【13】旦那様とディナー。


 私は数日、ダラダラして過ごした。

 その間にもう一度、旦那様がお見舞いに来てくださったので、その際にポストをつけることを提案した。

 

 午前中にポストを確認するので、食事の招待状は数日前に、投函とうかんしておいてください、とお願いした。

 そこへなら使用人が来てもよし、として。


 さすがに旦那様にポスティングさせるわけにはいかない。


 旦那様は快諾かいだくしてくださった。

 話のわかる人でよかった。

 初対面とは印象が変わってきたな。


 そして今日は初めて、旦那様と本棟でディナーである。

 ……イブニングドレス、どこやったっけー。


「衣装部屋にまとめておきましたよ」

「ありがと、ナニー」

「お手伝いするわね」

「おねがいー」


 メイド人形のナニーに手伝ってもらって、化粧したり髪を結ったりした。


 時間になったので出かけようと門をくぐったら、旦那様が門の外にいらっしゃった。

 ……なんと旦那様自ら、迎えに来て頂いてた。


「あれ、旦那様……こんばんは。わざわざ迎えに来てくれたんですか?」

「こんな薄暗くなってきたのに、1人で歩かせるわけには行きませんし、食事に誘ったのは夫の僕ですし」


「……どれくらい待ってたんですか?」

「来たばかりですよ」


 絶対嘘だ。


「それよりも、お一人でよく身支度なされたのですね」


 ギクリ。

 

「あ、ああ……。く、訓練してますので!! 1人でも支度できるように!! 1人で! 全部! できるように、色々備えてます!」


「すごいですね。さすがです。……そして、その」

「?」


「……お綺麗です」 


 旦那様が小さい声で言った。

 顔は無表情でその翠眼は目線をずらしている。


 ……照れていらっしゃるのか? これは……。


 え、なにこの人。ちょっと可愛いと思ってしまったわよ。

 初対面では、損得きっちり切り分ける冷たい人で、こんな態度なんて一ミリも取らない人かと思っていたのに。


 血、通ってますね……!


「あ、ありがとう、ございます」


 向こうがそんな照れてる態度だから、こっちもそれに釣られてしまうわよ。


「その、テレポートしても?」


 咳払いした後、目線を戻した旦那様はそう言った。


「はい、お願いします」

「あ、手を……」

「あ、はい……」


 なんだこれ。

 旦那様はたしか私の2つ上だったかな。

 立場的に女性をエスコートする事なんて、いくつも経験あると思うのに、何故こんな初々しい感じなの。


 そして、それは私もだ。

 エスコートされるなんて、そりゃもう日常茶飯事な人生だった。

 王宮じゃないからだろうか。

 場所が違うから、なんだか慣れない感じがするんだろうか。

 


 *****



 旦那様に連れられて、本棟に着くと、使用人たちが並んで迎えては……くれたけど。

 どうにもやはり、その雰囲気は冷ややかだ。


 旦那様と彼らは違う……。


 この雰囲気で食事するの?

 

「いらっしゃいませ」


 執事のセバスがそう言った。

 完全にお客様扱いである。


「どうも……」


 旦那様に小声ですみません、と言われる。


 あー……旦那様は、おそらく態度を緩和するようには言っておいたんだろうな。


 まあ、使用人も人の子だし、王宮ではもっと不躾な使用人とかいたもんですが……それは旦那様に恥をかかせているのでは?


 だいたい、私がなにしたってんだ……ここに来てからなにも悪いことしてないし、実は悪い人間じゃないんだってわかっても良さそうな……あ! ペンキ塗ってた。


 やらかしてたわ、ごめんなさい。


 あれは人によっては、私が嫌がらせで塗ったくったと思うかもしれない……。

 救いは旦那様がお怒りじゃないことか。


 それはさておき、本棟の食事は、とても美味しかった。

 私のぶんだけ何かおかしな細工されてないか、とか気になったけど、そういう意地悪はないようだった。


 やっぱり研ぎ澄まされたプロの腕にかかった料理は舌がうなってしまう。

 うーん。美味しい。

 私の人形のシェフが作るのも、負けてはいないけど。



「体調はどうですか」


「お陰様で、すっかり良くなりました。あの……ひょっとして旦那様、私が気を失っている間に魔力を分けてくださってました?」


 サメっちから聞いた。

 私が寝てる間に、魔力を分け与える術を使って、ちょこちょこ分け与えてくれてたって。


「……ええ、少しですが」


 嘘つきだな。


「重ね重ね、ありがとうございます」

「倒れた人を助けるのは、当然ですから」

「貰いっぱなしにはしたくないので、今度、私になにかできる事があれば仰ってください。お返しをしたいです」


「……」


 旦那様がなにか思案するように黙った。


 え、即答で結構ですって言われると思ったけど……何かあるのか!?


 まあ、できることならば、さっき言った通りやりますけども!


「その」


 旦那様が切り出した。

 歯切れわるそうな感じ……何を言われるのだ。


「は、はい」


「その、夫人の業務をしなくて結構、と契約したのは、したのですが……その」

「はい……」


 ま、まさか夫人業務しろって言われるのか!?


「少し先の話なのですが、毎年招待されているパーティがありまして……それの同伴をお願いできないかと……。こちらが言い出した契約で言いづらいのですが。お礼をしてくださる、という事なので」


 パ、パーティか。成る程。


 パーティはあまり出たくはない……けれどお礼すると言ってしまった以上しょうがないな。

 パーティの1回くらいなら、引き受けよう。

 

「確かに契約外ですね。契約外……ですが、お礼なのでその話はお受けしますね」


 私は大事なことなので契約外って2回言ってから了解したのだけど。

 

 ――おお?


 旦那様が、ホッとした顔をして――柔和な笑顔を見せた。

 基本的に無表情な人が見せる笑顔って……ちょっと破壊力高いな。

 

「ありがとうございます」


 そこへ、執事のセバスが失礼します、と旦那様に耳打ちをした。


「――わかった。 すみません、アプリコット姫。少しの間、仕事で席を外します」


「食事中に仕事が入るくらい、お忙しいのですね。どうぞ気になさらず」


 私は微笑んでそう伝えたら、旦那様も微笑んだ。


 ――う。


 こ、この人の笑顔、なんか好きだな。


「すぐ戻ります」


 旦那様は、席を立って部屋を出ていった。

 ホントに仕事忙しいんだなぁ。


 私はとりあえず、旦那様が戻ってくるのを待つ間、ゆっくり食事を進めることにした。


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