落とし所

「我々としても、長くは待てませんよ。……本来の戦後処理の話は、まだ何も進んでいないのですから」


 平然と宣うフィンレイ伯爵は、強気一辺倒だ。

 私がクレイマー氏に言ったことが、伝わっている前提で、素知らぬ顔で揺さぶっている。

 人道に外れていようと、犯人を帝国に引き渡せば、即急に情報を引き出せる。それに、犯人の人権など、大した問題でないと怒りを感じている。

 公の場で口に出さないが、暗にそれを伝えたことは、大きなプレッシャーだろう。

 無表情を繕おうとしても、三度目の下交渉に当たる、諸国連合の官房長官の表情は苦い。


 捕虜となっていた兵の護衛のため、新たな艦隊を呼び寄せることも承知させたし、その規模はまだ、伝えていない。

 諸国連合の首都を、包囲することの出来る数の艦隊を呼び寄せるさえ可能だし、この状況では、艦隊規模を尋ねることすら憚られる雰囲気だ。。

 もちろん、これで開戦は有り得ないはず。

 そんな事をしたって、何の得にもなりゃしない。せっかくの外交上の優位さを、ドブに捨てるようなものだ。

 恐らくは、どこかに落とし所を定めているのだろう。

 全てを胸の内に収めて、伯爵は悠然と交渉の優位を握り続けている。


「そういえば……」


 ふと、思い出したように伯爵が呟く。

 今度は何を言い出すのかと、また官房長官の表情が曇る。

 伯爵は、世間話であると強調するように、態度を崩した。


「貴国では最近、『フェアウェル教会』なるカルト教団が流行っているとか……」

「流行っている……という程でもありませんが、耳には聞こえております」

「なるほど、その程度の流行ですか……」


 それだけ言って、また沈黙を決め込む。

 長い沈黙に、官房長官は「もう少し情報を集めてみます」と、席を立った。

 ぞろぞろと、書記官などのお供がいなくなると、ふっと空気が緩んだ。

 声を潜めながら、不思議そうにエルモさんが尋ねる。


「あの……伯爵様、『フェアウェル教会』というのは、いったい?」

「単なる世間話ですよ。……そんな名前のカルト教団が、指示を集めているそうな」

「どのような教団なのでしょう?」

「私も詳しくは存じませんが、『人は平等である』という教義を掲げ、貴族主義を否定するものだと言われてますね』


 そっと目を閉じ、口元を吊り上げる。

 まるっきり、帝国を否定するような教義だわ。『ホリデー岩礁会戦』で帝国が戦勝し、その戦後交渉が行われる時に、そんな宗教が流行るのは危険過ぎる……。


「伯爵様は、その教団が関与していると見ているのですか?」

「さあ……それを知る手立ては、残念ながら我々は持ち合わせていません」


 エトピリカさんの問いに、涼しい顔で宣う。

 その手立てとなる犯人は、現在も諸国連合側が取調べ中だ。

 苦いものを噛み締めながら、私は確かめる。


「あとは、諸国連合政府次第……という事ですか?」

「ええ、彼らの捜査能力に期待しましょう」


 ……そういう事か。

 私は、唇を噛んで天を仰ぐ。

 外交って、そういうものだと解っていても、胸が痛むよ。


「ごめん、ミナさん。どういうことなのか解ったなら、教えて」


 イベントチャットで、エトピリカさんが訊いてくる。

 これ、もう話が動くだろうから、衛星軌道組にも知っておいて貰った方が良いね。


「つまり……犯人の自供がどうであろうと、その『フェアウェル教会』とやらに、全ての責任を押し付けるって事よ」

「押し付けるって、そんな……」


 エトさんが絶句する間に、諸国連合のSNSなどを漁っていたD51さんが、『フェアウェル教会』について、みんなに説明してくれる。

 それが終わるのを待ってから、私も言葉を足した。


「犯人の自供なんて、諸国連合公安警察の密室の中だもの。自供したと捏造することは容易いわ。……今回の不始末の賠償として、諸国連合の手で『フェアウェル教会』を抹消するという選択肢を、落とし所として示したのだと思う」

「一つの宗教を抹消って……出来るんですか?」

「恐らくは物理的に……でしょうね」


 帝国艦隊を牽制する意味で、衛星軌道には諸国同盟軍の艦隊も上がっているし、地上軍だって有る。教団の根拠地は割れているでしょうから、武力行使で制圧……いや、きっとジェノサイドするだろう。


「諸国連合法は、犯人の人権を守るんじゃないんですかっ?」

「嫌な言い方だけど……後で教団側から無関係を表明されるよりは、口を封じてしまった方が処理が楽だもの。国賓である辺境伯暗殺の主犯として」

「死人に口なし……。おそらく実行犯も処分されるんだろうね。帝国としては、自らの手を汚さずに、都合の悪いカルト宗教を叩き潰せるわけだ」

「はぁ……怖い怖い。貴族制の帝国を批判する声も死んじゃうわ」


 気怠げな口調だけど、おぼろさんの言葉に、皆、押し黙る。

 帝国が潰せば、反感を買うことになるけど、テロの主犯として諸国連合が潰せば、正義の執行であり、反感は教団に向かう。

 全面戦争の危機を呼んだと、糾弾されるだろう。

 我々は、捕虜の開放に訪れた平和の使者なのだから……。


 半時ほどして、四たび下交渉に訪れた官房長官の顔は、安堵に満ちていた。

 犯人は、『フェアウェル教会』の信者で、その指示の元に暗殺テロを実行したのだと。そして、教団の本拠地を潰す準備が整ったことを告げ、モニターを示した。

 首都星の山地に建てられた、白い六角形の建物が映し出される。軍事衛星からのライブ映像らしい。

 ターゲットマークが、その建物に固定される。

 カウントダウンの後に、画面が白光でホワイト・アウトした。

 ……衛星軌道上からの直接砲撃だろうか。

 白光が収まると、崩壊し、焼け爛れた建物に諸国連合の機動兵器『リム』が群がる。更に地上軍の攻撃が始まったことも見て取れる。

 問答無用、宣告無しの死刑執行に、胃の中から苦いものが込み上げてきた。

 もう、見ていたくない。

 私も、エトさんも、エルモさんも青い顔で目を逸らしてしまった。

 一時間にも満たない、深夜の掃討戦……いや、虐殺だろう。本当に指揮をした主犯かどうかは問題ではない。主犯と決めつけることで、無理矢理に、けじめを付けただけだ。

 すべてをモニターで見届けたあと、まるで出来の悪い喜劇のように、形だけの暗殺テロの捜査報告がなされ、そこを落とし所にして、話し合いは何もかもが丸く収まった。

 辺境伯と、それを庇った護衛騎士の無事が報告され、諸国連合側が安堵する。


「これで良いのでしょうか……?」


 エルモさんの呟きを残して、我々のATは地上の諸国連合軍基地から、衛星軌道へのシャトルで打ち上げられた。


 こうして長い夜が、終わった。

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