【15】 醜聞は間違いだと感じている。*アベルside*
※アプリコットがミリウス家に来てから食事会までの旦那様の思いです。
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アプリコット姫をひと目見た瞬間、ピン、とくるものがあった。
――醜聞のほうが間違っているのでは?
どう見てもそんな人には見えない、というのが正直な感想だった。
セバスにそれを言ってみたところ。
「騙されてはなりません。そんな人に見えない、というだけなら私も同じ感想です。ただ、人間というのは、全て中身を見ることができない箱です。箱の底に何を隠しているかわかったものではありません。警戒を怠らないでください」
セバスはアプリコット姫を見る前も後も、一貫してそういう態度だった。
彼の気持ちはわかるし、もっともだ……とは思う。
彼は王家と前辺境伯のせいで多大なる被害を被っている。
オレにとって彼は父であり師であり、共に仕事する同僚だ。
初めて会う姫と、彼ならば当然彼の意見を優先はする……が。
やってきたばかりのアプリコット姫を別棟に押し込めるような条件を突きつけてしまったのは、良心は痛んだ。
さらに彼女の容姿はさすがお姫様、と言った素晴らしいもので。
金色の髪にサファイヤのような美しい瞳に白い肌。
年齢よりすこし幼く見えるようでいて、品のある顔立ち。
少し華奢なようでいて、細すぎることもなく、全体にバランスの良い体型。
……いや、ちょっと待ってほしい。
今日からこの人がオレの妻だと?
え、この人を妻として認めないで別棟に押し込み、会わないようにしないといけないのか?
こんなに美人で可愛いのに?
うっかり爵位を継ぐ羽目になったばっかりに、仕方なく仕事ばっかりやってはいるが、オレだって普通に生きて普通に嫁とか欲しかった人生だぞ?
なのに、仕事に忙殺され、この人のことも、仕事と同じ流れで捌こうとしているオレがいる。
あ、いや、だめだ。
醜聞が本当ならば、この容姿があってこそ、今まで婚約者を何度も挿げ替えてきたのだろう。
しっかりしなくては。
条件を読み上げた時、彼女は少し震えているようだった。
うがった見方をすれば、怒りで震えている……のか?
怒っているにしろ、傷ついたにしろ、不快な気持ちにさせたのは確かだろう。
しかし、オレはこのミリウス家と領地オキザリスを守らなければならない。
領主としては、いきなりやってきた醜聞まみれの姫を、そう
彼女の容姿や雰囲気に絆されそうになる気持ちを抑えた。
そんなオレや、特にセバスのその態度が使用人にも伝わったのか、使用人たちの態度も彼女に対して冷酷だった。
忠誠心の高い彼らにとってアプリコット姫は得体のしれない敵、として認定されてしまっていたようだ。
中にはセバス同様、長く務めている使用人達もいる。
彼らも王家には辟易しているのをオレは知っている。
だが、彼女がどういう人間であれ、ちゃんと客人対応で丁寧に対応してくれ、とは言っておいたのだが。
まさか衣食住に不自由させることになったとは、恥ずかしい。
――オレのミスだ。
*****
彼女が来た夜、オレの部屋に賊が入った。
一瞬、オレが正気を失ったのかと思うような風体の奴らだった。
……あ。ひょっとして別棟に行ってないだろうか。
様子を見に行こう。
セバスを伴って、訪ねると、彼女が庭で朝食を
「おはようございます、旦那様」
――微笑む彼女の笑顔が何故か
……可愛い。
しかもその可愛い声で、旦那様とか言われるのが胸にくる。
……手に入らない、オレの妻。
アプリコット姫が来るまで、セバスがオレの婚約者候補としてフェイン伯爵令嬢を推していたが、オレは正直彼女には興味が湧いてなかった。
伴侶選びに関しては――。
跡継ぎのこともあるし、そろそろ身を固めなければならなかったのもあって、必要最低限のことしか相手には求めないつもりだった。
ちゃんと教育を受けていて、生理的に無理な相手じゃなければいいか、みたいな、ゆるい感じだった。
たが、ちょっとフェイン伯爵令嬢は話が一方的な所があったので、彼女との茶会は少々しんどくて、正直気乗りはしてなかった。
対して、アプリコット姫には関わりたくなってしまう気持ちになる。
セバスが点検している間にアプリコット姫と話す。
昨日の彼女の事情を聞くと、なんと侍女がオレに話したことと違う。
目の前の食事も自分で用意したという。
「……食料だけ分けて頂ければそれで結構です、本当に私1人がいいので!」
こちらは申し訳ない事をした、と思っているところに、その何も気にしてないというその笑顔が眩しい。
オレは思わず目を逸らしてしまった。
……優秀な間者を王宮に送っている。
彼女の醜聞が、デタラメであって欲しい、とオレは思った。
*****
それから仕事に忙殺されて2ヶ月程経った。
間者はまだ帰ってこない。
それにしても、ペンキで別棟をリフォームしてしまうとか、男を
どちらかというと、お転婆姫といった感じだ。
そのお転婆か? と思っていた姫が、オレの目の前で倒れた。
医者に連れて行こうと、オレは慌てて彼女を抱き上げた。
抱き上げたせいで、顔を間近で見てしまった。
――うわ、可愛い。
目を閉じたまつ毛は長く綺麗にそろっており、肌は白くきめ細かい。細い首筋……抱き上げる時に触れた髪は柔らかく良い香りがした。
いやいやいや、何をしている。
早く医者に連れて行かないと。
*****
「……
……オレはベッドで眠る彼女を見ながら思った。
――何をやったらそんな事になるんだ?
……見張りでもおくか?
しかし、彼女からは使用人を拒否されている。
セバスによると、ペンキ事件があってからは、たまに使用人に様子を見に行かせた事もあるが、特に問題は見当たらなかったらしい。散歩や街へ遊びに行くのを見かけたくらいだと言う。
間者ではなく普通の使用人に様子を見に行かせた程度なので、ひょっとしたらもっと何か派手な遊びをしている可能性もあるかもしれないが……。
それなら、普通の使用人でもすぐに目がつくだろう。
いや、しかし。
見ると彼女の顔が青白い。
オレは時間を置いて少しずつ自分の魔力を分け与えた。
彼女の顔色はだんだんと良くなっていった。
彼女が目を覚まし会話すると、夜着をオレが着替えさせたのではないかと、慌てふためいている感じもまた微笑ましく可愛らしい。
男をとっかえひっかえする女の態度には見えない。
オレは慎重に行動しなければならない立場だが――多少、交流を持つくらい良いんじゃないのか?
もし、今までが例えば醜聞通りの姫だったとしても、心を入れ替えるつもりがあったのかもしれない。
それならば、見守って仲良くしていければ、そのほうが良いだろうし。
こんな彼女のままなら、オレは懇意にしたい。
オレは理由をこじつけて、彼女を本棟のディナーに招待した。
その日、イブニングドレスで正装した彼女は、まさに国の姫。
オレなんかが触れていい存在じゃないんだろうか、と思ってしまう。
でもこの招待は大失敗だった。
オレが思っていた以上に、使用人たちの心が頑なだった。
特にセバス。
彼女を本棟の食事に招待することで、使用人ともわだかまりが少し解けたりしないだろうか……という思いもあって呼んでみたのだが。
オレが席を外した時に何があったのか。
彼女は帰ってしまった。
彼女が何故途中で帰ったのか、彼らは本当の理由をおそらく――黙っている。
彼女に何か言ったに違いないが――誰か1人、とかならともかく全員で団結しているから、さすがに手を出しづらい。
彼女に今度は外へ食事へ行こうと手紙で誘ってみたが、最早、食事自体をキャンセルされてしまった。
間者はまだ帰らないのか。
彼女は醜聞通りの人じゃない、とオレが感じていても、それだけでは使用人は説得できない。
無理に彼女を妻として本棟に連れてきても、彼女が暮らし辛いだけになる。
それは使用人たちもだ。
命令を下し言うことを聞かせるだけならば、簡単な話だ。
だが、使用人とて人間だ。本棟の中をギスギスさせたくはない。
使用人の説得と納得は必要だ。
間者さえ帰ってくれば、このモヤモヤした状況に何かしらの進展が得られると思うのに。
なんとか埋め合わせをしたいと思いつつ、また厄介な仕事が舞い込んできて、オレは彼女に声をかけられないままの日々を過ごすのであった。
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