【14】よろしい、やはり離縁である!
「――あまり、旦那様を惑わせないでくださいませ」
旦那様が席を立ったその隙に――冷たい声がした。
見上げると、そこそこ背の高いセバスがそばに来て、私を厳しい顔で見下ろしていた。
……え。なに、こわ。
「不敬を承知で、お願いがあります――あなたから、離縁を申し出ていただけませんか」
「え」
「あなたは元々、前旦那様との婚約だったのですから、アベル様と結婚生活を続けることはありません。私は、執事の立場ではありますが、この辺境伯爵家で長年勤め上げ大切に想っております。……正直あなたのような婚約者をとっかえひっかえされる方に仕える事などできません。それに、なんですか……あの別棟の
「……」
私は、口をパクパクした。
「……アベル様は。前旦那様の
苦情が……すごい!!
「婚約者の件は……その、説明が難しいのですが、誤解が……」
「……あなたが来なければ、旦那様には進んでいた縁談もありました。非常にお似合いのお二人でした。今ならまだ、間に合いますので――出過ぎたマネかとは思いますが、あなたから離縁をお願いしたい。まったく……旦那様もお優しすぎる。あなたの世話を焼き始めてしまって……。あまつさえ、パーティ同伴まで頼むなど……。最初にも申し上げましたが、旦那様をたぶらかさないでください」
うわあー!
眼光強いセバスからふと目を逸らすと、侍女たちが見えた。
――目が冷たい。
あ、もう駄目だこりゃ。
私は気分が悪くなって、立ち上がった。
「お食事の途中ですが……帰ります。美味しかったです、ご馳走様。旦那様に申し訳ありませんと伝えてください」
「そうですか。お帰りはあちらです」
――すでに帰り道は真っ暗だ。
送ってくれる使用人など、いはしない。
「リコ……大変な目にあったね。ほら、乗って」
「うん」
サメっちいるから、まあ、平気なんだけど。
久しぶりに人の悪意に囲まれた。
王宮でも幾度もあったことだけど、やっぱり胸にくるダメージがひどい。
私はそんなに強い人間でもないし。
帰って風呂に入って、ベッドで膝を抱えた。
今更あれくらいで涙なんて出ないけど、こういう無駄に思える時間を過ごしてしまうくらいにはダメージはある。
大きな黒いクマのネロが近寄ってきて、つんつん、と私の頭をつついた。
見ると大きな腕を広げてる。
「う」
私はネロの腕に飛び込んだ。
ネロは私を優しく抱きかかえ、頭を撫でてくれた。
サメっちも、私の肩に乗って、つらかったね……とヒレで頬を撫でてくれた。
あ~、もう。
そのうち、ここからも逃げて、この子たちとどこか遠くの国へ行こうかな。
王宮よりかは全然マシだけど、マシってだけだしなあ。
王命とは言え、私みたいな後ろ盾もなく、城から追い出された姫なんて、いなくなっても誰も気にしない。
そうだ。王命だけど、私が勝手にいなくなるぶんには、旦那様へのダメージは少なくて済むのでは?
どうせ私の醜聞のせいで、世間から責められるのは私だろうし。ならば。
うん、それいいじゃん!
なにもここに居続けなくてもいい!
私がいなくなれば、旦那様も例の令嬢と結婚できるわけだし。
王命は『結婚しろ』だけだ。
『結婚継続しろ』『離婚してはならない』とは書いてなかったじゃーん!
ちょっと法律の抜け穴っぽい気はするが、道理である!
私はこの子たちがいれば、どこでもやっていける。
なんで気が付かなかったんだろう。
きっとそうすれば、ここよりもっと良い自由が待ってる。
約束したパーティが終わったら、折を見て離縁をお願いしよっと。
ひゃっほい!
*****
次の日の朝、ナニーが手紙を持ってきた。
旦那様からだった。
『昨晩はすみませんでした。怒らせてしまいましたか? また、使用人たちの態度が悪く申し訳ありませんでした。良ければ今度からは二人で外出して街で食事などどうでしょう』
旦那様は私のこと、気遣ってくれるんだな。
旦那様は私とセバスの間にあったこと、知ってるのだろうか?
まあ、どっちみち旦那様は悪くないよ。
私はその申し出を断って、やはり食事会もなしにしてください、との手紙を送った。
残念だな、旦那様とは仲良くできそうな気がするのに。
誤解を解こうにも、あの使用人たちは取り付く島がなさそうだ。
徒労に終わる気がする。
よろしい、やはり離縁である!
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