第7話 〝6〟
(土曜日)
外に出た。
まるで家自体が死んでいくみたいな、家の中のしんとした沈黙が耐えられなかった。
お母さんの料理が冷えてしまったのが耐えられなかった。
冷めてもおいしいのがまた耐えられなかった。
だから誰かとそういう話をしたくて、学校に行ってみようと思った。
誰かいてくれるといいなあ。でも土曜日だから誰もいないかもしれないな。って、そのくらいの感じで行ったのだけど、思ったよりも人がいた。
学校の中で死んでる子もいた。ここに来るまでの通学路で倒れて死んでいる人はよく見たから、そっちはあまり驚かなかった。
私が死ぬところを見てしまった、〝1〟番目の隣のクラスのあの子は、まだ生きている人が多かったからかどこかに運ばれていったみたい。通学路にあの子の死体はなかった。
生きている子も結構いた。私はなんでかそっちにびっくりして、飛びついて、抱き合って、泣いた。
弟とか妹とかを連れてきている子もいたし、制服じゃなくてお気に入りの服を着てきている子もいた。
私は学校に行くんだからって思って何も考えずに制服を着てきちゃったけど、そういう柔軟な考え方ができるのってすごいなあって、明日死ぬのに憧れちゃった。
人間はいつ死ぬのか知ったら、学校にお気に入りの洋服を着てくるみたいに、やりたかったことをやろうとするんだってわかった。
お姉ちゃんはゲームをしてた。
お母さんは私を案じて料理を作った。
〝1〟番目に死んだお父さんは、それがわかっていたら何をしたのかな。
行ってらっしゃいしか言えなかったな。おかえりなさいを言いたかったな。
みんなは学校で過ごすんだって。
もうみんな家で独りで、やっぱりさみしいから。
学校で夜更かしして、キャンプみたいに校庭で焚火をするんだって。
私は帰ることにした。
五時になる前に学校を後にした。
あの中には今日死ぬ子もいる。それを見たくなかったっていうのもある。
でも一番の理由は、家にはお母さんが作ってくれたご飯があるからだ。
・
下校途中に襲われた。
死ぬ前に女子中学生をレイプしたいって欲求を募らせた男だった。せっかく今まで罪を犯さず大人しく生きてきたのに、どうせなら……死ぬ前にJCを犯すんだって、ぶつぶつ言いながら襲い掛かってきた。
男は私の腕を掴んで、足を払って転ばせて、頬を叩いた。涙が出た。
お母さんが危ないと言っていたのはこれだったのか。
必死に抵抗した。パンツを下げられそうになったから、足を思いっきりばたつかせて抵抗した。
死ぬってわかってても、今、日焼けしてかゆくなるのは嫌っていっていたお母さんの顔を思い出した。
明日死ぬってわかってても、怖い思いも痛い思いもつらい思いもしたくない。
明日死ぬってわかってても、今、知らない男にレイプされるのは嫌だ!
五時の鐘が鳴った。
男は死んだ。
夕焼け小焼けが曇り空に滲みながら流れている。
今日死ぬ前に。と男は言っていた。ふらふらしていた中学生を見つけるのに時間がかかったのだろう。だいたいは鍵をかけて閉じこもっているか、みんなと一緒に学校にいるから。
性癖っていうやつなのかな。大人の女性ではダメで、こんな状況でも妥協はできないんだ。でも性癖にかなう相手を見つけるのに時間がかかったおかげで、私は助かった。五時のチャイムに助けられた。
お父さんとお母さんとお姉ちゃんを殺した、謎の現象のせいで助かった。それがすごく悔しいと思った。
私の上に覆いかぶさって死んだ男を押しのける。男は焦った顔をしていた。無念そうでもあった。むかついた。
少し先にあるコンビニへ行って、誰もいない店内で油性マジックを探して買った。無人のレジにお金と、『油性マジックを買いました』と捨てられていたレシートの裏に書いて置いておく。
男のところに戻ってきた私は、空を向いて死んでいる男の額に『レイプ魔』と書いた。
そのあとにハッと気がついて、男のほっぺたに(未遂犯)と付け足す。
私は犯されてないのだから。名誉のためにも。
死んで当然なやつと会ったと思った。
こいつのためには、涙は出なかった。
・
これまで以上に慎重に歩いて帰る途中で、泣き叫ぶ声が聞こえた。ドキッとして物陰に隠れてしばらく待ってみたけど、止まない。
声の元をたどっていくと、ドアが少し開いた一軒家だった。
あまりに必死に泣いているから、用心しつつ行ってみた。
ドアを開けると玄関にベビーベッドが置いてあって、火がついたように泣く赤ちゃんが寝かされていた。
それからベッドに半分覆いかぶさるようにして、赤ちゃんのお母さんだろう女の人が死んでいた。
ベビーベッドの周りにはオムツがたくさん。オムツの袋には、震える字でメモが張り付けてあった。
『この子は桜といいます。日曜日です。あと一日、どなたかお世話をお願いします』
それから、粉ミルクの作り方と、オムツの変え方。桜ちゃんの機嫌の見分け方、好きな歌なんかが丁寧に、詳細に書いてあった。赤ちゃんのお気に入りのおもちゃとぬいぐるみが、手触りのいい大量のガーゼハンカチに埋もれていた。
あんなことがあったから不用心だなって思ったけど、だから鍵がかかってなかったのかとも思った。
四苦八苦しながら私と同じ〝7〟番目の女の子のオムツを替えて、ミルクを飲ませた。
一緒に死ぬ仲間ができた。
この家で、この子のお母さんと一緒にいさせてあげたいけれど、私は、明日死ぬのなら、自分の家で死にたいと思った。
学校カバンの中身を全部出して、桜ちゃんのお母さんが用意したものをできるだけ詰める。
買ったばかりのマジックで、メモの裏に私の名前と家の住所と『大切にお世話します』と一言書いて桜ちゃんのお母さんの手にそっと握らせた。きっとあの世で安心してくれると思う。
用心しながら家へ帰った。
ベビーカーに乗ってすやすやと眠る赤ちゃんを見て、この子は自分がやりたいことを知らずに死ぬのだなと思った。
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