... But your kids are gonna love it.
「……あと一曲、なんだよね」
街にイチョウの葉が色づいた頃、私はオプションの音楽再生リストを睨みつけていた。
既に七十一曲まで聴けた。本当にあと一曲。
それが、どこで聴けるのか解らない。
意地悪く「エンディングじゃない?」なんて声もあるけど、ネットゲームで普通はエンディングなんて無い。サービス終了が有るくらいだ。
あれから、いろいろやってきたからね。
ついに諸国同盟側もイベント選択で、対プレイヤー戦のルートと、私たちと同じバランサールートに分かれた事によって、両国プレイヤーの交流もでき始めた。
システィーナ様や、辺境伯の要請で諸国同盟に行くこともしばしば。
あちらのプレイヤーと協力して、事態に対処せなばならないイベントもあったりして、かなり盛り上がった。……特に諸国同盟側が。主に女子の件で。
その際に、向こうで【勅命】に当たる【依頼】を受けられて、念願の諸国連合での死亡も体験して、一曲ゲットした。
そこまでやっても、まだ一曲足りない……。
「どこに仕込んであるのぉ?」
『さあな……』
ヒントもくれないよ。
意地悪AIなんだから……。
ムクレながら、私はジャンジャカとギターを弾いている。
この秋に(やっと)Fコードを、ちゃんと押さえられるようになった。
さすが、ゲーム。リアルでは未だに押さえられないのに……。
Fが押さえられるようになれば、Bフラットだって怖くない。少し指を余計に開くだけだもん。
リードギターは、さすがに諦めてる私だから、もう自由自在だ。
え? スリーフィンガー? 右手の方は良いの! ロックする私に、スリーフィンガー奏法は(たぶん)あまり関係ないもん。そういうのはフォークの人に任せる。
景気良くストロークして、ザックザックと、カッティングでアクセントをつければ良いのさ!
筋トレとボイトレの効果もあって、声の調子は良い。
アイドル時代はもちろん、ショウのバックボーカルで声を出していた頃よりも、高音が伸びているような気がする。
すぐにファルセットに頼る癖は、治ってないけどさ。
ショウもギターを持ち出して、ギターデュオでハモってくれる。嬉しい……。
リアルでもこんな日があれば良かったんだけど、不器用なこの指が邪魔をして、私はいつもタンバリン……。ふふっ、一つ夢が叶った。
「やっぱ、やるしか無いかな……もう」
『大丈夫、これだけできればやれるさ』
「でも、絶対受けいれてもらえないよ……」
『仕方ないって。開拓者っていうのは、そんなものだ。……一人にでも、二人にでも届けば充分じゃないか』
「え……私、三万人のサーフサイドアリーナで、やる気なんだけど?」
『どこまで自虐的なんだよ……。どんどん席を立たれるのは、覚悟だろう?』
このゲーム世界、初のロックコンサート。
クラシックか、民族音楽かの世界で、シックスティーン・ビートをかき鳴らす。
騒音と、耳を抑えて出ていくお客さん、続出だろうから。
「せっかく造ったのに、もったいないじゃん」
『もったいないって……貧乏性か!』
「しーちゃんが
『何をだよ?』
「それは当然……『君たちには、まだ早かったかな。……でも、君らの子どもたちは、きっと気に入るはずさ』って!」
『お前は、マーティ・マクフライか!』
わーい、ウケた。
でも、この状況は、このセリフしか無いでしょ。
二十一世紀の今では、ロックなんて昔の流行になっちゃってるけどさ。このゲーム世界では、はるか未来の音楽だもん。ジャズすらない状況は、あの映画よりも過酷だ。
助けてくれよ、ドク!
そんな敗戦覚悟のイベントだから、みんなには内緒でシークレット企画中。
男性陣は、マサくんが個人では二位ながら、団体優勝の立役者になって、大学の特待生進学を決めた。院生で、卒業する気のないD51さん以外の二人は卒論と就職活動で、疲れ切ってる。
女性陣も、JCズは試験期間中だし、しーちゃんは締切に追われてるし(半分、私のせい)、カヌレちゃんも就職活動で頑張ってる。のんびりしてるのは、漫画家修行中のモモンガさんと、マイペース社会人の
やるなら、本当に今しか無い。
『領主様が何か、発表するから集まれ』
と宣伝して、無料な食べ物屋台で釣って、なんとか三万人弱……埋めた。
昼間だし、照明はない代わりに、PAの方はアシスタントキャラのショウに頑張ってもらった。
もう後には引けない。
ちょっと前のしーちゃんじゃないけど、『女の生き様、みせてやる!』の気合で、ギター片手にステージに出た。
ぐるりと三万人、拍手と声援が壁のよう……。
えーいっ! ミナ女男爵ではなく、
オープニングは『Starry Night!』
アイドルポップなオリジナルアレンジではなく、ショウが歌う時のブルージィなやつ。
少しおとなし目に、このゲームのテーマ曲なんだから、ちゃんと聴きなさいよね!
うぅ……客席に飛び交う『?』が見えるようだよ……。
解ってる、全くあなた達の知らない音楽だもん。
ここから一気に、ドライブかけるよ! お願い、数人でいいから付いてきて!
リズムといえば、のんびりワルツの世界。そこにエッジを効かした、十六ビートのストロークを叩き込む!
演奏するのは全部ショウの曲だし、アレンジを変えて、ゲーム内でも使ってるから、著作権上はきっと大丈夫。
普段なら絶対いけない事だけど、この先は全く観客を気にしないで自分に浸る。
だって、次々と席を立つ観客を見ながらなんて、それで歌えるほど、私は強くない。
さすがゲームの世界。私のギターでも、熱くビートを刻んでくれる。
そして、ここ半年近く鍛えてきた声は、力強くシャウトする。
この世界から、ショウがいなくなっちゃった悲しさ。
それでも私を支えてくれる、朝吹さんたちスタッフへの感謝。
無邪気に癒やしてくれる、ニャンコや文鳥たちへの想い。
そして、このゲームで知り合い、私に笑うことを思い出させてくれたカヌレちゃん、エトピリカさん、エグザムさん、モモンガさん、しーちゃん、D51さん、JCズの四人、ひまりちゃん、エルモさん、朧さん……。
色々な思いが胸の中にせり上がり、涙じゃない。歌として迸る。
そっか……私、こんなに歌が好きだったんだね。
私……本当は、こんなに歌いたかったんだ。
言葉にすると不器用になるけど、歌でなら、どんな気持ちも恥ずかしがらずに伝えられる。それが、私だ……。
トークも無しに全十曲。一気に歌い切る。
まぶたを開くと……あはは、三万人のアリーナはすっからかん。
こうなると思ったよ。
「I guess you guys aren't ready for that yet. ...But your kids are gonna love it.」
約束のセリフを、ちょっと恥ずかしいから、原文のままで言ってステージを降りる。
ステージ脇で、ショウが迎えてくれた。
『ミナ、お疲れ……』
「私には、これが精一杯。ショウならもっと上手く伝えられたのかな……」
『どうだろうな……。でも、ゼロじゃないぜ』
ショウが指差す方向に、ポツンポツンと子どもたち。
全部で十五、六人かな? 消費税までもいかないね……。
ロックの種が蒔けたなら、それでいいや。あとは、楽譜とギターコード一覧をばらまいて、水をやるだけ。
ハイタッチを交わすと、不意にショウの表情が変わった。
『美菜……ログオフしたら、一番大きな文鳥の巣箱の裏を探してみろよ。ジップロックに包んで、DVD-Rが一枚あるはずだ』
ん? 何で、ゲームのサポートキャラがウチの文鳥の話をするの?
まさかと思うけど……これ、ショウの遺言?
縋りつきたくなるのを堪えて、ショウの言葉を聞く。
一語一句、聞き逃すものか。これがきっと……ショウの肉声を訊く、最後の機会だ。
「それを朝吹さんに渡して、開いてもらいな。パスワードが掛かっているけど、朝吹さんなら開くはず。美菜……あとは全部、お前に託すから」
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最終回まで、あと二回です。
もう少しだけ、お付き合いをお願いします。
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