第21話 それは西からの
「うわー! これがドリミー城かー!」
「いつ見ても立派です!」
「これは確かにすげぇな……」
近くで見るドリミー城は、思っていたよりも大きく、迫力があった。
「なあ結局、六花の夢にでてきた城の正体って、ドリミー城だったのか?」
尋ねると、六花は首を傾げた。
「うーん……。夢の中だからか、どんな見た目のお城かまではよく覚えてないんだよね。……でも、ガイドで見た他のお城よりは近いような……」
「まあ、夢なんてそんなもんか」
「入ってみたら何か分かるかもしれません! さあ、早速行きましょう!」
鈴木の後を追って城の中に入ると、中には所々にちょっとした仕掛けや絵画が飾られていた。どうやらこのドリミー城は、博物館や美術館のように、展示物を見て回るアトラクションのようだった。
「このドリミー城は、ドリミーアニメの記念すべき第一作、『ドリミープリンセス』に登場するお城なんです」
日本語に直訳すると、『夢の姫』か。
「ああ、『眠れる森の美女』が基になってるのか」
と言っても、俺は元になった眠れる森の美女の内容すら、あまり詳しくは知らないが。
「正解です! ちなみに、バックンが初登場したのもこの作品なんですよ?」
バックン。言わずと知れた、バクの男の子で、ドリミーランドの顔役である。
「じゃあバミーちゃんは?」
六花が鈴木に尋ねると、鈴木は嬉々として答える。
「バミーちゃんは、ドリーミングプリンセス公開から二年後、『バックンの夢冒険』という、バックンが主人公の単独作品で初登場となります」
「へー、バミーちゃんは後からの登場なんだ!」
鈴木がここまで生き生きと話す姿はどうも新鮮だな。
本当にドリミーが……というか、今でもおとぎ話が好きなのだろう。
「どうだ六花、今の所何か思い出すものはあったか?」
六花は静かに首を横に振る。
「ごめん、特になにも」
「うーん、じゃああのお城はやっぱりドリミーでは無かったみたいですね」
「だな。まあアレだ、それが分かっただけでも収穫みたいなもんだろ」
失敗は成功の母的な、そういうアレだ。
「それじゃあ、後の時間は純粋にドリミーを楽しみましょうか! この後パレードもありますし!」
「パレード⁉︎ 何それ楽しそう!」
「はい! 『ドリーミングパレード』が五月からリニューアルしたんです!」
「へえ、リニューアルなんてのもあるのか」
「はい! 私もリニューアルしてからは初めてなので楽しみです! 『ドリーミングパレード・マジカルドリームファンタジー・フェスティバル』!」
「……なんだって?」
突如として羅列されたカタカナ語……。
もはや何かの呪文だろ、しかもドリームとドリーミングって……どんだけ夢が好きなんだよ。
「へー! ドリーミングパレード・マジカルドリームファンタジー・フェスティバル』かー!」
何で今ので覚えられるんだよ。
「さ、そうと決まれば早くいきましょう! よりよい場所取りのために!」
◇
城を出ると、目の前の大通りの両端には、すでにパレードの見物客が集まり始めていた。
「二人ともすみません! 先に行って空いてる場所探してきます!」
「大丈夫? ボクたちも着いて行った方が……」
「いえ、ここは私に任せてください! 慣れてますから!」
そう言って鈴木はあっという間に人混みの中に消えてしまった。
「実咲ちゃん、行っちゃった……」
「諦めろ。ああなった鈴木は誰も止められない」
「そっか、それだけ楽しみなんだろうね。ボクたちはゆっくり追いかけよっか」
「だな。頼むから六花ははぐれないでくれよ?」
「もう、子供じゃないんだから大丈夫だよ」
しばらく人混みの中を歩いていると、不意に六花が足を止めた。
「おい六花、どうかしたか――」
「――――智子……? 真央……?」
見知らぬ誰か名前を呟いた六花。
その視線の先には、金髪と茶髪髪の、二人の女子高生の姿があった。
「六花、今の名前……」
女子高生二人組は、久城高校の近くではまず見かけない焦茶色のブレザーの制服姿だった。
――やけに胸騒ぎがする
「六花……?」
いくら待てども六花から返答が無い事を不審に思い、顔を覗くと、六花は口元を押さえ、ただ茫然と目を見開いていた。
自分の口から出た言葉に、六花自身でさえ驚いているようだった。
「六花……あの派手髪の女子二人、知り合いなのか……?」
「…………わかんない……気づいたら口が勝手にッ……‼︎」
六花は何かが堪えきれなくなった様子で、道を引き返すように走り出した。
――まるで、自分が智子と真央と呼んだ二人から逃げ出すように。
「おい‼︎」
咄嗟に呼びかけるも意味はなく。
六花の雪のような白髪は瞬く間に、人混みに溶けるように消えてしまった
――これだから人混みは好きじゃないんだ。
六花の後を追おうとした、その時だった。
「おにーさん、なんやその、大丈夫ですか……?」
後ろから聞こえてきた、聞き覚えのない関西弁に驚き振り向くと、そこにいたのは、先ほど六花が見つめていた茶髪の女子高生だった。
「君は……」
「その、すみません。さっき白い髪の女の子ががウチらのこと驚いた顔で見てたんが気になって。……その、何かありました?」
「……いきなりですまん。もしかして君たち、智子か真央って名前だったりするか……?」
尋ねると茶髪の彼女は驚いた表情をした。
「はい、ウチが智子で、あっちに座ってる金髪の子が真央です。
……もしかして彼女さん、ウチのこと知ってました?」
――その返答は、肯定。
つまり、六花は本当に彼女たちの事を知っていた。
あるいは『思い出した』そういうこと、なのだろうか。
「……智子さん、白髪の彼女、風賀美六花って言うんだが、知り合いか?」
ようやく見つけた六花の記憶への大きな手がかり。これを逃すわけにはいかなかった。
だが、返ってきたのは期待を裏切る反応だった。
「うーん、知りまへんね。遠目から見ても分かるくらいのべっぴんさんやったし、一回でも会うとったら、絶対忘れんと思いますけど」
「そう……か」
そうなると、六花が一方的に彼女たちのことを知っていたということになる。
だとすれば、それは一体どういうことだ……?
思考の沼に陥りそうになるが、智子氏の一言で意識が引き戻される。
「……もしかして、ウチらの動画見てくれてたんかなぁ?」
「動画……?」
「はい、実はウチら――」
話を聞くと、智子氏と真央氏の二人は、ショート動画を投稿するSNSで、頻繁にダンス動画を投稿しているらしかった。
「何回かバズったこともあるんです」
そう言って見せてくれた動画には、流行っているらしい曲に合わせ、素人目に見ても上手いのが分かる、キレのいいダンスを踊る、二人の姿が映っていた。
だが、六花はこのSNSはやっていなかったはずだ、二人の動画を知っていた可能性は低いだろう。
何よりあの時の六花の反応は、有名人に会ったとか、そういう反応ではなかったように思う。
「てっきり六花の友達だと思ったんだが、悪い、違ったみたいだ」
「そうですね、ウチら大阪から来たんでそれは無いと思います」
「……わざわざ大阪から?」
「はい、うちらドリミー作品大好きで、いつか行こうって思っとったんです。せやから今日めっちゃ楽しみで! 半年くらい前から“『今日来よう!』って計画してたんです」
「……? 今日って何かあるのか?」
今日は長期休みでもなんでもない、普通の週末だ。
そんな日を選んだからには、きっとよほどの理由があるのだろう。
「えぇと、ドリーミングパレードがリニューアルされたじゃないですか! それを早いうちに見ておこうってなって、今日にしたんです」
俺にはよくわからないが、パレードには、余程の魅力があるらしい。
「あっ……、つい自分のことばっかり話しちゃってすみません! 彼女さん、早く追いかけてあげてください! 今はパレードで交通規制がかかってますから、あっちの方向に向かったと思います」
……まだ彼女じゃないっての。
そんな言葉を飲み込んで、俺は智子氏が指した方向へと走った。
するとやがて、大通りから外れ、植え込みに囲まれるようにしてベンチがいくつか置かれた場所に辿り着いた。
六花はそのベンチに項垂れるようにして座っていた。
「大丈夫か?」
いつもより少し間隔を空けて、六花の隣に座る。
「長太郎くん……」
ようやく、六花と目が合った。
「ごめん、自分でも驚いちゃって」
「六花はあの二人のこと、覚えてるのか?」
「ううん……でも、気づいたらボクは、二人の名前を呼んでた」
「なるほど。そりゃ驚くわな……そうだ、六花はこの動画、見覚えあるか?」
俺はスマホを取り出すと、件のショート動画を見せた。
「これって……」
「この動画を見て二人の名前を知ってた可能性も、ゼロではないと思ってな」
だが、六花はやはり首を横に振った。
「そうか……。あの二人、大阪から来たんだってさ」
「大阪、から……」
そして六花は少し考えてから、ぽつりと呟いた。
「……ねえ、長太郎くん」
「智子ちゃんと真央ちゃん……もしかしてボクは記憶喪失になる前、二人と友達だったのかな」
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