャン教授。リコの説得をありがとうございます。……あなたの人形たちは、賢いですね、リコ」
そう言ってアベル様がニッコリされた。
う。
アベル様、笑顔浮かべるポイント計算してます!?
ふとしたタイミングで笑顔を浮かべられるの、私弱いんですけど!
オーバーキルやめてください! 泣くよ!?
そして結局私は、全方位からの説得により、お試しのつもりだった本棟にそのまま住むことになった。
しかし、私が別棟を恋しがる気持ちもアベル様はわかっていて。
「別棟の改装は来年度に行いますから――そうですね……1ヶ月後くらいなら一度、別棟に足を運んでも良いですよ」
「え、なぜ1ヶ月後」
「それくらいすれば、もう本棟の暮らしに慣れてるでしょうから、別棟に帰る必要なかったかな……と感じると思いますよ」
「策士だ!?」
「ふふふ」
そんなアベル様の予想は当たり、私は一ヶ月も経つと、別棟に行く必要性を感じなくなった。
本棟に用意された部屋は、広々としていて人形たちが遊んでいても問題ないし、日当たりも風の通りも適度だった。
また本棟の中を人形たちが自由に遊び回ることも旦那様は許してくれたし、使用人たちも彼らと仲良くしてくれた。
「快適すぎる……」
1ヶ月後、アベル様が仰っていたこともあり、自分の気持ちを確かめに別棟へ足を運んでみたけれど、特に戻りたいとは思わなかった。
くっ……。アベル様やみんなの読み通りだ!
ただ、別棟の庭園でティータイムはたまに取りたい、と申し出た。
別棟に滞在した間、アベル様とティータイムした思い出が浮かぶからだ。
それはこれからも重ねていく思い出にしたいと思ったのだ。
ペンキで塗りたくってしまった別棟が、綺麗な邸宅に生まれ変わっても。
そこでの楽しかった記憶はこれからの礎(いしづえ)。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます