今日は、朧さんの日
「あっ。
何故か、七つのブラックバーン・ルビーらしきものを回収したヒナちゃんが、嬉しそうに見せてくれる。
チャット画面のグラフィック越しでも解る。
オレンジ色の中に星型が二つ並んでいるアレと違って、何と言うか……薄い水割りのウィスキーみたいな球体の中に、眩しいくらいの星が二つ輝いている。
それって、もしかして……。
やっぱり気がついたらしい、しーちゃんが言った。
「ヒナちゃん、七つの宝玉を並べて見せてくれる?」
「はーい」
ポテポテと並べて見せてくれた宝玉を見て、みんな「やっぱり……」と複雑な顔をする。
だって、ブラックバーン・ルビーらしきものと、ヒナちゃん曰くの『二星球』以外は、ブラックバーン系のサファイアっぽいの、アクアマリンっぽいの、縞模様の
科学的にどうのこうのは不明ながら、現実として圧縮されて宝玉状態になっちゃったんだ。
ちなみにサイズは、テニスボールほど。重さも、ヒナちゃんの扱いを見る限り、似たようなものだろう。
「ヒナちゃんは今、『あの星を我が手に掴む!』状態?」
「お手玉チャンス?」
「やってみる!」
こらこら……それ高いんだから、お手玉して遊んじゃ駄目だよ。
お値段以上に、とんでもないスケールの遊びだ。
「ミナさん、遊んでる場合じゃなくて……ちょっと風向きが変わったぞ?」
いや、エトピリカさん……遊んでるのはミナさんではなく、ヒナちゃんよ?
一緒に、お手玉見てたけど……。五つも回せるのは、充分に特技。
じゃなくて……・
私たちに向けられていた、他の勢力の火線が、その方向を揃えてきてる。
他の貴族や、ブローカーっぽい艦が、火線を海賊たちに向けた。たしかに一番、躊躇いなく攻撃できる相手だけど……なんで?
こちらも合わせて、火線集中。
手っ取り早く、海賊艦隊を排除した。
念の為、砲塔を向けるが、ブローカー側にも、貴族側にも攻撃意志は無さそうだ。
確かめるような間を置いて、代表でブローカーの船から通信が入った。
「私は、特殊貴金属を扱う、ヘイジー&ジェイン商会のサミュエル・スミスという者ですが、そちらは【美食倶楽部】の皆様の艦隊とお見受けいたしました……」
ホログラム通信だ。宇宙空間に、ビジネススーツを着ているが、少し荒っぽい感じのオジサンが浮かび上がる。こっちも、代表のカヌレちゃんが……と思ったら、こういうのは任せますと、私が対応する羽目になる。ホログラム、ピコっと。
「ええ……。我々は用が済みましたので、撤退する所です。妨害をなされるなら、排除しますが?」
「いえいえ、妨害などとんでもない。……我々は、交渉をしたいのです」
「……交渉、ですか?」
「はい。……おそらく、ですが……皆様はカナリー子爵夫人の依頼で、ブラックバーン・ルビーを採取に来たのではないでしょうか? ただ、あなたがたの採取したものは、それだけではないはずです」
「何のことやら、さっぱり……」
「無駄な時間を費やすのも、互いの為にはなりません。他の星が圧縮された宝玉をお持ちのはずです」
「……これですかぁ?」
倶楽部チャットで指示して、ヒナちゃんのホログラムがポコっと浮かぶ。
それを見て、サミュエル氏が目を剥いて、固まっちゃった。
この娘、まだお手玉して遊んでた!
六個に挑戦して、見事に回してる。凄いし、拍手してあげるけど、オジサン達には心臓に悪そうだから、やめてあげようね。
右手で投げ上げる代わりに、一個づつテーブルの上に置いて、無事お手玉終了。JCズからの大拍手に、得意そうにヒナちゃんが応えてる。
ようやく立ち直ったサミュエル氏が、咳払いをして言葉を続けた。
「何かとんでもないものを見た気がしますが……。我々も、暴力に訴えて奪い取ろうとは、思っていません。依頼にないルビー以外のものを、お売りいただけないでしょうか?」
ああ……そうだよ。このルートは、そういうルートだった。
単純な力押しではいかない展開に、倶楽部チャットで、みんな頭を抱えてる。
「この場合は、倫理的にどうなんだ?」
「確かに依頼は、ブラックバーン・ルビーだけなんだけど……」
「ダンジョンとかなら、依頼品以外の宝箱からの品は冒険者のものですよねっ?」
「でも、私達は冒険者じゃなくて貴族だしね~」
「そうは言うけど……もし、他はいらないって言われたら、持て余しちゃうわよ?」
貴族だから、不名誉な真似はできない。かといって、この話を断ってしまうと、こんな石を貰っても、ヒナちゃんのお手玉くらいにしかならない。
宝石の類は鑑定やら何やらがあるから、素人は簡単に売れないの。
ブラックマーケットに、伝手がありそうな知り合いは……困ったことに最近増えてるとはいえ……。
「
「専門外よ? ウチは鉱山という身元がはっきりしてるから、採掘責任者の認証ができるけど……こんな宇宙空間で、誰が認証してくれるの?」
その旨をサミュエル氏に訊いてみたら、ちゃんと伝手があるそうな。
中に含まれてる、惑星や恒星の成分をスペクトル分析して、認証する組織が有るのだとか。調べてみると、嘘は言っていない。本当に誠実な対応をしている。
もちろん、怪しい個人の持ち込み品は、受け付けてくれないらしいよ。
間を取って、筋だけ通そう。
「じゃあ、まだ所有権が不確定ということで……一度、カナリー子爵夫人にお伺いを立てて、『いらない』と言われたら、お譲りする形では?」
「言うわけが無いでしょう! 失礼だが、男爵様はそれの価値を知らな過ぎです。受け取り、それを競売にかけるだけで、どれだけの利益を生むとお思いですか?」
知らないよ、そんな事。
お金はともあれ、私たちとしては筋を通したいだけなんだよ……。
「それに、どんな報酬で引き受けたのかは知りませんが、ブラックバーン種宝玉七つの価値に足るものとは……」
「高々、ブラックバーン種くらいのもので、ヘイジー&ジェイン商会は、こんなに大騒ぎをするんだ?」
ふわりと気怠げな声に遮られ、サミュエル氏が鼻白んだ。
面倒くさそうに、朧さんのホログラムが現れる。
「『高々、ブラックバーン種』って、失礼ですが、あなたは物の価値がお解りでないご様子ですね……」
あ……。よりによって、朧さんにそれ言っちゃうんだ。
気怠げな美人さんは、深い溜め息をついて腰に手を当てた。
「そんな物、せいぜいワンカラットのスターナイトで、二つ買えてしまう程度のものじゃない?」
「せいぜいって、さすがにスターナイトは別格でしょう。比べるものではありません」
「比べるも何も、私の領地で産出してるのよ? はぁ……ヘイジー&ジェイン商会も大した事ないわね……この先の取引を、少し考えた方が良いかしら?」
「……っ!」
ようやく、誰に言ってしまったのか、気づいたのだろう。
一瞬で顔色を失い、冷や汗がホログラムからもはっきり解る。
言葉を失ったサミュエル氏に、朧さんがきっぱりと言い放つ。
「道を開けて下さらない? 私たちは、私たちの筋を通します」
倶楽部チャットでは、見事な啖呵に拍手喝采である。
朧さんは照れまくりだけど、あのオジサンはしつこ過ぎたから、とても助かった。
ホログラムが消えた宇宙を、私たちの艦隊が進む。サミュエル氏や貴族たちの艦がジリジリと下がり、道を開けた。
もう、邪魔する気はないみたいだね。
ゆっくりとブラックホールの重力圏から離脱してゆく。
そろそろ亜空間飛行に入れるかな? という時に、ショウが警戒を発した。
『前方、亜空間飛行解除の兆しあり。……多分、敵襲な』
みんなに警告しながら、やはり振り向いてしまう。
だが、現れたのは諸国同盟型の強襲揚陸艦。こんなものを帝国領で持ち出すのは……。
「海賊さんだ~」
いや、むしろ良いところに来てくれた。
今の交渉でモヤった心を、一気に爽快にしよう!
「いやいや、強襲揚陸艦ってことは
「ええっ! 何でそんなものを、海賊さんが持ってるんですかっ?」
「帝国製はともかく、諸国同盟の『リム』なら、普通にネットショップの『ギャラゾン』で買えますよ? バックパックや武装まで、置き配可で翌日配送してくれます」
「規制しましょうよっ! 何で売ってるのっ?」
「注文する客がいれば、仲介業者が有る限り売るって……」
初めて知る驚愕の事実に、私たちが唖然としている内に海賊ATが次々と発進する。
揚陸艦はATの空母みたいな所があって、搭載量が多いのよ。
「カタログ値だと、八十四機搭載できるそうです」
D51さん、詳細説明ありがとう。
これは私達が出た所で、多勢に無勢? 取り付かれると対応しづらいし……どうしよう?
「しーちゃん、全速前進。もう一回、女の生きざま見せて」
「ちょ、朧さんまでなんですか?」
「良いから良いから、早く早く」
何か策が有るのだろうか?
半信半疑なまま、しーちゃんが女の生きざま見せるべく加速してゆく。
お誂え向きに単艦で先走ったように見える艦を、まず血祭りにあげるべく、海賊ATが迎え撃つ。
一気に距離が縮まった時、朧さんがニンマリと微笑んだ。
「しーちゃん、斥力バリアを最大角度で展開しよう」
「あ、なるほど」
しーちゃんが、ポンと手を打った。
飛び出すな、ATは急に止まれない。
突然目の前に展開し、急速に迫ってくる対物理攻撃用の斥力バリアを、いくら機動性が高くても、突進中の『リム』が躱せるわけがない。
まるでブルドーザーが砂利を押しのけるように、次々とバリアに衝突し、砕け散ってゆく……。ほぼ、一瞬で全滅。
あとは、ほぼ丸裸の強襲揚陸艦が残るのみ。
「逃がしませんっ!」
「僕の分も残しておいて下さいね」
「私も行っちゃおう!」
美味しそうなご馳走に、カヌレちゃんはもちろん、D51さん、ユーリちゃんの機動艦トリオが襲いかかる。
あっという間に沈めて、三人ともニコニコ顔で隊列に戻ってきた。
もう邪魔はいないね?
じゃあ、カナリー子爵夫人の所に戻りましょうか?
亜空間飛行に入る前に、ちょっとだけサービスしてあげよう。
「あら? ミスター・サミュエル。一緒にいらっしゃらないのですか? どちらに転ぶにしても、私たちも、子爵夫人も、バイヤー無しでは宝玉を売却できませんのに……」
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