【36】妻、ですって。



「……やっちまった……」


 また、夜に思い出して足バタバタするような案件起こしちゃったよお!!


「今のわざとじゃ?」


 冷静さを取り戻したリリィに言われた。


「わ、わざとじゃ」


「わざとっぽかったよね」


 サメっちにも言われる。


「ふふ、奥様って可愛い!」


 10歳の女の子に可愛いって言われた!!

 そんな風に屈託のない笑顔を浮かべるあなたなんて、妖精のようですよ!!


「私、いつか奥様と恋バナしたいです~」

「こ、恋バナ!?」

「はい!! アベル様とのラブラブなお話とか聞きたいです!」


「わ、私とアベル様はそ、そういう……えっと」

「ふふ、奥様真っ赤です! 可愛い!」

「うあ……?!」


 私、10歳の女の子に翻弄ほんろうされてない!?



「と、とにかく。さっきのは、わざとではなく……ち、違いますから!! ……えっと、とりあえずリリィ。孤児院の子たちにいつでも逃げられるよう準備しておきなさいって伝えて。あ、そういえばこの街には巨大魔物が来た時用の避難所はあるの?」


 大きな街には大抵それが準備されてるはず。

 街によって、わざわざ作った地下街だったり、地下洞窟がある街ならそれを利用したりして、緊急時に備えてあるはず。


「あ、知ってます。あります。大きな地下洞窟が避難用に指定されてますよ~!」

「じゃあ、もしなにかあったら皆をそこへ連れて行って」


「はい!! では、行って参ります!」


 リリィはそう言うとピッと敬礼して、孤児院へ向かった。


「リコ、僕らはどうするの?」

「そうだね……えっと……旦那様は、やり取りを冒険者ギルドで調べるって言ってたけど……私が買った土地のことで、あまり旦那様の手をわすらわせるのもなぁ……」


 私はしばし思考した。


「そうだ、サメっち、この荷台から持ち主の匂い拾える?」


「ああ、そうだね~。ちょっと匂いを拾ってみるよ。卵のほうが強烈だったからうっかりしてた。……でも時間経ってるからベルトについた匂いはちょっとわかりづらいな……くんくん、あれ、この匂いのもとは」


「あ、手ぬぐい落ちてるね」


「これは、バッチリ匂いがついてる。よし、いけるよ。リコ、乗って」

「街にいるかな?」

「いるいる、レッツゴー」


 そして私とサメっちも、その場をあとにして街に向かった。



******


 サメっちに乗って、サメっち任せで街へ飛ぶ。

 しばらく飛ぶと、サメっちは冒険者ギルドの前で止まった。


「ああ、やっぱり冒険者の仕業なのね」

「珍しすぎるアイテムだもんね」

「よくあんな大きな卵を無事に盗んできたもんだわよ」


 私はサメっちを肩乗りサイズに戻すと、冒険者ギルドに入った。

 サメっちはフヨフヨと、空中を泳ぎながら私を案内する。


「こっちだね。ああ、あの隅っこのテーブルを囲んでいる男の人たちだよ~」

「わかった」


 テーブルに近づくと、商談しているようだった。


「いや、オレは細胞を取ってこいって言ったんだよ!! なんで卵ごと奪ってくるかな!!」


 依頼者だろうか、術師っぽい風体の男性が冒険者パーティを叱りつけている。


「卵からかえったら、ガキからいっぱい細胞採取できるじゃねえか」

「細胞のかたまりを危険を犯して盗って来たんだから、報酬はずんでくれよ」


 一方、冒険者達の態度は悪い。酒を飲みながら、赤ら顔だ。


「求められてない仕事をすんな!? 子供とはいえ、卵から孵ったら危ねえだろ!? そんなもん街に持って帰ってくるなよ!! だいたい親が追ってきたらどうするんだ!!」


「大丈夫だ、ちゃんといない時にこっそり奪ってきたからよ。その証拠に俺等、無事に街に戻ってきただろ」


「いや、でも巣にお前らの匂いが付いてるだろ!! 子供自体が無事で、ちょっと細胞とられたくらいなら大丈夫だが、卵を盗られたら血眼で街まで追ってくる可能性高いぞ!? ……やばいな、商談は不成立だ。じゃあな」


「あ、おい!! 待てよ!!」


 ――あ、やばい。

 これは乱闘になる。


「ちょっと、ストップ!」


 私は止めに入った。


「誰だねーちゃん」


 冒険者の男たちは、私を見たとたんニヤニヤした。

 セクハラくさい。


「これは綺麗なお嬢さん、何かな」


 術師はまともそうだ。



「私は、その人達が勝手に卵を置いてった土地の地主よ。……ちなみに領主のつ、妻のアプリコットです」


 妻って言うの、若干むずかゆい。

 まだ正式な妻ではないけれど、書類上は妻でして。……つ、妻っていってもいいよね!?


 アベル様の妻か、そうか……ふふふ。

 


「えっ! 領主の奥様!? これは失礼致しました」


 術師は丁寧にお辞儀した。

 この人は礼節がちゃんとしてるな。


 それにしても、領主の奥様か……あ、もっと言ってください、術師さん。

 と思いながら用件を伝える。


「そうです、荷物の件で話があります」


 私は全員を見て言った。


「おう……なんでぇ、つまんねぇ。一緒に呑めねえじゃねえか」


 ……は?


「おい、お前ら、領主の奥様といえば、王宮から嫁いでこられたアプリコット姫様だぞ」

「ああ、あの男をとっかえひっかえするっていう」

「なあんだ、遊び好きなら姫様、オレとも遊んでくれよぉ」


 ……おい。


 そして、冒険者の男が1人、近寄ってきた。

 うわ、酒臭い!!


「ちょ、ちょっと、――サメっち!」


 私は手を取られそうになって後ずさり、サメっちを人サイズに大きくしようとして――


「こら、酒に酔ったからって領主の奥様に悪さをするんじゃ――あ」


 術師が制止しようとしたが、私の背後を見て青い顔になったかと思ったら、私は後ろから抱きすくめられ、旦那様の声がした。


「――質問なんだが。私の妻と、何をして遊ぼうと言うんだ?」


「「うあ!?」」


 私と呑んべぇ冒険者の声が被った。


 振り返ると、ものっそい剣呑な瞳で怒った顔のアベル様と、ミリウス家の騎士が数人立っていた。


……聞きました?

 妻、ですって。


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