一月の雨の夜

 どうして、こんな時にメンテなんだろうね……。


 『リラサガ』にログインできれば、サポートキャラのショウとお喋りできるし、またキーを踏んじゃった、ストーリーイベントも楽しいのに。

 私はただ、示されたものに許可を出しながら、重い息を吐く。


「気持ちは解るけど、美菜ちゃん。……これは、しないといけない事だから」


 うん、解ってる。

 だから、泣いたりせずに頑張っているよ。


 ショウの一周忌……。


 ファンの為にも、しなくちゃいけない。

 ショウ自身は無宗教というか、多宗教というか。クリスマスの後に、初詣に行く普通の日本人の感覚の人。でも、一応家の宗教というものがあって、何とか宗の仏教のやり方で埋葬はされている。

 でも、ショウを悼むのに、木魚ポクポクのリズムが似合う訳が無い。

 湿っぽい儀式なんて、もっと似合わない。


 ショウと交友のあったミュージシャンたちによる、一周忌トリビュート・コンサートを開く事が決まっていて、もう会場も押さえてある。

 全国のいくつかの映画館のスクリーンを使って、同時中継してくれるみたい。

 チケットはどれも完売。……ありがたい。

 私もステージに立つよう誘われたけど、絶対に泣くから出ない。

 場を湿っぽくしたくないもん。

 事務所にストックされているライブ映像から、私とショウが歌ってるシーンをピックアップして、流せば良いよ。

 私も、その方が観たい。

 参加ミュージシャンたちにも


「湿っぽいトークは厳禁! ステージ上では、どんどんコラボして、お祭り騒ぎにしましょう!」


 と言ってる本人が一番湿度が高いんじゃあ、シャレにならない。

 当日は、会場の隅っこに隠れているつもりだ。

『リラサガ』の曲は、まだ半分も聞けていないから、追いかけられないんだよ……。

 新曲だけでなく、古い曲のインストだったり、アレンジ違いがあったりして、なかなか手強い。……ちょっとズルくない?

 困ってる私を見て、ニヤニヤ笑ってるショウが見えるよう。

 ゲームの面白さは、少しは理解できたつもりだけどさ……。先が長いよ。


 気が塞ぎながらも、仕上がってきたショウのカバー曲のデモと、ステージ演出案に合わせて、背景に流すショウの写真や映像を選ぶのが私のお仕事。

 悲しいのは、私だけじゃない。

 この日に集まってくれるファンの為にも、最高の映像を選ばなくちゃね……。


      ☆★☆


「それでそんなに、しょんぼりさんなんですね~」


 モシャモシャのソバージュの髪をゴムで括ったモモちゃんが、特選タン塩を食べながら慰めてくれる。

 ここは、いつもの倶楽部ハウスの円卓ではない。

 リアルの新宿歌舞伎町に有る有名高級焼肉店の更に、上位版の個室有りのお店。

 沈み気味の私を見かねて、朝吹あさぶきさんが、誘ってくれた夕食の場。

 何でモモちゃんがいるのかというと……トリビュートライブのグッズ用に、ショウと私のデフォルメキャラを急ぎ仕上げてくれた、しーちゃんを労う席に「お友達も連れていらっしゃい」と声をかけた結果です。

 その実「もう上カルビでは満足できない舌になっちゃったから、モモちゃんも道連れにしてやる!」という悲痛な(?)決意であるそうな。

 うんうん、解る。そうでなくても高級店で基本のお味が違うのに、『上』の上に『特上』があって、そのまた上に君臨するのが『特選』なの。

 一度口にすると、もう上カルビでワクワクできた日々には戻れないよ?


 でも、リアルモモちゃんは、プレイキャラとまったく変わらない。

 それで安全面とか良いの? と思ったけど、もともと同人活動で顔を知られているから、今更……なんだとか。

 カヌレちゃんなら大喜びしそうだけど、あの娘は北海道の子だからなぁ。さすがにおいそれと、呼び出すわけにはいきません。


「でも、しーちゃんはデフォルメキャラも描くんだ。画風が違うから、ちょっと心配してた」

「デザイン協力は、モモちゃんです。デフォルメの仕方を教わって、仕上げもやってくれたんです、実は」

「合作なんだ。事務所の評判は良いよ。ありがとう」


 私の言葉では、信用半分。でも、朝吹さんがニッコリと頷いているのを見て、やっと小さくハイタッチを交わした。

 仕上がりを見て、急遽、来場者全員にメッセージカードを配ろうと、決まったくらいに良い出来。

 この衣装は、三年前の夏の武道館だよね。

 あの時のライブ映像は公開してないから、しーちゃんも見に来てくれていたんだ。

 本人は、生ビールと特選カルビのコラボに、打ち震えているけれど……。

 私は焼き網の隅っこで、海鮮を焼く。肉も良いけど、やっぱ海老よね。あんまり賛同者はいないけどさ。

 でも、ゲーム内と違って、ここで食べ過ぎると太る。要注意。リアルは怖いぞ。


「でも、美菜さんの気持ちを無視して、ファンとして言うと、羨ましいです。一日中ショウのライブ映像漬けのお仕事」

「良いでしょ? 未公開ライブ映像、全カメラのフルチェック」

「それを休まずに何週間も出来るのは、さすがに美菜ちゃんね。私自身もマネージャーになるくらいのファンだけど、とても敵わないわ。私でも、休憩は必要だもの」

「凄すぎる……単に羨ましいとは言えない~」

「本当に……」


 半ば呆れられてる気がするけど、まあ良いや。

 しーちゃんも、もう仲間に引き込むから。


「そんなしーちゃんに、このディスクをあげよう。……お仕事の種の『ロックオペラ』第一作だよ」

「出来上がったんですか?」

「まだラフ編集だけどね。……私のチョイスをディレクターさんが調整するけど、大きくは変わらないよ? これの世界観で、イラストを仕上げていただきます」

「わぁ……このコンサート、行けなくて、ずっと観たかったんです……」


 そんなにディスクを押し抱かれると、ちょっと嬉しい。

 まずはファンとして、堪能してね。

 おうちのテレビで満足できなかったら、ウチの事務所の映像室の巨大モニターとサウンドシステムで見せてあげるから。ムフフ……お仕事だもん。

 ライブの音響さんが、最も近い音に調整してくれたショウの曲専用のシステムだから、味わいが違うのよ。どんなに大音量を鳴らしても、音が割れないスグレモノ。

 私が浸り切るくらいに凄い。


「でも、イラストの評価基準は厳しいわよ。……何しろ、美菜ちゃんが満足しないとリテイクになるんだから」

「そこはお友達割引で、なんとか~」

「だ~めっ。ショウのことに関しては、絶対に妥協しない」


 冗談口調のやり取りだけど、これは本気。

 ショウに関することの基準は、事務所で一番高いのが私だもん。私のお眼鏡に敵わないものは、絶対に外には出しません。

 あの応募作を仕上げた、しーちゃんならきっとクリアしてくれると信じてる。


 デザートの、抹茶アイスは別腹。

 全部食べきって、顔は脂でテラテラ、お腹ポンポコリンな女子四名出来上がり。

 お会計は事務所持ちだから、朝吹さんが色々と……。

 それを待ちながら、ふと気づく。


「あれ? そう言えば、お酒が入ってるのにしーちゃんが、まともだ……」

「お仕事なので、緊張しちゃって……」

「えーっ。出来るならゲーム内の聞き取りの時とか、乱れずにやろうよぉ?」

「遊びの時は、気を抜かないと遊びにならないじゃないですか!」

「今日は美味しいお肉でストレスが蕩けてるもんね、しーちゃんは~」

「否定できない……」


 やっぱり、この美人さんは、ストレスのない職場に転職した方が良いと思う。

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