ご多忙申し上げます

「ふんぬぅぅぅぅぅぅ」


 アブドミナルクランチというのか……。ジェットコースターの安全バーみたいのを抱きしめるようにして、うにゅう! と上半身を起こす。

 軽めの重りにしたから、「楽勝♪」と思っていたのに、回数の終わり頃まで来ると、キツイよ……。

 中には、イヤホンを付けて音楽を聞きながらやっている人もいるけど、絶対に無理。曲のリズムに合わせて動けるなんて、自分の腹筋を甘く見てはいけない。リズムに合わない動作は、何も聴かないよりもストレスになるんだぞ。

 あとは脇腹を鍛える、腰を捻るマシーン。ついでに何故か背筋と足の筋肉も鍛えるようにとのお達しで、酷い目に遭ってる。腹筋を割る趣味はないんだけどなぁ……。

 自転車こいで、ホットヨガで蒸し焼きにされて、お年寄りに混じって水中ウォーキングを楽しんでいた日々は何処……。

 ちなみに、一日交代で、そっちもやってる。何の因果で毎日ジム通い……。

 水中ウォーキングが水泳になったけど、相変わらずクロールをすると水を呑む。何でだろう?


 朝吹さんに、ボイトレと筋トレを始めたいと言った時には、「やっとその気になったか」と目を輝かせたのだけど、ゲームの為と言ったら爆笑された。

 だって、誰かが歌わないと、ロックが生まれそうにないんだもん。

 私は、あの世界のチャック・ベリーになるよ……。

 その為には、腹筋を鍛えて、ボイトレしてカッコよくシャウト出来ないことには、魅力が伝わらないじゃないか。

 私のヴォーカルが、あの世界のロックの将来を決めるの。責任重大。


「せっかくトレーニングするなら、実際のステージに立てばいいのに」

「私が歌っても、誰も喜ばないよ」

「そんな事無いわよ。……ショウだって、よくバックボーカルに起用してたじゃない」

「それは嫁特典」

「こと、音楽に関しては、そんな特典を付ける人じゃなかったでしょ?」

「うーん……」


 私の声が合うのではなく、私のボーカルに合わせて、曲を作ってくれてた部分があるからなぁ。元アイドルとは言え、あれだけミュージシャンと接していたら、それくらいは解る。

 それに、私にとってステージの真ん中は、ショウがいるべき場所だ。


 お昼ご飯? くるりのお蕎麦しか胃が受け付けそうにないよ……。


      ☆★☆


 ログインすると、筋肉痛から開放される。

 本当に運動不足だったみたいね、私。それでも泳いだりしてた分、持久力だけはついているとか、いないとか、褒めどころに悩んだトレーナーさんが言ってた。


 ポップした途端、ユーリちゃんの悲鳴が聞こえた。


「すみません! 昨日の今日なのに、イベントのキーを踏んじゃいました!」


 早い! 早いよ、ユーリちゃん……。

 なんでも、お金に余裕ができたので、新しいドレスを買いに行ったら、いきなりイベント導入しちゃったらしい。

 その仕立て屋さんで、カナリー子爵夫人なる方と出会って、何やら特殊な宝石の入手を打診されたとか。

 今度はアドベンチャー路線なのかな?

 私たちはインディー・ジョーンズになれるか……。


「そんな所にまでキーが潜んでいるとは……迂闊に動けませんね」

「意外と、バラ撒いてあるキーの、どれを踏むかって感じなんじゃね? あまり連続性が無さそうだ」

「それは有るかもな……。でも、雰囲気が違って楽しめそうじゃん」


 男性陣は深読みしたり、開き直ったり。

 JCズは姦しい。


「宝石って、どんなのだろう?」

「大きな宝石とか……ビッグジュエル!」

「怪盗キッ○様に盗んで欲しい!」

「コラボしないかなぁ!」


 夢見る少女たちに比べて、大人組はと言えば


「宝石って、原石なのかしら?」

「鉱山の穴の中で、トンカチ使ってカンカン~?」

「ウチの『スターナイト』なら、いくらでも提供するんだけど……」


 現実的過ぎるよ……。

 おぼろさんの所の特産品は、宝石なんだよね。

 少女と大人の間のカヌレちゃんは


「宝石じゃあ、美味しそうじゃないですねぇ……っ」


 もちろん、色気より食い気だ。

 せっかくみんないるんだから、カナリー子爵領に行ってみる?

 ぞろぞろと艦隊を組んで移動開始。

 やはり男性陣は、男子の少なさが気になるらしい。

 相変わらず、『リラサガ』とは思えないような編成だもんね。実質は三対九で、とうとうトリプルスコアになっちゃった。マサくん、カムバ~ック。

 そう言えば、モモンガさんのオタク星系計画はどうなってるの?


「とりあえず~幻灯機を開発して、映画方面が動き出した~。しーちゃんの所の画家イラスト方面と合わせれば、アニメか漫画ができるんじゃないかと、期待~」

「私の方も、なかなか油絵から発展しないから、大きな期待はしないでね」

「しーちゃん、自分で描いちゃえば~?」

「リアルでも、結構詰まってるんだから……ゲームの中までは勘弁して!」

「よっ、売れっ子絵師~」

「やめてってば……」


 冬のトリビュートライブの絵で目に止まったらしく、某SF映画の日本用ポスターを描いたりして、断る必要が有るくらい、依頼を戴いているとか。めでたいめでたい。呑み歩く暇もないくらい、イラスト仕事に溺れちゃえ!

 あ、そうだ。……先に予約を入れておかないと。


「あ、しーちゃん。きっとクリスマスコンサートの配信用のイラストの依頼行くので、なるべく断らない方向でよろしく!」

「ええっ! あれを配信するんですか!」


 しーちゃんの食いつきが凄い。去年のクリスマスに私が浸ってたやつ。

 納品に来た時、事務所のAVシステムで観せてあげたら、腰が抜けてたものね。

 ほぼ肉声のままのアコースティックライブは、ファンには、とても殺傷力が高い。

 映像自体は、もう完成しているから、今はヘッドフォンでも殺傷力を維持できるように、音響を調整中です。耳元で囁くような歌声に、悶え苦しむと良いよ!

 おかげさまで、さらに二本追加契約が来たので、クリスマスプレゼントで配信する予定。

 しーちゃんが、いかに殺傷力の高いライブ映像なのかを滔々と語る内に、カナリー子爵領に到着した。

 おお、ここは木々がいっぱいの山林星系だ。

 いろいろと着飾った子爵夫人に話を聞いてみた所……今年は何百年に一度かのタイミングで、銀河の外れの星系付近で公転する二つのブラックホールが擦れ違うらしい。

 擦れ違うと言っても、掠めるほどではなく、互いの重力圏が重なってブレが生じるくらいの距離。で、その間に挟まれる形になる二重太陽の星系が高温圧縮されて、特殊な宝石が生成される確率が高いそうな。

 それをゲットしてきてもらえないかって……私たちは冒険者じゃないんだけどなあ?

 モモちゃん曰く、知古を得ていて損のない子爵様らしいし、みんながなんだか乗り気だから引き受ける方向みたい。

 それにどうやら、ゲットしようとしているのは、当然私たちだけじゃない。珍しく、派手な戦闘になりそうな気配……。

 ブラックバーン・ルビーの争奪戦、参加いたしましょう。

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