第22話 六花はどこから?

「おかしいです」

 

 帰りの電車の中。鈴木に、別行動している間の一連の出来事を伝えると、真っ先に鈴木はそう言った。

 

「……何がおかしいんだ?」


「いいですか、狭間くん、六花ちゃん。……『ドリーミングパレード』が『ドリーミングパレード・マジカルドリームファンタジー・フェスティバル』にバージョンアップすることが発表されたのは、今年の“二月”なんですよ!」


「は?」

 

 てっきり六花の記憶についての話が飛んでくるのだと思っていたが、全く異なる方向からの言葉に、つい素っ頓狂な声をあげてしまう。

 

「すまん鈴木、説明してくれ」

  

「分かりました。……智子さんと真央さんは、リニューアルされたパレードが目当てで、今日六月五日を来園日に選んだということですよね」

 

「ああ、そう言ってたな」

 

「そして、その計画を立て始めたのが半年前、つまり“十二月”ごろということですよね……パレードのリニューアル発表があったのは“二月”のはずなのに……やっぱり変です」

 

「……つまり、リニューアル発表前である十二月の時点で。パレードのリニューアル目当てで日程を組んでるのはおかしいってことか」

 

「はい。何せ、智子さんたちが日程を立てた段階ではパレードがリニューアルされることすら知らなかったんですから」

 

「じゃあ、二人はどうして今日を来園日にしたんだろう……」

 

「それは、わかりません……」

 

 六花と鈴木が首を傾げている最中の事だった。

 ふと、六花のバッグにぶら下がった、二匹の猫のぬいぐるみが目に止まった。

 

「誕生日……」


「長太郎くん?」

 

 ――六花は『自分は、記憶喪失になる前、智子と真央と友人だったのではないか』と語った。

 その言葉を信じてみると、自分の中で思いも寄らななかった仮説が組み上がっていくのを感じていた。


 突拍子もない仮説だが、状況を考えると十分にあり得る、そんな仮説だ。

 

「智子氏たちが今日を来園日に選んだのは、今日が六花の誕生日だからじゃないのか……?」


 想定外の発言だったのだろう。二人が目を丸くして驚いた。

 

「何を言ってるんですか狭間くん、智子さんたちは六花ちゃんの事を知らなかったんですよ? それなのに六花ちゃんの誕生日を知ってるはずがないじゃないですか」

 

「ああ。本人はそう言っていた。少なくとも“本人たちが覚えている限りでは”そうなんだろう」

 

「っ…! 長太郎くん、キミはもしかして……」


 そして俺はこの仮説を語る上で、最も重要な部分を話す。


「……智子氏と真央氏は、六花のことを知らないんじゃなく――六花のことを『忘れているんじゃないのか?』」

 

「……今は忘れてしまっているだけで、六花ちゃんと智子さんたちは元々友達だった。……狭間くんが言いたいのはそういうことでしょうか」


「ああ。来園日を友達の誕生日にするのは自然なことだろ?」


「で、でも話を聞いた限りでは、智子さんは記憶を失っているようには感じられませんでしたが……」

 

「いや、何も六花の周りで起きている記憶障害は、六花のように、記憶を全て失うケースだけじゃないんだ」


「どういう、ことですか……?」


「二人には言ってなかったが、少し前まで俺も、記憶を一部失っていた」

 

「……え?」


「長太郎くん、それっていつの話……?」


 二人に動揺が走ったのがわかった。

  

「……六花と二人で出かけたときのことだ。目を覚ますと俺は、自分が六花に何を言おうとしていたのかすっかり忘れてしまっていた。記憶が戻ったのはこの前の勉強会の時だ」

 

「――――そう、なんだ。長太郎くんの記憶も……」


「……黙ってて悪かった。無駄に心配させちまいそうだと思ってな」


「……確かに、智子さんたちから六花ちゃんの記憶だけが失われているのだとしたら話の筋は通りますね」


「ああ。そして六花の記憶が消えたことでどうしても発生する『六月五日を来園日に決めた理由』についての矛盾を脳が補完した結果、『パレード目当てだった』って理由にすり替わったんじゃないかと、俺は思う」


「……なんだか話が難しくて、頭が痛くなってきました」


「ああ、俺もだよ。正直何がなんだかって感じだ」


「……でもきっと、これで少しだけ、前に進んだんだよね」


 六花の表情は浮かないが、それでも俺たちは一つ、六花の素性について有力な情報を得たのだ。


 そしてそれは、決して頭の出来が良いわけでもない俺だって、閃きが苦手な鈴木だって思い至る単純明快なことだった。


「あれ? 六花さんが智子さん達と友達だったとしたら――ひょっとして、六花ちゃんは記憶を失う以前、大阪に住んでいたのでしょうか”?」 


 ◇


 ドリミーの一件から三日。

 俺たち三人は相も変わらず、昼休みになると部室に集まり、六花の記憶を取り戻すための作戦会議を行う日々を送っていた。


 現に、今も六花は頬杖をつきながら、悩ましげにスマホの地図アプリを睨みつけている。

 

「うーん……」

 

「六花ちゃん、何か思い出せそうですか……?」 

 

 鈴木が尋ねるも、やはりその反応は芳しくない。

 

 現在六花が見ているのは地図アプリのストリートビュー。

 六花の記憶を取り戻す鍵が、智子氏の住む大阪にあるのではないかと睨んだ俺たちは、こうして風景を辿ってもらうことにしたのだ。

 

 現在は智子氏たちの通う、中槻高校という私立高校の周辺を見てもっていた。

 SNS一つで通っている高校まで知ることができるのだから恐ろしい時代である。 

 

 他にも、智子氏たちのSNSへの投稿は欠かさずにチェックしてもらったりもしているが、特にこれといった成果を得られていないのが現状だった。 

 

「二人とも、少しよろしいでしょうか」


 そんな中、鈴木が控えめに手を挙げた。

 

「どうしたの実咲ちゃん、そんなに改まって」

 

「その……六花ちゃんのことで私、ずっと考えていたんですけど……六花さんって、どうやって転校してきたんでしょうか」

 

「どうやって、というと……?」

 

 俺は、今の問いだけでは、鈴木が言わんとしていることを読み取れなかった。

 六花の現状は、不明な点があまりにも多すぎて、どの事を言っているのか、絞り込めない。

 

「ですから、転校の際の手続きです。転入してきたということは当然、転入届が受理された上でのことだと思います。久城高校は公立校で、いわゆる裏口入学のような方法は不可能なはずですから」


「……でも、そこはなんかこう……不思議な力が働いてどうにかなってるんじゃないのか……?」

 

「かもしれません。……でも、転入届があるのか無いのか。それだけでも確認するべきだと思うんです」


「……そうだな。上手くいけば、書かれている個人情報から、六花の身元が分かるわけだ」


 まさに灯台下暗し。まさかこの久城高校にこそ最大の鍵があったとは……。

  

「そっか、転入届ってのがあるんだ……」


 当の六花本人は、どうやら、その存在自体をはじめて知ったようだった。


 ……六花自身の天才っぷりゆえについ忘れそうになるが、この手の込み入った社会常識については、記憶が抜けてる時があるんだよな。

 まあ、こればかりは仕方のないことだろう。


「はい。転入届が見つかれば、ご実家の住所や、保護者の名前や電話番号なんかが分かるはずです」


「……でも、そんなもんどこに保管されてるんだ?」

 

「一般的に、職員室のロッカーに保管されていることが多いと聞いた事があります。ですので、六花さんが直接職員室を訪ねるのがよいかと」

 

 何で知ってるんだよ……。


 ともあれ、これで次にやることは決まった。

 

 俺たちはすぐに部室を出ると、職員室のある一階へと向かって階段を降り始めた。

 

 歩き始めてすぐに、俺はあることに気が付いた。 


「……なあ、ふと思ったが、これ俺と鈴木が付いてくる必要なかったんじゃないか?」

 

「……へ? どういうことです? 狭間くん」

 

「いや、だって結局書類を受け取るのは六花本人だけだろ? 俺らが付いてきたって、こうやって駄弁る以外にできることなんか何も無いぞ?」 


「た、確かに……失念していました……」

 

 がっくりと項垂れる鈴木に、六花が微笑みかける。


「そんなことないよ。二人がいてくれると、すごく心強いんだ」

 

「六花ちゃん……!」


 何となくばつが悪くなった俺も、何とかフォローの言葉を捻りだす。

 

「……まあなんだ、六花のことだからまた妙なことが起きないとも限らないしな。目撃者は多いに限る」


 ――それに俺は実際、なんだか嫌な予感をひしひしと感じていた。

 そんな不確かなものアテにはならないと思いつつも、どう言うわけか、六花と出会ってから、俺の予感はよく当たる。


 ――そして、一階まで階段を降りきった、その時だった。

 

 ズキリと、頭が痛んだ。


 ……この痛みには覚えがある。ここ数ヶ月、とんでもないことか、碌でもないことが起きる時に生じる、あの頭痛だ。

 意識を失うほどではないが、平気で立っていられるほどでもない、そんな嫌な感覚に自分の表情が歪むのが分かった。

 

「二人とも、大丈夫ですか……⁉︎」


 鈴木は、心配そうにこちらを伺っていた。

 

 ……まて、鈴木は今、「二人とも」と言ったか?

 

 反射的に隣を見ると、壁に寄りかかり、額に手を当てる六花の姿があった。

 

「長太郎くん、この頭痛って……」

 

「ああ、例のヤツだ……。また一歩進展しそうだと思ったらこれか……鈴木は何ともないのか?」


「はい、私は何とも……。やっぱり、私には頭痛は起きないみたいです」


 どうして鈴木が頭痛について知っているのかといえば、六花の記憶喪失が判明した後、鈴木にもスローモションを含めた、一連の不可思議な現象について、一通り話したからだった。


「六花、このまま進むのか?」 


 ちらりと目が合うと、六花は無言で頷いた。

 その目には、確かな意思が宿っていた。この様子じゃ、俺が何を言ったとしても、六花は進むことを辞めないだろう。


「よし、やるか」


 俺は自分に言い聞かせるように言うと、俺たちはそのまま廊下を進み続けた。

 

 頭痛は、俺たちが足を進める事に、強く、熾烈になっていく。

 次第に、めまいや吐き気も感じるようになってきた。


 まるでアビスの呪いだな……。このまま全身の穴という穴から血が噴き出しはじめないことを祈るばかりだ。


「ふ、二人とも大丈夫ですか……? やっぱり引き返したほうが……」


 やはり鈴木には一切の症状は起きていない。

 

 この頭痛はきっと、“俺と六花だけに起きる”。そういうことなのだろう。

 

 職員室を目前にする頃には、頭痛はさらに悪化し、思考はまとまらず、段々と自分が地に足をつけているという感覚すらなくなってきつつあった。

 そして、どうやらそれは、六花の方も同じらしかった。 

 

「……ごめん、ボクもう……ムリかも」


「六花ちゃん!」 

 

 その場に倒れ込みそうになる六花を鈴木が咄嗟に受け止めた。


「鈴木、グッジョブだ」


 さて、どうやら限界なのは、俺もらしい。


 ――俺は、六花の無事を確認すると、そのまま意識を手放した。


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