第一次接近遭遇

 四機の帝国軍ATアーマード・トルーパーが官邸の前で仁王立ちしている姿は、象徴的なものとして報道されている。

 詳細までは報道されていないものの、何か事件があった事は一目瞭然だ。

 それが決して諸国連合にとって、好ましくない状況であることも。


 詰めかける報道陣に目には、私たちはどう映っているのだろう?

 やだな……ゲームの中でまで、報道陣に追われるなんて。

 それも入口までで、官邸に入ってしまえば全てはシャットアウトされる。迎える外交官は平身低頭状態。とても外交どころでは無さそうだ。腹の中では、ここからどこまで挽回できるかを考えているのだろうけど。

 用意された、控室に陣取る。盗聴、盗撮等の設備が無いことを確認して、ソファに身を沈めた。


「そう言えば、狙撃犯は捕らえられたのですよね?」

「身元は、確認されている。正規の事務官だそうだ。……背後関係は、現在調査中との報告を受けている」

「解りやすく、何かの宗教や、極右政党とかにハマっていてくれると助かるのだけど……」

「連合諸国の匿名掲示板では、もう氏名まで特定されていたようだが、ごく普通の官僚であったらしい」

「あまり、『ごく普通の官僚』は旧式機の火薬銃で暗殺を狙いませんけどね……」

「害するつもりはなく、『発砲した』という事実を作りたかったのかもしれんが……困ったタイミングでやってくれたものだと、あちらは頭を抱えているだろうよ」


 辺境伯の筆頭書記官であるフィンレイ伯爵は、皮肉な笑みを浮かべる。

 まあ、そうだね。

『ホリデー岩礁会戦』の敗戦処理が纏まらぬ内の、自殺点ゴールのようなやらかしだ。国賓として招いた辺境伯の命に関わることだけに、戦後賠償を含めて、もう一度一から見直さざるを得ないはず。


「エトさん、エルモさん、先に休憩貰っちゃって良い?」

「良いですけど……あ、訊いちゃマズいか」

「一応トイレにも行くけど……そっちがメインじゃないからね。この官邸内で、どのあたりまで自由に動けるのか、確かめておきたいの。ついでに、何か飲み物でも買ってくるわ」


 頷いてくれたから、伯爵も承認っと。

 ドアを開けると、警護のSPさんが慌てた。


「どちらへ?」

「トイレは、どこかしら?」


 案内された通りに廊下を歩く。犯罪者扱いするわけにもいかないのだろう。SPさんは無線でその旨を伝えたようだが、同行はしてこない。

 慌ただしく人が動く廊下の角ごとに、奥に視線を這わせつつ、とりあえずトイレに。

 ……残念、中に他の人の気配はない。噂話でも聞けれると、良いのだけどね。

 少し個室で待ってみたけど、空振り。仕方なくトイレを出る。

 建物の水回りは、だいたい集められているから、側には給湯室も有る。もちろん、簡単なソファと、自販機、観葉植物の鉢が置かれた休憩スペースも有るわけで……。

 帝国のマネーカードが無事使えることを確かめるように、紙コップのコーヒーを買う。

 クリーム、砂糖多めのお子様仕様。ちょっと、かっこ悪い。

 ソファに座って、一息つきながら人の動きを眺める。ダークスーツ姿だから、襟章を確かめない限りは、帝国の人か、諸国同盟の人かは解らないはず。

 耳をウサギみたいにしてみるけど、みんな噂話ひとつせずに早足。真面目だなぁ。

 カタンと音がして振り向くと、自販機の紙コップを取り出した男性が、私の正面に陣取った。


「あまり歩き回られては、困ります」


 歳の頃なら三十路の半ば? 如才ない仕草で、口元だけ笑みを作る。

 ああ、多分私は苦手なのに、最近付き合いが増えて仕方のない種類の人だ。

 知らん顔して、貴族令嬢を気取ろう。ずいぶん薹が立ってるけど……。


「……紹介のない殿方とは口を利かぬよう、言われておりますの」

「失礼……私は、こういうものです」


 スーツの内ポケットの黒革のケースから取り出して、名刺を一枚差し出す。

 プレイヤー的には、頭の上に名前は出ているのだから、読めば良いのだけどね。名刺をもらうと、所属が解る。……嘘をついていない限り。

 ふむ……警視庁公安部国家安全課第三班長、ヨッヘン・クレイマーさん。やっぱり、諜報系の人だ。最近、何となく見て解るようになっちゃった。

 帝国貴族には名刺の習慣は無いから、貰うだけ貰って、私は名乗るだけだ。

 そう言えば、諸国連合の人とお話するのは、初めてだね。


「上司の上の上の更に上の方と、部屋になんて詰めていたら、息が詰まってしまうわ」

「お気持は解りますけど、ね」


 理解を示すような、作り笑い。

 本音はどこかな? 私を追い払いただけ? それとも情報を探りに来た?

 何も期待していない私は、ダダ甘のコーヒーを啜って澄まし顔。主導権をクレイマー氏に預ける。


「辺境伯のお加減は、いかがでしょうか?」

「私も心配なのですが、なかなか末端まで情報が伝わってこないのですよ」

「派閥こそ違え、ミナ女男爵は辺境伯の信頼を得ていらっしゃるのでは?」


 そのあたりは調査済みですか?

 まあ、乗ってきたATを見れば、誰が降りてきたかは一目瞭然だからなぁ。カスタム機なだけに、選挙カーで名前を連呼しながら来たようなものだ。

 いいや……ちょっと、おちょくってみよう。


「年齢的に、辺境伯のストライクゾーンから外れてますから、あまり側には近寄らせていただけないんですよ」

「確かにそのような噂は、耳にしておりますが……」


 真に受けて良いのか、悪いのか、迷いが顔に出ています。

 どっちでも、お好きなように取って下さいね。私は無関係。


「では、衛星軌道上のユーリ女男爵様辺りは、お側に?」

「でしたら、私も辺境伯様の様態を知れるのですけど……。側近の方以外は、着艦を許されていないのです。心配ですわ」


 これは事実だから、言っても良いこと。

 先にユーリちゃんの話が出ていたから、緊急性が増して伝わるかな?

 できるだけ、悪いと思わせる方がこちらに都合が良い。

 じゃあ、今度はこっちの番ね。


「辺境伯様を撃った人……どんなつもりで撃ったのかしら。辺境伯様は、捕虜を送り届けて、諸般の手続きを終えたら帰る。平和の使者ですのに」

「それにつきましては、我々も遺憾に思っております。背景については現在調査中で、分かり次第ご報告申し上げるとしか伝えられません」

「でしたら、こちらに引き渡してくださればいいのに」

「それは、どういう……」

「法律が違いますもの。帝国法では、国家反逆罪に対しては、非人道的な拷問も許されますの。そうしていただけると、手早く情報を引き出せますのに……」

「お待ち下さい。お気持は解りますが、諸国連合の法律では……」

「存じております。ですが、大使館は治外法権。帝国法に準じた裁きが行えますもの」

「しかし、それは……」

「私は、一帝国貴族として、犯人に怒りを感じておりますの。加害者の人権など、二の次で構わないでしょう」

「難しい問題です」

「では、そう考える貴族が同行しているとご考慮下さい。では、失礼」


 さっさと席を立ち、紙コップを捨てて部屋に戻る。

 どうせまだ序盤戦。

 名刺を見せて、報告したら、エトさんたちには呆れられた。

 フィンレイ伯爵が大笑いしていたから、まあ良しとしても……大丈夫だよね?

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