第7話
そして午後の授業が始まろうかという頃、結ちゃんは突然立ち上がったかと思うと、僕の手を引いて歩き出した。僕は戸惑いながらも彼女についていくことにした。
教室を出ると他の生徒たちの視線が一斉にこちらに向けられたような気がしたけれど、気にせず廊下に出ると彼女は立ち止まった後、僕の胸に飛びついてきたので受け止めてあげると嬉しそうに笑っていた。
そのまましばらくの間抱き合っていたのだが、やがて満足したのか僕から離れると今度は手を繋いでくれた。
そうして僕たちは手を繋いだまま廊下を歩いていたのだが、途中で他の生徒とすれ違う度に驚かれたり、写真を撮られたりしたけれど特に気にすることなく歩き続けた。そして放課後になると結ちゃんは僕を強引に教室から連れ出した。
彼女は僕に後ろから抱きついてきた後、耳元で囁いた。
「ねぇ……今日は一緒に帰ろう?」
その提案を断る理由などなかった僕は彼女に手を引かれるようにして家路についた。
その間もずっと手を繋いだままだったので周囲からの注目は痛かったけど、それでも結ちゃんは満足そうだった様子だった。そして家に帰り着くと結ちゃんは真っ先に僕に向かって飛び込んできた。そんな彼女を受け止めつつ、頭を撫でてあげると彼女は嬉しそうに目を細めた後、そのまま僕の胸に顔を押し付けてきた。
それからしばらくの間抱き合っていたのだが、不意に結ちゃんが顔を上げて何か言いたげな視線を向けてきたので僕は首を傾げた。すると彼女は少し躊躇うような素振りを見せた後で口を開いた。
「あのね……私ね……」
そこまで言いかけたところで言葉を詰まらせる彼女だったが、やがて意を決したように続きを口にした。
「お兄ちゃんのことが好きなの!」
そう言うと彼女は再び僕に抱きついた後、そのまま泣き出してしまった。僕は慌てて彼女を慰めようとしたが、結ちゃんは涙を流しながらも話を続けた。
「ずっと……ずっと好きで……でも言えなくて……」
「そっか……」
僕は結ちゃんの頭を優しく撫でながら相槌を打つことしかできなかったが、それでも彼女は嬉しかったようで少しずつ落ち着きを取り戻していった。それからしばらくの間泣き続けていたものの、やがて落ち着いてきたのか顔を上げると涙の跡を拭いながら笑みを浮かべた。
その表情はとても晴れやかで可愛らしかったけれど、同時にどこか儚げな印象も受けたのだった。
「ありがとうお兄ちゃん……私、やっと言えたよ」
そう言って彼女は僕のことを抱きしめてくれた。僕はそれに応えるように結ちゃんのことを強く抱きしめ返した。すると彼女は幸せそうな笑みを浮かべつつ僕に体重を預けてきたため、バランスを崩しそうになったが何とか踏みとどまった後、結ちゃんの身体を支えながら部屋の中へ連れて行くことにした。
そしてベッドの上に寝かせた後で布団をかけてあげると彼女も気持ちよさそうに目を閉じた後、穏やかな寝息を立て始めたのだった……。翌朝 目が覚めて隣を見るとそこにはまだ眠っている結ちゃんがいた。
無防備な寝顔を見せている彼女はとても可愛らしく、見ているだけで幸せな気持ちになれた。しばらく眺めていたかったのだが、時間がないので名残惜しいと思いつつも起こすことにした。
「結ちゃん……起きて」
「うーん……」
彼女は眠たそうな声を上げながらもゆっくりと目を開けて体を起こした。まだ寝ぼけているのかボーッとした表情を浮かべていたが、やがて意識がはっきりしてきたのか周囲を見回した後で僕と目が合った瞬間、顔を真っ赤にして俯いてしまった。そんな彼女を見て僕は苦笑しつつ声をかけることにした。
「おはよう結ちゃん」
すると彼女は小さな声で返事をしてくれた。
「……お……おはよぅ……」
そして恥ずかしそうにしながらも上目遣いで僕のことを見つめた後、小さく微笑んでくれたのだった。
その笑顔を見た僕は思わずドキッとしてしまったが何とか平静を装って朝食の準備をすることにした。今日はフレンチトーストを作ってみたのだが、結ちゃんは喜んでくれるだろうか。
そんなことを考えながら準備を進めていると、しばらくして彼女がキッチンに顔を出してきた。そして僕が作っているのがフレンチトーストだと気付くと目を輝かせながら駆け寄ってきたので、彼女にも手伝ってもらうことにした。
2人で仲良く作業した後で出来上がった物をテーブルの上に並べていくと、結ちゃんは待ちきれないといった様子で椅子に座ってから両手を合わせた。そんな彼女の様子に苦笑しつつ僕も自分の席に着くことにしたのだが……その際にふと彼女の手に絆創膏が貼られていることに気付いた。
どうやら包丁で指を切ってしまったようだ。
「大丈夫?」
声をかけると彼女はビクッと肩を震わせた後で顔を上げて困ったような表情を浮かべた。
「えへ……ちょっと失敗しちゃいました」
そう言ってはにかむ姿がとても可愛かったのでつい見惚れてしまいそうになったが、すぐに我に返ると彼女の手を取り傷口を消毒してあげた後で絆創膏を貼ってあげた。すると彼女は嬉しそうな表情を浮かべて小さくお礼を言ってくれた。
そんなやり取りの後、僕らは一緒に朝食を食べ始めたのだが……ふと気になったことがあったので彼女に聞いてみたところ意外な答えが返ってきた。
『お兄ちゃんは今日も小説を書くの?』
だった。
僕は
「そうだね。時間さえあれば書くかな」
『そっか頑張って!応援してるよ』
と結ちゃんは僕を励ましてくれる。その言葉に勇気づけられながら僕は朝食を食べ終えた後、部屋に戻りパソコンの前に座って執筆を始めた。
結ちゃんが僕の側に座り込み、じっと僕のことを見つめているのを感じつつもひたすらキーボードを打ち続ける。そして物語が進んでいくにつれて徐々に世界が出来上がっていくのを感じることができるのだ。
窓の外からは小鳥たちの囀りが聞こえており、風が頬を撫でる度に爽やかな気分になることができた。こんな穏やかな時間がずっと続けばいいと思う反面、同時に焦燥感のようなものも感じていた。
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