【12】人形たちが多分、旦那様を気に入ってる。


「ありがとうございます。では今回は甘えさせて頂きます」


 私はリンゴをシャクリ、とかじった。


「意識はハッキリされてますし、顔色も大分良いようですね。安心しましたので……私はそろそろ本棟へ戻ります」


 旦那様が立ち上がって、デスクの上のサメっちを、他のぬいぐるみ達が飾られている棚に戻した。


「え、もうお外が真っ暗ですよ」

「平気です。私は闇属性を持っていまして――テレポートで屋敷に戻れます」


 あ、そういえばそうだった。

 あの夜も闇属性テレポートで逃げられたんだった。


「ま、まあすごいですね」


「明日、また空き時間に様子を見に来ます」

「いえ、結構です」

「え、でも」

「ありがとうございます! でも大丈夫です!」

「そ、そうですか……」

「はい!!」


「……。では、失礼します。しっかり休んでくださいね」


 旦那様はデスクと自分を包み込む闇を広げて包みこんだ。

 そしてその闇は段々と小さくなって消えた。


「あはは……」


 私はその縮小されていく闇に笑顔で手を振り続けた。




 旦那様が本棟へ帰られると、人形たちがワラワラと動き始めた。


「わああああああん!! りこおおおおおおお!! 心配したおお!!」


 サメっちがポフッ! と魔力を通わせ、ベッドの上に飛んできた。

 他の子たちも、ベッドに寄ってくる。


 今回のように、私が魔力枯渇まりょくこかつで倒れても、人形たちはしばらく自力で動けるように魔力が籠められている。


「心配かけてごめんね、みんな。サメっちは、大変だったね」

「うあああん、怖かったよおおおお!! あの旦那、ずーっと! じーっと! 僕を見てくるんだものおおお」

「バレたかもって思うよね」

「ウンウン」


「それにしても、アプリコット。道路工事はしばし休め。今回は魔力を連日で使い過ぎだと、実は私も思っていた」


 ニャン教授がベッドに腰掛け、ステッキでシルクハットをくいっと持ち上げる。


「……そうだね。そうするよ」


そう答え、私は旦那様がいてくれたリンゴを全部食べて水を飲んだ。


「ねえねえ、リコ」

「なぁに、サメっち」

「旦那様は多分、とても良い人だぉ~」

「そうなの?」


「倒れたリコを、すぐに抱きかかえて、テレポートで医者のとこへ連れてってくれたよ」

「え、ここへ医者呼んだわけじゃないんだ」

「うん。で、またここへ自分で運んでくれたよ~。着替えをさせにきた侍女達は、相変わらず不満そうな顔してたけどネ」

「へえ……」

「顔は無表情だけど、ぶっきらぼうでもないよね、旦那様。僕好きかも」


 む、サメっち、あれだけ滝汗を流してたのに、好感は持ったのか。


「それは同意だな。あの青年は嫌な感じがしない。この敷地内においては信用しても良い相手かもしれん」


 ニャン教授まで。

 ……そうか。

 しかし、初日の条件提示をされた時はすごく冷たかったけどなぁ……。

 いや、私があの無表情に慣れてなかっただけかな。


 たしかに、さっきの彼には……優しさは感じてた。

 無表情でも。


「ほら、リコ。もう一度寝なよ~」


「そうだな、ゆっくりと寝るといい。おい、ララ、ベンジー」


「はいはい」

「ああ、奏でよう」


 ララは歌い手の人形で、ベンジーはヴァイオリン弾きの人形だ。


 ――穏やかで可愛いララの歌声と、優しいヴァイオリンの音を聞きながら、私はもう一度眠った。


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