誰かの描いた絵
「ダント伯爵は第一皇子派で~、ティーチャーズ伯爵は第二皇子派~」
「それぞれ、クリード子爵と、パロマ子爵の上司のような立場なんだよな」
「そう~」
来訪客のニュース映像を横目に、テニスコートを眺めている私たち。
本当に、面倒くさい方々ばかりがやってくる。
当日の主役の一人は今、ラケット片手に奮闘中。テニスはまだ、完全に初心者らしく、『テーブルテニス』ならぬ、『ガーデンピンポン』の趣で、長閑に山なりのボールが行き来している。
運動不足解消が目的だから、楽しいのが一番。
中学生時代はテニス部だったらしいカヌレちゃんが、上手にラリーをつなげてます。
「イケメン辺境伯さんが来るのは、舞踏会前日だっけ?」
「社交が煩わしいのか、夕方に到着して食事会後のカードゲームと、無駄な予定は一切入れてないね」
「当日も、舞踏会の準備という理由で社交は拒否の、翌日午前中のみの滞在で帰領……。とんでもない社交嫌いとしか思えないんだけど?」
「システィーナ様を口説く暇も無さそうね」
「貴族同士の婚姻なんて、恋愛とは程遠いからな」
システィーナ様の保護者的立場のレスター子爵とだけ、話ができればそれで良いという、割り切ったスケジュールには感心してしまう。
次々と訪れている面倒くさい方々が、いかに割り込むかが腕の見せ所。
その辺の方々は、パンダよりイケメンさんだからね。この調子で、普段から社交の誘いを断っているらしい。ぽっと出の辺境伯なんていう意味深な存在が、地盤を固めようともせず、孤高を貫くだけでも、不可思議な行動だ。
私たちでさえ、情報欲しさに伝手を求めているというのに……。
両派閥からも、中立派からも離れている。
それでいて、システィーナ様に婚儀を申し込むというのも解らない話。
何を目的にしているのか、本当に不思議な人。
呑気に、えへへ……うふふ……してるのは、システィーナ様だけだよ。
「肝心な、婚姻を申し込む目的が見えてこないから困る」
「ただのロリコン辺境伯だったり~」
「それが一番始末が悪いだろ……」
「ウチのJCズも、はっきりするまで表に出さないようにしないと!」
都庁のお姉さんは、しっかり保護者状態です。
貴族同士の婚姻なら、年齢差なんてあっても当たり前。酷い時は、家の結びつきの為に、物心つかない年齢の姫様が、婚約してたりするから……。
もちろん同時に、箱入りのお姫様を傷物にしたがる、色事大好きなお貴族様もいる。困ったものだ。
あのイケメン辺境伯と、直接話した方はいないものか……。
レスター子爵様も、メールのやり取りだけだというし。
「あ、そうだモモちゃん。辺境伯の領地って、いきなり降って湧いたものではないでしょ? その前の領主とかは調べてあるの?」
「もちろん~。懲罰を受けたりして、領主不在になった領地の集合体だよ~。長い事帝国が管理代行していた領地~。ついでに名前も、途切れていたシェフィールド伯爵家を受け継いだ形~」
「誰のバックアップで成り上がった? って感じだな」
「もちろん、謎~」
「皇帝の寵妃に、弟がいないか調べたくなるぜ……」
「さすがに、無い無い」
「何のお話をしてらっしゃいますの?」
側使えにそっと、汗を拭いてもらいながらシスティーナ様。
剥き出しのお御足が眩しいです。
「辺境伯の情報交換ですよ。どなたか親しい方はいらっしゃらないかという……」
「あの方も、孤高でいらっしゃるから」
ドリーミーに瞳をキラつかせながら、システィーナ様。
あぁ、もうため息しか出ないよ。薔薇の花でも背景に背負いますか?
実はこの姫様も、数多い面会依頼を断ってるんだよ。こっちは辺境伯からの婚姻申し込みに対する反応窺いなだけに、下手に勘ぐられたくないので、断らざるを得ないんだけど。
おかげで、遊び相手として、私たちが駆り出されているんだよ……。
テニスの後はお勉強の時間だから、私たちは開放される。
JCズは領地経営に熱心な時期だから、そっちで楽しんでもらおう。どんな領地に育てるのかな?
私たちは……どうしたものかなぁ。
まるで、そのタイミングを図ったかのようにメッセージが来た。
夕食のお誘い。宛先は【美食倶楽部】メンバー。差出人は……シャパラル子爵。
「あの人って、ゴリゴリの第一皇子派ですよね?」
「でも、私達に
「シャパラル子爵は、中立派に宗旨替えしてないの~」
「それ、本当?」
てっきり、あの鉄面皮の営業スマイルの人も、システィーナ様溺愛同盟の一人だと思ってた。重工業星系のブロン子爵は最初から中立派……というか、商売第一派だからともかく、シャパラル子爵は何故?
本人に逢ってみれば解る、かな?
一度、ホテルに戻って準備を整える。
あの子爵様は、この星系に別荘を持ってるのか……。
オーシャンビューのリゾートハウスのような、華美にも質素のもならぬ佇まいは、さすがのバランス間隔だと思う。
執事さんに案内されながら、念の為に……
「しーちゃん……」
「はい?」
「緊張してね」
「……努力はします」
夕食に誘われたからといっても、いただきます、ごちそうさまで帰ってくるはずもなく、お酒で口を軽くしつつ会談するのがメインで、夕食は口実。まあ、美味しいものは食べられるのだけど……。
向こうもビジネススーツだし、こっちも平服。
「噂は聞いておりますよ、ご活躍のようですね」
「ありがとうございます。本日はヒナ女男爵は別行動ですので、パンダのお話はできないんです。申し訳ありません」
「いえいえ……話題になっているようですね」
当たり障りのないところから、会話を始める。
こちらの手札を確認しながら、あちらの欲しがる札を推測する。白々しいくらいの会話のポーカーだ。私は顔に出るから、チップを賭けるカードは苦手なのに……。
さて、この鉄面皮のビジネススマイルの裏で、欲している情報は何かな?
レスター子爵でなく、私たちに声をかけたということは、ほぼ確実にシスティーナ様絡みの情報だと思うのだけれど……それが、第一皇子派の彼に、どんな利益をもたらすの?
そうでなくてもこっちは、私とカヌレちゃんという顔に出るタイプがいるから、情報線は不利なんだよなぁ。
食前酒として出された、辛口のシェリーで唇を湿して考える。
「今回は、パロマ子爵はお見えではないようですね?」
「面識を得たい相手がシェフィールド辺境伯ですから、子爵では役不足でしょう。本来はダンテ伯爵様ではなく、ブリックロード侯爵様に動いて欲しいところでは?」
グラスを傾けつつ、笑みを崩さない。
ちょっと他人事っぽい? ……第一皇子派と見てはいけない?
翻意を示していないだけで、別な動きをしているのか……。
男爵、子爵なんて烏合の衆。血縁や古来の間柄ではない限り、時勢を読んで有力な派閥に擦り寄るのが、正しい処世術。
第二皇子派も、同様にダメージを受けているから、動くほどの勢いはない。
中立派になら、この人はいつでも入れるよね?
残る派閥は……えっと……まさか、まさか……だけど。
水を向けてみよう。
「シェフィールド辺境伯は、社交嫌いなのかしら? あまり社交の場にお出にならないようですけど」
「今は、ミステリアスな方が得策です。勝手に周囲が踊って下さいますから」
ビジネススマイルが深みを増す。
やっぱり、そうか……面倒くさいね、貴族って。
相手の手札と、望む札は解った。
ここから、どうチップを積み上げていくかなんだけど……苦手なんだよね、ポーカー。
頼みのしーちゃんは……駄目っぽい。美味しいからね、このシェリー。酒好きの本能に完敗してるよ。
エトピリカさんは……頷いてる。このまま行けと? 援護はしてね、お願い。
仕方がないなぁ……。
相手の持ち札は、シェフィールド辺境伯の情報。こちらの持ち札は、プロポーズに対するシスティーナ様の反応。どこまで互いのチップを積ませるか?
でも、この人……いつから、辺境伯サイドにいたんだろう?
最初から……かな?
実は、それで全部繋がるんだよね。
ランドルフ伯爵家の内乱から、システィーナ様に実権を摂らせての第一皇子派からの離脱。中立派の勢力拡大。……そして、プロポーズ。
上手くすれば、システィーナ様ごと中立派を奪える。
支える地盤を持たないはずの辺境伯が、一気に両皇子派と肩を並べられるんだ。
その絵を描いたのは、誰?
果たして、この人はどこまで知っているのだろう?
カニ好きオジサンと同レベルのポジションなら、それほど重くは扱われていないはず。そもそも、この人は子爵なんだし。
いいや、ビーンボールを投げてみよう。
「辺境伯様って、幼女趣味なのですか?」
「な、何を突然?」
やりぃ! ビジネススマイルを崩したぞ!
グラスのキールを吹き出して、噎せてる。
「やはり、そうなのですか? システィーナ様って、歳の割に幼い所がありますからねぇ。修道院育ちのせいか、あれほどの美少女でありながら、栄養不足で幼児体型ですもの。その筋の方には、堪らないでしょう」
「妙な決め付けは、やめていただきたい」
「その割には、ずいぶんとご執心の様子でいらっしゃる。辺境伯の地位に見合う御令嬢は数多いですが、見目麗しい幼女となると……他に見当たりませんもの。システィーナ様に執着する理由がわかりましたわ」
「違います! そもそも辺境伯は、システィーナ様が身を隠している頃から……」
言いかけて、慌てて口を塞ぐ。
ニンマリと笑って、やっとエトさんが援護をしてくれた。
「では、お目当てはランドルフ伯爵家の人脈ですか? それとも、血筋ですか?」
グッと、子爵が言葉に詰まる。
エトさん、ズバッとシェフィールド辺境伯の出自にまで、斬り込んだよ……。
単に人脈が欲しいだけなのか、それとも貴族としての血統を確かなものにしたいのか。
残念、システィーナ様の美貌に揺れたわけじゃ無さそう。ガッカリするかな?
さすがに、そこは聞き出せない。
際どい会話は、そこで終わった。とはいえ、それで帰すわけにもいかず、当たり障りのない会話をしながら、晩餐を共にするのは、貴族らしさ。
前回は、完全にやり込められたシャパラル子爵に一矢報えたから、良しとしよう。
こっちは、カードを一枚も切っていない大勝利だ。
でも、まだ辺境伯ロリコン疑惑は否定できないから、システィーナ様はもちろん、ウチのJCズと、レスター子爵のお孫さんにも、注意を促しておかないとね。
ついでに、噂も流しちゃおう。
プライド高そうな辺境伯が、どう出るやら……。
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