第30話 登山家 平出和也と中島健郎
私が好きだった日本を代表する登山家の中島健郎さんと平出和也さんがヒマラヤ山脈の難峰K2で遭難しました。とてもショックを受けており、残念でなりません。詳細は、下記引用文を参照していただきたいです。
昔から、かなり高い割合で有名な登山家が命を落とすことが続いてきました。マッキンリーに消えた植村直己さん、大雪山黒岳で滑落した谷口けいさん、プロが目指す登山は元々リスクが高いですから、仕方が無いと言えば仕方が無いのですが、若くして旅立ってしまう有能な人達が惜しくて、そして悲しみしかありません。
まだ30代、健郎さんの人懐っこい笑顔が忘れられません。そしてご家族の悲しみも察するに気の毒でなりません。K2はメジャールートでも成功率があまり高くない難しい山です。それを最難関の西壁から登るという人類未踏の挑戦を行った二人。
ピオレドールを複数受賞しておられる二人だから難しいルートを挑戦したのでしょうが、結果論にはなりますが、逆にその賞をすでに取っているのだから無理をしなくても良かったのではないかと悔やまれます。
奇蹟が起きて生還してくれないかな? SF好きの私はそんな事を考えます。
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以下、文春オンラインからの引用です。(近況ノートにリンクと顔写真)
https://kakuyomu.jp/users/misugi2023/news/16818093082128101493
7月27日、登山家の
ふたりが目指していたのは、世界に14山ある8000m峰のなかでも登頂難易度の高い山であるK2の、さらにそのなかでも「最難関ルート」と目される西壁。初めて西壁がトライされたのは1987年。以来、強力クライマーたちによる4回に及ぶ挑戦をはねのけ続けて、難攻不落として知られる壁だ。
ふたりが所属する石井スポーツによれば、平出さんと中島さんは27日11時30分ごろに西壁の標高7000m地点で滑落。すぐにヘリコプターによる救助が試みられ、ふたりの姿も確認できたというが、現場は自然条件が厳しすぎてヘリコプターが接近できなかった。
翌日以降は、地上部隊による救出も検討されたが、なにしろ現場はこれまで誰にも登られなかった難所中の難所。そこに行くことができる人物など、世界でひとにぎりしかいない。そんなひとにぎりの人物が都合よく現場にいるわけもない。
打てる手がないまま3日がすぎ、その間、ふたりがまったく動いていないことから生存は絶望視されていた。そして7月30日、石井スポーツが救出を断念することを発表した。
現在45歳になる平出和也さんは、21世紀の日本の先鋭登山を牽引したひとりだ。東海大学山岳部で登山を始め、2001年には、学生ふたりだけでチョー・オユー(8201m)を登って注目される。その後は毎年のようにヒマラヤの高峰に出かけ、2008年にカメット(7756m)南東壁を初登攀して、日本人として初めてピオレドールを受賞した。
ピオレドールとは、毎年、優れた登山家を表彰する世界的な賞で、しばしば「登山界のアカデミー賞」と表現される。これを受賞することは、世界のトップクライマーであると認められるに等しい。
平出さんはカメット南東壁の初登攀が認められて2009年に谷口けいさん(女性初の受賞者)と受賞して以来、これまでに通算3回受賞している。受賞回数は世界でも屈指で、歴代3位となっている。
もうひとりの中島さんは、現在39歳。日本人初の8000m峰14山全山登頂を果たしたことで知られる竹内洋岳さんの専属カメラマンとしてヒマラヤの経験を積み、2016年ごろから平出さんとコンビを組むようになる。平出さんのピオレドール受賞のうち2回は、中島さんと行った登山によるものだ。
ロッククライミングやアイスクライミングを得意とする中島さんと、高校時代に競歩で全国大会入賞経験があるほどの無尽蔵の体力を強みとする平出さん。おたがいの長所がかみ合ったふたりは名コンビとして世界に知られるようになっていった。
登山界の外では、カメラマンとして知られている部分も大きい。ふたりはプロの山岳カメラマンとしても活動しており、「NHKスペシャル」や「世界の果てまでイッテQ!」などの山岳撮影では知られた存在である。
特に、通常のカメラマンが行くことのできない厳しい撮影現場ではふたりの独壇場ともいえ、山岳レース撮影の現場では選手より強かったというエピソードも伝わるほどだ。
ふたりの登山の大きな特徴は、あまり知られていない山や岩壁を探し出してきて登りきる「未知」の要素が強いことだ。
カメット南東壁にしろ、平出=中島コンビでピオレドールを受賞したシスパーレ(7611m)北東壁やラカポシ(7788m)南壁にしろ、それほど知名度の高い山や壁ではない。ところが彼らが撮影した写真や動画には実に堂々たる巨壁が写っており、それは「こんなところがまだあったなんて」と世界の登山家が悔しがるような代物なのだ。
ここで少し説明が必要かもしれない。
ふたりの登山がすごいのはわかったが、とはいえそれらは7000m台の山である。8849mのエベレストのほうがよほどすごいのではないのかと。そういう疑問を抱く読者も多いかと思う。
ところが現在、エベレストをはじめとした8000m峰はガイド登山のシステムが完全に確立し、ただ山頂に立つだけでは登山史的な価値はほとんどなくなっている。
たとえば今年エベレストでは、5月だけで500人以上が山頂に立ったといわれている。エベレスト以外の8000m峰でも多かれ少なかれ事情は同じで、いまや8000m峰といえど大衆登山の場となっているのだ。
そうしたなかで世界の登山界の評価軸は、「誰もやっていないこと」「誰も行ったことがないところ」という創造性に重きが置かれるようになっている。常に未踏の岩壁を追求し、そこで成果をあげてきた平出=中島コンビは、だからこそ何度もピオレドールを受賞することができたのだ。
今回、そのふたりがターゲットに定めたのがK2西壁。冒頭に述べたように、いまだに人類が登り切ったことがない“未踏”を誇る掛け値なしの難壁だ。
標高差は2000m以上。傾斜が強く、クライミングの高い技術が必要なうえに、地形的に落石や雪崩のリスクが高く、それを避けるためにスピードも要求される。それを、酸素濃度が平地の3分の1ほどの8000m超の場所で行わなければいけないのだ。
これが登れたら、今年のピオレドールは文句なく確定という課題である。ふたりにとっても、これまでの限界を超えるパフォーマンスを見せないと登れない、大きなジャンプアップになることは間違いなく、そのために6年以上も計画をあたためてきた。
ふたりしかいない僻地で何が起こったのか…
特に平出さんは45歳。先鋭登山家として最も脂がのる年代は30代といわれ、残された時間は多くない。K2西壁をキャリアの集大成にしたいと考えていたはずだ。
そのふたりに何があったのか。落石に襲われたのか、それとも何かミスがあったのか。今年のK2は天候が悪く、天気待ちの日が続いて日程的に追い込まれていたようなので、精神的なあせりがあったのか。ふたりしかいない僻地で何が起こったのかは、当人たちにしかわからない。
現時点で言えるのは、日本と世界の登山界にとって大きな損失になってしまったということだけである。
(森山 憲一)
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(2024/8/1)
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