第31話 『ラウィーニア』アーシュラ・K・ル=グウィン

 アーシュラ・K・ル=グウィンの『ラウィーニア』Laviniaを読了しました。70歳を超えてから書かれたファンタジーです。SFのロータス賞を受賞しています。真面目にル=グウィンの作品を読んだのはこれが初めてです。


 詩人ウェルギリウスの叙事詩『アエネーイス』後半をル=グウィンが解釈しなおして膨らませ、ラウィーニアを主人公として描いたものです。神話の女性ラウィーニアの一生を想像して幻想的に描かれています。冒頭、なんと詩人ウェルギリウス自身が、ラウィーニアに彼女の未来を予言する形で声だけで登場します。この幻想的な導入、不思議な話です。また最後のページでぞくっとなりました。このヒロインのラウィーニア、梟に姿を変えて永遠の命を得ているようです。


 70才台でこんな素敵な作品を作り上げるなんてル=グウィンさすがです。


 トロイの木馬で有名なトロイアで敗れ、やってきたアエネーアスと結婚したラウィーニアの1人称で書かれた物語。父で立派な王のラティーヌスや不条理な母アマータ、嫌いな許嫁トゥルヌス、運命の夫アエネーアス、愚かな前妻の息子アスカニオス、実子シルウィウスらとのドラマがメインです。アエネーアスは半神の英雄です。トロイア王家のアンキーセスと女神アフロディーテの息子です。


 私は男性ですが、読み終えてラウィーニアという一人の女性に十分感情移入することができ、遥か昔のローマ神話の世界を堪能することができました。それにしてもひどいのは戦争ですね。トゥルヌスとアエネーアス。竹内まりあ/河合奈保子の『けんかをやめて』ではないですが、ラウィーニアのために争う事でどれだけの血が流れた事か。一部の男達の戦い好きには呆れます。本能なのでしょうか?


 転生物や魔法、ファンタジーなどのルーツは古代ローマから中世にかけてのヨーロッパの文化がある訳ですが、このような古典的な神話に触れると、意外と人間味のある泥臭い物語が感じられます。異世界ファンタジーのように軽くはないです。それでいて幻想的な描写と演出がそのドロドロを中和してくれています。ファンタジーを書くにあたっては、このような古典に近い物語を読んだ方がいいかなと思ってきました。


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次は作者-SFの女王の紹介です。


 アーシュラ・K・ル=グウィン

 1929年10月21日~2018年1月22日(88歳没)

 ジャンル SF、ファンタジー

 代表作: 闇の左手、ゲド戦記

 主な受賞歴: ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞


 SF作家としては、両性具有の異星人と地球人との接触を描いた『闇の左手』で広く認知されるようになりました。その他の代表作にユートピアを描いた『所有せざる人々』などがあり、SF界の女王と称されています。ファンタジーの代表作『ゲド戦記』の他に『空飛び猫』といった絵本作品もあります。

 私の本来のカテゴリーもル・グインに少し近いかも知れません。カチカチのSFではなくファンタジー的な雰囲気が強い。私には彼女のようなストーリーを描くのは到底不可能ですが。


 アーシュラ・K・ル=グインはカリフォルニア、バークレーで生まれました。父母ともに文化人類学者です。カトリックの聖女である聖ウルスラ(Saint Ursula)にちなんで、アーシュラ(Ursula)と名づけられました。


 子供の頃から神話、伝説、おとぎ話を聞かされて育ちました。少女の頃のアーシュラにはとても心に響いたのでしょうね。9歳の時に妖精が登場する初めての短編小説を書き、11歳の時にSF小説を書き出版社に送っています。子供のころに書いた物語の一部は『オルシニア国物語』や『マラフレナ』に生かされています。


 10代にはSF雑誌も読みました。高校では後に極めて有名なSF作家となるフィリップ・K・ディックと同学年(1947年卒)でしたが、当時は互いを知らなかったそうです。


 大学で文学を専攻し、コロンビア大学で修士号を取得し23歳でパリに留学しました。その後フランスで知り合った歴史学者チャールズ・A・ル=グウィン(Charles Le Guin)と知り合い、その年に結婚します。帰国後に夫は州立ポートランド大学の教授となり、自身はマーサー大学、アイダホ大学などでフランス語を教えています。


 1957年長女を出産、その後オレゴン州ポートランドに住むようになりました。1959年次女を出産、1964年に3人目の長男を出産しています。大学で教鞭をとりながら出産・育児と執筆を両立させた凄い女性です。


 <作家活動+お子さん>

1957年(28歳) 長女を出産

1958年(29歳) 雑誌の書評や、架空の国オルシニアを舞台にした短編を書き始めた。

1959年(30歳) 次女を出産。

1962年(32歳) 作家デビュー、38歳までに3長編を出版したが注目されず。

1964年(34歳) 長男出産。

1968年(39歳) 子供向けファンタジー長編『影との戦い』を出版。

1969年(40歳)『闇の左手』でヒューゴー賞、ネビュラ賞を同時受賞した。

1974年(45歳)『 所有せざる人々』

1988年(59歳)~:絵本[空飛び猫] シリーズ

2008年(79歳)『ラウィーニア』

2018年1月22日(88歳没)


 ル=グウィンのSF作品は科学技術やハードウェアよりも社会学や人類学を含めた社会科学的側面が強く、しばしばソフトSFに分類されています。しかしル=グウィン自身はこの分類に異議を唱えていまして不快感を表明しています。彼女の作品を読むとSFというよりはドラマ要素の強いファンタジーと言えるのではないでしょうか? ただしSF的なアイデアにも抜群のものがあります。


 ル=グウィン作品の主要登場人物の多くは有色人種で、しばしば人類の文化についての考察が含まれています。例えば、『闇の左手』では両性具有種族を通して性的同一性の問題を提起しています。「ゲド戦記」の魔法学院は女人禁制で、アースシー世界では女性は「まじない師」「魔女」として差別され、「魔法使い」の称号を得る事はできないそうです。女性の件に関してはル=グウィン自身はヴァージニア・ウルフの「ベネット氏とブラウン夫人」のミセス・ブラウンをSF小説に登場させようとしていると述べているそうです。


 『所有せざる人々』や『闇の左手』といったSF作品は《ハイニッシュ・サイクル》と呼ばれる未来史に属しています。彼女が作品を創るにあたってベースになっている彼女が構築した世界があるのですね。りつかさんや高瀬さん、東雲さんらの作品に通じるものがあるかもしれません。自分の世界を持つこと。大切かも知れません。


 『闇の左手』や『言の葉の樹』は、異星に派遣された特使のカルチャーショックと異文化の接触の結果を扱っています。ル=グウィンは超光速航法を設定として採用していませんが、アンシブルという遠距離通信技術を登場させて遠方の惑星とのコミュニケーションの手段としています。


 日本では萩尾望都(少女漫画家)の作品にル=グウィンの影響があるかもしれません。また宮崎駿はかつて枕元に『ゲド戦記』を置き、その映像化を考えていたことがあるそうです。


 一部の作品

《ハイニッシュ・サイクル》

 闇の左手 (1969年)

 所有せざる人々 (1974年)

《アースシー》

 ゲド戦記(1968年~2001年)

《オルシニア》

 オルシニア国物語 (1976年)

 マラフレナ (1979年)

《西のはての年代記》

 ヴォイス (2006年)

 パワー (2007年)

 ギフト(2011年)

天のろくろ (1971年)

ラウィーニア (2008年)

《風の十二方位》 (1975年)~


 1980年代初めごろ、宮崎駿は、愛読書でもある《アースシー》(ゲド戦記)のアニメ化を打診しました。しかしル=グウィンは当時、日本のアニメ全般に触れたことがなく、この話を断りました。数年後に『となりのトトロ』を見たル=グウィンは再考し、《アースシー》を映像化するなら宮崎駿に任せたいと思うようになりました。こうして第3巻と第4巻をベースとして2005年のアニメ映画『ゲド戦記』が制作されました。だが監督は宮崎駿本人ではなく息子の吾朗でル=グウィンはそれを残念に思っていると明かしています。ル=グウィンはアニメ版『ゲド戦記』の映像の美しさは評価していますが、全体に説教くさい点とプロット進行については問題があるとしています。アニメは見ましたので何となくわかります。映像化が難しい作品というのは確実にありますし、実際、非常に難しいのだと思います。




 ------------- 以下はご参考(神話に興味ある方のみどうぞ) ---------------- 


 ラウィーニア(Lavinia)は、ローマ神話に登場するラティーヌスとアマータの娘です。ラテン人の賢王ラティーヌスは、トロイア戦争に敗れて亡命してきたアエネーアスと彼の軍団をもてなし、ラティウムでの再出発を支援しました。ラウィーニアはルトゥリの王トゥルヌスと婚約していましたが、アエネーアスと結婚することにしました。トゥルヌスは許嫁を奪われたアエネーアスに戦争を仕掛けますが敗れて死亡します。アエネーアスの息子アスカニオスはアルバ・ロンガを建設し、王家の祖となりますが、ラウィーニアの息子シルウィウスに委譲します。アエネーアスが建設したラウィニウムはラウィーニアの名を冠したとされています。


 アエネーアスは、ギリシア神話およびローマ神話に登場する半人半神の英雄です。

 トロイア王家の人物アンキーセスと女神アフロディーテの息子です。ゼウスはアフロディーテが神々を人間と結びつけているのを見て、アフロディーテが自慢したりしないようにアンキーセスへの恋を吹き込んだのでアエネーアスを身ごもったといいます。アエネーアスの名の由来はこのときアンキーセスがアフロディーテの正体を知って大いに恐れたことによります。成長したアエネーアスは常に神を敬う人物だったので多くの神々の援助を得ました。アキレウスがイーデー山を攻撃したときアエネーアスはミュルソーネスに逃げました。アキレウスはさらにミュルソーネスを滅ぼしましたが、ゼウスはアエネーアスを逃がしました。以降アエネーアスはトロイア戦争に参加します。トロイア戦争ではヘクトールに次ぐ武勇を謳われました。

 アエネーアスはトロイアの王プリアモスの娘クレウーサを妻とし、息子アスカニウスをもうけました。トロイア戦争でトロイアが滅亡すると木馬の計略によってトロイアが炎上し陥落した際、アエネーアスは父アンキーセスを背負い、息子アスカニウスの手を引いて燃える都から脱出しました。


 トロイアの船団は最終的にトロイアの祖先ダルダノスが住んでいたとされるイタリア半島を目指しましたが、途中父アンキーセスが病死しました。その後女神ユーノー(ヘーラー)が起こした嵐のためにコースを大きく外れますが、ネプトゥーヌス(ポセイドン)に救われ北アフリカに漂着します。この地でアエネーアスはカルタゴの女王ディードーと出会い、互いに愛し合うようになります。しかし、これを見たユーピテル(ゼウス)がメルクリウス(ヘルメース)を使わしてトロイアの再興のためにイタリアへ渡るよう警告します。神意を受けアエネーアスはカルタゴを去り、残されたディードーは自殺しました。


 イタリア半島に到着後アエネーアスは、巫女シビュラの導きによって冥界に入り、そこで亡き父アンキーセスと再会しました。アンキーセスは、アエネーアスの子孫が未来のローマの英雄となることを告げました。冥界から戻ったアエネーアスは、北上し新たなトロイアを築くべき土地であるイタリア・ラティウムに上陸しました。その後、ラウィーニアと再婚しシルウィウスが生まれるわけです。その後の歴史ですが、シルウィウスの遠い子孫であるロームルスとレムスの双子の兄弟がローマを建国します。従ってアエネーアスはローマ建国の祖とも言われています。


 アエネーアスを主人公とした作品に詩人ウェルギリウスの叙事詩『アエネーイス』があります。


 アエネーアスはこの地で現地の王ラティーヌスの娘ラウィーニアと婚約をしますが、それまでラウィーニアと婚約していたアルデアの王トゥルヌスがこれに反対しトロイア人とトゥルヌスの率いるルトゥリー人との間で戦いが起きました。『アエネーイス』では周辺のラティウムの都市もトゥルヌス軍に加わり、ラティーヌスも自ら望まぬながらもトロイア人に敵対したそうです。さらにトゥルヌスにはエトルリアの王メーゼンティウスも助勢しました。一方アエネーアスはラティウム人と敵対していたアルカディア人を率いるパッランテウム(パランテイオン)の王エウアンデル(エウアンドロス)を味方とし、その息子パッラス(パラース)が軍勢に加わりました。また僭主であったメーゼンティウスを追放したエトルリアの諸都市もアエネーアスに助勢しました。こうした両者の間で激しい戦いが行なわれ、パッラスやメーゼンティウスなど多くの将が命を落としました。最終的にはトゥルヌスとアエネーアスとの一騎討ちでアエネーアスがトゥルヌスを殺し、戦いは終わりました。アエネーアスはラウィーニアと結婚し新市ラウィニウムを築くのです。

 ラウィーニアでもこの激しい戦いの事が案外細かく書かれています。


――伝承成立の側面

 紀元前4世紀ごろからローマ人の間でアエネーアスの伝承が普及したと考えられています。しかし、その伝承を壮大な叙事詩に歌い後世に大きな影響を与えたのは、詩人ウェルギリウスの『アエネーイス』です。詩人たちのパトロンであり、アウグストゥスの友人でもあったガイウス・マエケナスは、詩人たちにアウグストゥスを称えた詩を作るよう要請していました。ウェルギリウスはこれに応え、アウグストゥスが属したユリウス氏族が祖先と主張するアエネーアスを長編の詩に詠うことによって、アエネーアス伝承を豊かにし、ユリウス氏族の使命を神秘化することによって、アウグストゥスによる元首政を堅固なものにすることに寄与しました。


 因みに伝承ではアエネアースの長男アスカニウスは父と新しい母と離れ、遠方の土地にアルバ・ロンガを築きました。後にこの都市は義母と父との間に生まれた異母兄弟のシルウィウスに譲られ、シルウィウスの遠い子孫であるロームルスとレムスの双子の兄弟がローマを建国する事になります。つまりラテン人とトロイア人の血を引く王家に端を発する訳ですが、これもより古い民族と自民族の関連を望んだ民族神話の一種でしょう。


 アエネーアス神話の成立

 古代ローマにおけるアエネーアス神話は、紀元前4世紀にラティーヌス神話をそっくり模倣したものであると考えられています。ラティーヌスは、ラテン人が毎年アルバーノ山(現カーヴォ山(フィンランド語版))でユピテル・ラティアリス神に犠牲を捧げるとき、神話上の父祖たる王を呼ぶとき使った名称です。現に、ラティーヌスの名が記された紀元前6世紀の文字が記された土器の破片が出土しています。また、ローマ西方の海岸のラウィニウム(現プラティカ・ディ・マーレ)で発掘された墳墓はラティーヌスに奉献されたものと考える研究者もいます。歴史のロマンですね。


(2024/8/10) 参考 Wikipedia

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