【34】旦那様に付いて回ってしまった。


  パーティから帰ってきて数日。


「あの、リコ」

「なんでしょうか、アベル様」

「手を放してくれませんか? 流石にずっとスーツの裾を持って付いてこられると、仕事ができません」

「あー……そうですね」


 自分の手をジッと見る。

 私は何をやってるんだろう。

 パーティ後、私はアベル様に……懐いた猫のようにくっついて回ってしまっている。

 来たくはなかった本棟に自ら来て、こんな事をしている。なぜだろう。


 ……まあ、でも、なんかそうしたくて。


「あの、リコ」

「なんでしょうか、アベル様」


「その、デスクの向こうに座り込んで目から上だけ出して、じっとこっち見るのやめてくれませんか……。仕事に集中できません」


 アベル様が口元を抑えて震えてる。

 無表情ベースのアベル様が笑いをこらえている。


「え、そんな事してましたか……私」

「今してます、せめてあちらのソファに座ってください」

「あ……そうですね」


 私は背もたれの方を向いて、ソファに座るというより乗って旦那様を見た。


「ちょ……。あ、すいません。言い方が悪かったです。ソファに座って本でも読んでください。こっちを……そんな背もたれ越しに見ないでくださ……ぷっ…」


 ん? と首を傾げたらアベル様が吹き出した。

 おー。無表情が通常運転のアベル様が笑っている。

 目が合っただけで笑っちゃうとか箸が転がるだけで笑う年頃なんでしょうか、アベル様。


 そんな事をしていたら、セバスに首根っこ掴まれた。


「これは旦那様の仕事の効率が落ちます。申し訳ありませんが、別棟へお帰りください、奥様」


 ぽいっ。


 ――最終的に、私はセバスに本棟から、つまみ出された。

 奥様とか呼んでくるくせに、仕事が滞りそうになったら容赦ないなセバス!!


 しょうがないから、別棟に戻ってきた。

 庭園で本を読みながら、お茶を飲む。


「ん。……あれ?」


 いや、冷静になると、私はホントに何をやっているのだ……?、という思いに駆られてきた。

 なんでアベル様に不自然な程ついて回ってたんだ。

 自分で自分に思う。 ……馬鹿じゃないの?


 これでまた黒歴史が増えた。

 夜にベッドで足バタバタしちゃうよ……。


「リコ。そんなに旦那様と一緒にいたかったの?」


 サメっちが小皿に入ったミルクをペロペロしながら言ってきた。


「えっ。いや、そんなことはないよ!?」


 それを言った時、肩に手をぽん、と置かれた。


「そんな事ないんですか? じゃあイタズラだったんですか?」

「え」


 振り向くとアベル様が立ってた。


「あ、アベル様、心臓に悪いのでテレポートで背後に立つのやめてください」

「これは失礼」


 わかる。

 無表情に見えて、これ微笑んでる。なんかドキドキするな……。


「お仕事は?」


「休憩時間です。それで……あんなに嫌ってた本棟に来てもいいほど、私に会いたいと思ってくれたのか、と嬉しく思っていたのですが? そんな事はなかったんですか?」


「あ、いや、その……自分でもよくわからないんですが、そうしたくなってしまったというか……いや常識が欠けてましたね、すみません」


 気がついたらやってしまってた、みたいな感じだった。


「あ、ああそうだ!! えっと!! 父が執務室で仕事中いつも母を膝に乗せたりしていたのを小さな頃からよく見かけたので……っ」


 言い訳に困った私は、思わず両親のせいにしてしまった。

 ご、ごめんなさい。でも、事実ではあるのだ。恥ずかしい。


「……えっ」


 アベル様があんぐり口を開けた。


「陛下は何をなさっているのだ……」


 指で眉間を揉まれるアベル様。

 父、すまない。


「……ちなみに、前ミリウス辺境伯も他の取り巻き男性も、母に捨てられる前は母の仕事をしながらそんな感じでした」


「伯父上……」


 遠い目をされるアベル様。


「……でも、そうですか。あなたは特殊な状況で育ってきたようだから、たまに認識がズレているところがありそうですね」


 アベル様が苦笑なさっている!!


 いや、さすがに彼らのことは非常識だと思いますよ!

 おかしいな、前世からの経験で私は常識がある人間だと思っていたのに!


 でもさっきのは確かに、おかしかった!

 今生での血筋が影響してるんでしょうか! ――いや。


「すみません、以後気をつけます……」


 いやいやいや。自分の変なところを他人のせいにしてしまうのはいけない。


 しかし、どうしてもアベル様について回りたくて気がついたらやってしまっていたのだ。

 私は一体どうしてしまったのだと自分でも思っているのだ。


「仕事中でなければぜひ……あ、いま膝に乗せてお茶飲みましょうか?」


 アベル様が少し笑いながら言った。

 からかわれている!


「追い打ちするのやめてください!? 私が悪かったです! 大変失礼しました!! あ、そうだ! お茶淹れますね!!」


 そう言って、私はお茶をカップにそそごうとした。

 そこへ。


「奥様、私がやりますので!!」


 エントランスで掃き掃除してたリリィが駆けてきた。


「あ、そうだったね。リリィに頼まなきゃいけない仕事だった」

「はい!!」


 リリィがアベル様のぶんのお茶を淹れる。

 大分手慣れてきてる。いろいろと覚えるの早い。


 そういえば他の子に比べてワークが終わるのも早いし、色々と知識も多い気がする。

 きっと、もとからのスペックがいいんだろうなぁ。



「そういえば、孤児院のことで、発言してもよろしいでしょうか!!」


 ハイッ! と挙手するリリィ。

 キラキラ笑顔で可愛い。なんだこの可愛さは。

  撫でくりまわしたい。


「どうぞ。何かあった?」


 アベル様がありがとう、と言ってリリィの淹れたお茶を飲む。


 ……あれ? そういえばリリィは多分、次世代聖女だと思うのだけど、アベル様の態度は普通だ。

 まあ、さすがに10歳の女の子に懸想することはないとは思うけれど。

 聖女によって違うこともあるのか、まだ幼いからなのか。


 あ、そうか。母親は魅了封印してないから……その違いかな?

 でも、リリィは同年代には普通にモテモテではある。

 しかし彼女自身は、ロニーひと筋で尊い。


 そういえば、母の魅了は私には効いてなかったな。

 私は魅了無効のパッシブとかは持ってないけれど、魔法抵抗力自体が強いから効かなかったのかも。

 だから余計に私が可愛くなくなったんだろうな、母。

 まあ、今はそんな事どうでもいいか。


 そしてリリイが話し始めた。


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