第3話 アピール
学校から帰宅した貴志は、いつもと違う雰囲気に少々困惑していた。
なぜなら、母親と姉が家の中であるにも関わらず、外出でもするかのような服装をしていたのだ。
姉の柚葉は、エレガントなツーピースでスカートの丈は膝上と少々短めで、肌の露出が多めだ。
母親である明子は、下着が透ける様な白いブラウスにスカートという活動的な服装をしている。
二人とも身体のラインがハッキリと分かり、とても大人っぽく見えた。特に母親の明子は、いつも以上に若く見えるので尚更だ。
(しかし、なんでストッキングなんだろう?)
貴志は疑問に感じたが、まさかそんなことを言えるはずもないので黙っていた。
「……えっと、ふたりとも今日は、どこかに出かけるの?」
貴志は、おそるおそる訊ねる。
二人とも貴志に顔を向けると、余裕を持った笑顔を向けた。
「そうじゃないの。ちょっと余所行きの服が合うか、試しに着ていただけよ」
明子が説明する。
「そうなの。たまには家の中で試さないと、買った服を無駄にしてしまうしね」
柚葉も追従するようにうんうんと頷く。
「そ、そうなんだ。ふたりともキレイだね」
貴志は照れながら正直な感想を口にする。お世辞ではなく、本心だ。
だが、貴志にキレイと言われたことで、柚葉も明子も揃ってドギマギした。
(キ、キレイって言われた……)
と、柚葉は自分こそ好かれていると思い込む。
(それって、つまりは好きってことよね。あわわ……)
と、明子は自分の勝利を確信する。
柚葉も明子も、互いに顔を背けながら頬を紅潮させる。貴志は無意識に言っていただけなのだが、そんなことは関係なく二人共浮かれていた。
(おかしいな。僕は変なこと言ったかな?)
貴志は二人の様子を見て、首を傾げる。自分が原因だと気づいてないところは、彼が非常に鈍感である証左だ。
食事を終え、貴志がリビングでテレビを見ていると、両端を母親と姉が挟み込んだ。
右に明子。
左に柚葉。
という布陣だ。
二人共、ニコニコと少女のように微笑んでいる。
だが、その笑顔に貴志は底知れぬ不安を感じた。
(何なんだ? 二人ともやたらと機嫌が良いけど……)
二人は言葉こそ発さないが、目で互いを牽制していた。
「ねえ。貴志、このストッキングの色どう思う?」
明子は片足を突き出し、黒色のストッキングに指を這わせて艶めかしく貴志に問いかける。
母親の妖艶な魅力が息子の貴志には目の毒だった。その蠱惑的な姿に、彼の顔は瞬時に上気する。
(このババア、あざとい真似しやがって!)
柚葉は、明子の行動を見て内心毒づいた。
実の息子を母親が持つ愛情で持って接することは非常に尊いことだとは思う。だが、この色仕掛けは下品極まりないとも思った。
貴志は言葉に詰まる。少し逡巡し何かを言おうとするが、壊れたラジオのように声になっていない。
その様子を見て、明子は勝ち誇ったかのような表情を柚葉に向けた。
そこで柚葉は、自分も負けじと攻勢に打って出る。彼女は、明子とは逆にスカートの裾を摘んでゆっくりと捲り上げると、太ももが露になった。健康的で弾力のありそうな女性らしいふくらはぎから続くラインはスラリと長い。
「ねえ貴志。このストッキングはクリアリーヌードって言って少し赤みがかった明るめのトーンが特徴的なのよ。キレイでしょ」
柚葉は蠱惑的な笑みで貴志を見上げる。中学生の同級生にはない大人の女性が放つ色気は絶大だ。
(この小娘。なんて色っぽい仕草なの!? クソっ! さすが私の娘ね)
明子は苦虫を嚙み潰したように顔をしかめる。
貴志は二人の醸し出す妖艶な雰囲気に脳が犯されるような錯覚を起こし、正常に判断できないでいた。ただ分かることは、二人が自分の所有権を巡って争っているということくらいだ。
(まいったな……。何故二人はストッキングの話ばかりするんだろう?)
貴志は母親と姉の様子から、何らかの結論が出るまでこの話題が続くのだろうと思いつつも、どうやってこの状況から逃げたら良いのかを考え始めていた。
すると、意外な方向でこの状況が終わりを告げる。
「やだ。ストッキングが伝線しちゃってる……」
柚葉は悲しそうに言葉を吐き出すと、同時に明子も同じことを言う。
「最悪。私のも伝線してるわ」
二人は同時に立ち上がると、リビングを出ていった。
「このストッキング、もう使えないわね」
と明子。
「そうね。台所のゴミ箱に捨てましょ」
と柚葉。
二人は、棒読みのセリフを吐きながらリビングを後にした。
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