【33】寒くないのにあったかい。
「リコ……!!」
野次馬の人混みの中、私を見つけたアベル様が駆け寄ってきた。
「なかなか姿を見つけられなくて、心配しました」
……心配か、心配してもらえるなんて……う、うれしいな。
「……」
「リコ?」
あ、いけない。心配してもらえたという事が嬉しくて、一瞬ボーッとしてしまった。
そんな私を見て、無表情なのにどこかキョトン、としたアベル様が可愛いく見えた。
「あ……ごめんなさい。探して頂いてありがとうございます」
「壁が崩れたと聞いて……お怪我はないですか?」
「もちろんです。アベル様はお仕事の話は?」
「大丈夫です。……それにしても急に壁が崩れるなんて」
……うーん。
壁を崩したことはイケナイ事だったなぁ……。
ナポレーヌ伯爵に迷惑がかかってしまった。
これは謝っておかなくては……。
「すいません……実は、私がやりました」(挙手)
「……はい?」
「えっと……でも事情があって……アベル様、聞いてくれますか?」
アベル様はちゃんと私の話を聞いてくれる人だ。
そう信じて、私は恐る恐る何故そうなったか、という話を彼にすることにした。
そんな私の様子を見てか、彼は優しい声と表情で聞いてくれた。
「……何があったんですか?」
*****
「――な!」
ひとけのない庭園で、事の
「ああ、もう……リドリー、なんてことを! それにフェイン伯爵令嬢も……そんな事をするなんて……」
頭が痛い、といった感じで額に手をあてるアベル様。
「ごめんなさい、ちょっと私、やり返し過ぎたかもしれません」
「いいえ! あなたはよくやりました!」
キパッとそう言い放ったアベル様の顔は、怒りを抑えている様子だった。
「オレは絶対許しません……。他の男達の顔も覚えてますか?」
「え、覚えてはいますけれど、全員正気を失ってますし、怯えさせておきましたから、これ以上何かしてくることはないと思いますが」
「駄目です。私の妻に手を出そうとしたんですよ! ……あ」
少し頬を赤くして、口元を手で覆うアベル様。
「………あはは、ありがとうございます」
私もなんとなく、頬が染まった。
「えっと、その……微妙には、まだ違うんですが。とにかく許せません」
「ややこしい関係ですね。……間違ってはいないです」
私はクスッと笑って、最後の方は小さい声で言った。
――ここでシーグリッド達の後日談を少ししておくと。
事情聴取で、シーグリッドとリドリーは、事件の原因を私になすりつける供述をしようとした。
だが、あの部屋を借りたのはシーグリッドで、彼女が私をそこに連れ込んだのは複数人に見られていたし、部屋にいた男性たちも、あの部屋へはリドリーに誘われた、と供述しため信用されなかった。
薬の件についても、用意したのはシーグリッドだという事は、彼女が連れてきたメイドが白状したことや、カップに残っていた成分の入手経路から証明された。
彼らが私に無理矢理、薬を盛ろうとして失敗し、二人が飲んでしまってああなった、という私の供述も信用され、最終的に彼らは逮捕となりました。
薬を盛るとか思いっきり犯罪です。
ちなみに、あの場にいた全員が、
「まものが……まものがぁあ!!」
と意味不明の供述をしていたらしい。
壁が崩れたことや、私がどうして助かったかなどは、私が王族特有のスキルを使った、というぼかした発表になった。
王族の情報は触れてはならない暗黙の了解があるので、そこは私の生まれの強さで隠された。
被害者側だしね。
主犯の二人以外の男性たちは、軽めの禁固刑。
シーグリッドも禁固刑になりかけたが、フェイン伯爵が大金を支払うことで、牢屋は免れた。
しかし、経歴に傷がついてしまったため、結局修道院へ送られる事になったようだ。
リドリーは少し長めの禁固刑となった。
ミリウス辺境伯爵家は被害を被ったのに、
アベル様は生家に対し、今まで育ててもらった恩――特にお母様への義理があるために、肩代わりのお金は返さなくていい、としたが、その代わり、リドリーをオキザリスから永久追放処分とした。
私が、アベル様と生家のお母様との関係を気にしたら、アベル様は意外とあっさりしていた。
「リドリーはオキザリスへは、帰れないようにしましたが、母が会いに行っては駄目、とはしてませんからね。母もリドリーがしたことには呆れていました。まあ見捨てる事はできないでしょうけども、私に対して申し訳ないという思いのほうが強いようです」
リドリーのお母様は、出来た人だな……。
どうして息子はああなってしまったんだ……。
しかし……娘をそそのかされたと思っているフェイン伯爵が相当な怒りをもって裁判を起こし、リドリーは、最終的に遠い土地の炭鉱に行かされた。
*******
話は戻って。
「……1人にしてしまってすいません」
アベル様が落ち込んだ顔で、私に謝っている。
「お仕事の話だったんでしょう、仕方ないですよ。大丈夫です。そんなのパーティではあって当たり前ですし……その隙を狙ってきたのは彼らですから……って、ちょ」
アベル様にぎゅっと抱き寄せられた。わわ。
「無事でいてくれてありがとうございます。……あなたが強い人でよかった」
「え、えっと。王宮のパーティなんかでも今回のように陥れるような罠がなかったわけでもないので……対処法は身に付けていましたというか」
「でも、怖かったでしょう」
怖くなかったのか? といえば、それは……怖かった。
なんとかできる手段を持っていたから落ち着いて対処できただけだった。
「だ、大丈夫です」
「嘘つき、さっきから少し震えてますよ」
「さ、寒いのかもしれません。最近、涼しくなってきましたし」
「そうですか」
アベル様は、自分の上着を脱いで私の肩にかけ、またギュ、と抱きしめてくれた。
私、ほんとに寒かったのかな。温かい。
ふと見上げると、アベル様が優しい瞳で私を見ていた。
むしろ、こんなに優しくされるほうが慣れていない、とは思いつつも、アベル様のその心配が嬉しかった。
……私からも抱きついていいだろうか。
――と思いつつ、慣れない真心に勇気が出なくて私は彼の服の端をギュ、とするに留まった。
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