第4話 転校生の噂

 

 四時限目が終わると、教室は一気に慌ただしくなりはじめる。

 

 今日に限っては二、三年生は午後の授業はない。

 帰宅部の生徒は我先にと下校を始め、部活に所属する生徒は、午後から体育館で行われる新入生への部活紹介パフォーマンスの準備をし始めたのだ。

 

 俺もその例に漏れず。新入部員確保のため台本を書いたり、なにより男子部員代表としてステージに立つはめになったりと、そこそこに重要な役割として関わっている。


 うちの演劇部、俺意外に一人しか男いないからなぁ……。


 そして、そんな部活紹介こそ、例の白髪の彼女を探すための、絶好の機会でもある。

 

 入学式に出会ったという状況からして彼女はほぼ間違いなく一年生だ。新入生が全クラスが順に並んで一堂に会する部活紹介は彼女の所属クラスを知るには好都合なのだ。

  

 俺は教室を出ると購買で久城高校名物? である、からあげ丼に豪快に刻み海苔とマヨネーズをぶっかけた『からマヨ丼』を買うと、部室へと向かった。

 これがラノベなら大抵は食堂があったりするのだが、残念ながら至って普通の公立高校である久城高校にそんなものはない。

 

 教室棟の最上階である四階。その廊下の最奥、F組の先にある部室に入ると、既にほとんどの部員が揃っており、各々椅子やらステージに座るやらして昼食をとっていた。


 視聴覚室は、最奥のステージに向かって地面に固定された三列の机と椅子がずらりと設置されている。

 『大学の講義室』と例えるのが、きっと一番分かりやすいだろう。

 

 ちなみに、現在の久城高校演劇部の戦力は、三年生が三人、二年生が四人の計七人である。

 こじんまりとした劇をするにはちょうど良い人数だろう。

  

「ちわー」

 

「「「ちわーー」」」

 

 適当な挨拶をすると、相応に適当な返事がまばらに返ってくる。

 そんな中、最前列に座る黒髪セミロングの女子だけはしっかりとこちらに振り返り、一際丁寧な返事を返してくる。

 

「は、狭間くん、こ、こんにちは! きょ、今日の部活紹介、よろしくお願いしましゅ!」

   

 尤も、多少緊張気味ではあるが……。 

 そのお陰で、ただでさえ小柄な体が、さらに縮こまって見える始末だ。

  

 彼女は鈴木実咲すずきみさき。俺と同じく二年生の演劇部員であり、この後の部活紹介で共に体育館のステージに立ついわば相方だ。

 

 目にかかりそうなほど長い前髪や、その緊張ぶりから抱く印象の通り、鈴木は本来表舞台に立つことは苦手としており、普段は裏方を担当している。


 彼女を端的に表すなら、『勤勉で生真面目な努力家』そんな言葉がぴったりだろう。

 鈴木は、テスト直前になると焦って勉強を始める俺とは違い、コツコツと毎日欠かさず勉強ができるタイプの人間だ。

 そしてそれは、家に帰ってからだけではなく、通学中や休み時間、はては食事中にまで及ぶ。

 

 学校で見かける鈴木は常に何かの本を読んでいたり、単語帳を眺めていたりしていて、思えば俺は、鈴木が休んでいるところを、ほとんど見た事がなかった。


 それ故に、その学力は見事なもので、テストでは毎回学年一位――とまではいかずとも、必ず五位までには入っている。


 まあ、その超の付くほどの勤勉さ故か、幼少から友達と遊ぶ機会があまりなかったらしく、天然っぷりや対人コミュニケーションの経験値の低さが露呈する事も多々あるが、そのへんの苦手分野含め、この現実においては珍しく。かなり濃いキャラ属性を持った稀有な人材である。

 

 俺は、鈴木の後ろの席に座ると、からマヨ丼を食べ始めることにした。

 うむ。相変わらず醤油ベースの濃ゆい味付けに白米がよく合う。


「はぁ……、狭間くんどうしましょう、緊張でご飯が喉を通りません……!」


「まあ、見るからに緊張してるもんな……」

 

「はい……初めての人前……き、緊張……! します……!」

 

 本人が懇切丁寧に説明してくれた通り、入部当初から裏方に徹してきた鈴木にとって、人前に立つのはは今回が初めてだ。

 他の部員が多忙だったから消去法で鈴木が選ばれたとは言え、鈴木の小動物を思わせる容姿は万人に通用する可愛さだ、よほどのことがない限りは成功するだろう、多分。

 

「……? 長太郎くんのお昼って、普段はコンビニのパンとかでしたよね。購買のお弁当買ってるの、なんだか珍しいです」

   

「まあ、たまにはな。それに購買の飯が珍しいのはお互い様だろ?」

 

 鈴木は普段、母親お手製の弁当派だったはずたが、今鈴木の手元にあるのは、安くて美味いと評判の購買のチャーハンだった。

 少し困ったような笑みを浮かべる鈴木。

 

「実は今朝、ママが「お弁当作るのめんどくなっちゃった!」って言って五百円玉を渡してきたんです」

 

「そいつはまた……なんだ、災難だったな」 


 だが、どうやら本人にとってはどうやらそうでもないらしく、鈴木は可笑しそうに笑みを浮かべていた。

 

「ふふっ、もう慣れっこです、ママ、昔からこんな感じだったんですよ? 料理に失敗してお弁当に丸焦げの卵焼きが入ってたこともありましたし」

 

「なんつー親だ……」

 

 そこから俺は、なぜか鈴木母のエキセントリックエピソードを聞きながら飯を食べることとなった。

 その内容は、『小学校の頃、自作の応援グッズを持ち込んで応援された』だとか、『やけに帰りが遅いと思ったら、思いつきで大阪まで旅行に行ってた』だとか、『占い師に見てもらった自分の運命が気に食わず、真偽を確かめるために自分も占い師になった』――だとか。

 

「自由人って感じだな」

「はい、うちのママ、ちょっと変わってるんです!」 

 

 どう考えても、“ちょっと”どころではない気がするが……。

 よくもまあ、そんなフリーダムな母からこれだけ優等生が生まれたものだ。

 むしろ、そんな奔放な母親の言動に振り回されてきたからこそ、反面教師的に真面目に育っていったのかも知れないが。

 

「あ、そういえば、さなみーから聞きましたよ!」

 

 突然、鈴木が何か思い出したように話し始めた。

  

「狭間くんのクラス、転校生が入るんですね」

 

「転校生……? いや、聞いた事ないが」


 誰だよさなみー……。

 なんて考えていると、鈴木は不思議そうに首を傾けた。

  

「あれ、おかしいですね……。狭間くんって、さなみーと同じD組でしたよね。聞いてませんか?」

 

「ああ、聞いてないな」

 

 そして間違いなく、俺はさなみーと噂話に花を咲かせるような間柄ではない。

 

 鈴木は、友人が少ない故なのか、「自分なんかと仲良くしてくれるのだから、他のみんなとも友達に違いない」と考えている節がある。

 

 ……同じく、友達の少ない俺としては、その思考が全くわからない訳ではないが、少なくともその『他のみんなとも友達だろう同盟』から、捻くれたオタク一人除外するくらいの判断はしてほしいもんんだ。

  

「それにしても、そのさなみーとやら、どっからそんな話を仕入れてくるんだか」

 

 というか、さなみーと言わず、噂に詳しい人間ってのは一体どこからそうした話を仕入れてくるのか。

 

「今回の件はさなみー本人が気付いたことみたいです。なんでも、座席表に見たことない名前があったとか」

 

「単にさなみーとやらがその生徒のことを知らなかったってだけの話じゃないのか?」

 

「私もそう思って、入学した時の名簿を確認してみたんですけど、確かにその方の名前は載っていませんでした。ですので、転校生で間違い無いと思います」

 

 そんな転校生の噂一つで、情報の裏取りまでしたのかよ……。

 だがまあ、噂をただ鵜呑みにするよりは一兆倍良いことだ。

 

「ただその方、昨日今日と欠席されているみたいなんですよね」


「欠席?」

 

 俺のクラスで昨日今日欠席している人物は一人しかいない。

 俺の右隣の席、朝倉が俺との会話の際、座っていた席の持ち主だ。

 

 意外な事実の判明に、俺は少し驚いた。いわゆる『隣の席の転校生』というやつか。

 とはいえ、漫画ラノベのように転校生がそう都合よく美少女なわけもない。

 そもそも、隣の席だとしても、俺とそう関わる事もないだろう。

 

「はい。名前は確か……」

 

 俺は既に関心を失いかけていたが、

 その名前を聞いて、すぐにそれを撤回することとなった。

 

「カザガミリッカさんと言う方らしいです」

 

「カザガミリッカ……?」

  

 知っている名前、ではない。

 俺が驚いたのは、その名前の響きが、おおよそこの次元の人間のものとは思えなかったからだ。

 有体に言って、あまりにも二次元のキャラクターの名前のようだと思った。

 

「はい。風車の風に賀正の賀、美しいと書いて『風賀美』に、六つの花と書いて『六花』。だそうです。素敵な名前ですよね」 

 

 

 ――『転校生 風賀美かざがみ六花りっか』。  


 ふと脳裏に浮かんだのは、俺の腕の中で、ふわりと微笑む、青い瞳と白い髪の少女だった。

 

 いや、そんなはずはない。彼女は一年生という話に落ち着いていたはずだ。

 ……だがそれでも、彼女が俺の隣で微笑むイメージが、脳裏に焼きついたように離れない。

 

 そんな様子を不思議に思ってか、鈴木が首を傾げる。

 

「ひょっとして、風賀美さんとお知り合いでしたか?」

 

「いや知り合いじゃない……はずだ」

 

 白髪の彼女こそが風賀美六花である。そんな願望を俺はついに否定しきることができず、曖昧な返答をしてしまう。

 

「えと、えと……その、“はずだ”とは……?」

 

 ……ここまで疑問を持たせておいて、鈴木には何も話さないというのも忍びない。

 俺は、昨日の出来事をかい摘んで話すことにした。

  

「……実は、昨日の部活前に、白髪の見慣れない女子生徒と知り合ってな。入学式の直後だったんで、まず間違いなく新入生なんだろうが、なんというか……、不思議な雰囲気のやつでな。風賀美六花って名前を聞いた時、もしかしたら、って思ったんだよ」

 

「なるほどです。風賀美六花なんて名前が似合う方でしたら、それは美人さんなんでしょうね、私も一度会ってみたいです」

 

 鈴木は言い終えた後、またも何か思い出したかの様に話し出した。

 鈴木が唐突に話題を持ってくるのはよくあることだ。

  

「あ、そう言えばさなみーが久城山に隕石が落ちたって言ってました!」

 

「隕石ぃ……?」 


 久城山――。久城高校から見て、高速道路を挟んで向こう側に見える小さな山だ。

 これといってパワースポットだとか、心霊現象だとか、そんな話もない、普通の山である。もちろん、隕石が落ちたなんて話も初耳だった。


 にしてもまた……大きく話が変わったな。

 

「はい、春休みに入ったあたりでさなみーからメッセージがあったんです!」


 またさなみーか……。

 半ば呆れていると、鈴木は律儀に会話の履歴を確認し始めた。


「えーと、三月十四日の夜ですね、『今うちのパパからマジやばい話聞いた!』だそうです」

 

 さなみーも結局人伝てに聞いたんじゃねぇか……。というか誰だよさなみー……。


 諸々のことを鈴木に詳しく聞こうとしたところで、部員が鈴木を呼ぶ声が聞こえてくる。

 

「実咲ちゃーん、このシーンの照明のタイミングもっかい確認したいんだけど、ちょっといいー?」

 

「は、はい! 今行きます! 狭間くんすみません、ちょ っと行ってきます!」

 

「おう、いってら」


 新歓公演に関わることなら仕方がない。隕石がどうのこうのなんて、突拍子もない話よりも、この後に控えた公演の準備を優先すべきだろう。

 

 一応、気になって隕石の噂についてネット検索をしてみたものの、大阪の方で

 〈――謎の落下物。正体は隕石か?〉

 なんてニュースが一件あったのみで、久城山に関わるような情報は見当たらなかった。

 

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