キー踏んじゃった
「も~、しーちゃんが熱出しちゃったよ~」
「あらま、それは慣れてもらうしか無いねぇ……」
モモちゃんの苦笑も、肩を竦めて受け流す。
今日は久しぶりの【勅令】で、輸送艦警護。メンバーの揃いが悪くてモモちゃんの他は、エトピリカさんにひまりちゃんという珍しい構成です。
「なんで、モモちゃんとしーちゃんはちゃん付けなのに、私だけ『さん』なの?」
という抗議を受けて、ひまりさんも、ひまりちゃん呼びになりました。
この人も【金獅子倶楽部】の人なのに、自然とこっちに馴染んでるな……。
「なに? ミナさんがしーちゃんに病気を移したの?」
「違います。人聞きの悪いことを言わない!」
「違うよ~。しーちゃんがいきなり大金を積まれて、熱出しちゃったの~」
「あぁ、そっちか。苦労症の貧乏性なんだから……」
それで納得されて、笑い飛ばされちゃう、しーちゃんっていったい……。
コンテストの賞金は無いと言っても、お金にならないわけではない。
そのイラストの商品化は別のお話です。
クリアファイルや、スマホカバー等々。しーちゃんのイラストを使って商品展開するから、使用料とか、著作料とか、いろいろと契約が必要。本来の目的のライブ映像配信の際のイラスト制作依頼もあるので、動く額が大きいのよ。
ちゃんと回収できる予定なので、遠慮はいらないよ。
公開された最優秀作の反響が大きいから、グッズの動きがとっても良い。Tシャツやパーカーとかのアパレルが良く売れてるから、利鞘も大きいの。利益を歩率で契約してるから、増産分とかも加わって、結構な額になった。
そうか、熱を出しちゃったか……。
「イラストレーターって、儲かるんだねぇ」
感心したようにエトピリカさん。
いやいや、今回のはちょっと特殊。賞金代わりな面もあるから。
「今回ので名前が知れて、注文が集まるようになれば風に乗れるかな? 上手くすれば、絵で食べていけるようになるかも」
「いーなー。私もコスプレで食べていけるようになりたい」
「コスは年齢で、きつくなるから~。作り手に回るとか~、しーちゃんの代わりに私のアシになるとかしようよ~」
「モモちゃんも、金回りは良いからなー」
「バイトしなくても、やっていけるくらいにはね~。でも、しーちゃんは絵で食べていけるようにならないと~。今の職場じゃ、酒量がちょっと~」
「ストレスが多そうだもんね……」
卵色のウールコートのリアルしーちゃんは、キャラクターよりもふんわり風味の、清楚な美人さんだった。身体にも悪いし、キャラに合わないから、お酒は控えようよ。本当に、残念美人になっちゃうよ?
慣れというのは怖いもので、こんな呑気な話をしていながら、しっかり海賊の迎撃はしております。イベントの結果、わずか一厘差で勝率一位を逃してしまい、賞品の艦隊装備引換券は一枚になってしまった。
それを使って、長距離ミサイルを手に入れた私は、かなりえげつない事になっています。
「カヌの対艦ミサイルもチートっぽいけど、ミナさんの【鷹の目】と射程に、長距離ミサイルっていうのもなかなか酷いよなぁ……」
私もそう思う。
【狙撃】こそ、ミサイルは無理だけど、射程も索敵も有効。見えない所から飛んでくるミサイルの大打撃って、結構酷いことになるんだよ。今更ながら、イベントの対人戦で、付けておけば良かったと後悔してる。
このゲーム、ビームより物理の方が、ダメージが回るから……。ほぼ、初撃で、海賊艦隊を半壊させてます。
「何でカヌレちゃんのは、あんなに当たるの?」
真似して機動艦隊に対艦ミサイルを装備してみた、ひまりさんがブーイングをしてる。
普通は、あんなに当たらないんだよ?
きっと『リラサガ』七不思議の一つ。無邪気で可愛いから、乱数の女神様に愛されてるんだよ、あの娘は。……他の六つは知らない。誰か探して。
店売りの装備と違って、【勅令】等の戦闘で拾った装備にはランダムな数値の変化が有るんじゃないか? って、真面目に考察してる人もいるけど、詳細は不明。カヌレちゃんの個性に合ってるから、別に良いけどね。
盛大に空振りして行った、ひまりちゃんのフォローに、私とモモちゃんの長距離砲が火を吹く。ボロボロになった海賊さんが逃走して、戦闘終了だ。
残念、何もアイテムを拾えなかった。
あとは輸送船を送り届けたら、任務完了。
「ところでモモちゃんたちは、次のイベントのキーを見つけた?」
「こっちに頼らないでよ~。攻略は、ひまりたちの【金獅子】さんが熱心にやってるでしょ~」
「そうらしいけど……いつも先を越されるからって、ユーゴさんが気にしてるんだわ」
「こっちはエンジョイ勢なんだから~」
そうなのよ。イベントを進める前に、あのイケメンさんのことを調べておかないと。
仲良くして良いのか、いけないのかも解らない。
あんまり、クリード子爵の所に訊きに行くのも、借りを作っちゃうし……。『スターフリート』のサイン入りパネルを手土産に、パロマ子爵の方に訊いてみる?
本当に人脈が大事だわ、貴族って。
嫌でも、権力争いに巻き込まれるものね。政治なんて嫌いだ。
あ……そう言えば、イベントの連続で、システィーナ様にタラレバくんを献上するのを忘れていた!
マズい……あの娘も食べ物の恨みは怖いタイプだ。
修道院暮らしが長くて、美味しいものに飢えてるからなぁ。思い切り拗ねていそうだ。
「そういえば……そんな約束をしていたね~。明日持って来るって~」
ううっ……あれから、ゲーム時間で何日経ったろう……。
手持ちのロブスラーくんのお肉も放出すれば、機嫌が治るかなぁ? 私たちの最大の保護者になる大貴族様だから、嫌われるわけにはいかない。
こんな時に、カヌレちゃんはログインしてこない。あの娘がいれば、甘い物攻撃で懐柔できるのに。
「約束したのはミナさんだから、丁重に頭を下げて許してもらってきなよ」
エトさんも冷たい。無事に【勅令】任務を終えると、私は一人だけ離れて、ランドルフ伯爵領に向かった。
相変わらず、顔パスで受け入れてくれるのは助かる。
優雅に椅子に腰掛ける可憐な領主様は……ほっぺをこれ見よがしに膨らませていらっしゃる……。あぅ……。
「ミナ女男爵の領地では、時間の流れが違うのですね。私、楽しみに待ってたのですよ?」
「すみませんでした。いろいろトラブルが立て込んでしまって……」
「レスターの叔父様……もとい、レスター子爵から話は伺っておりますが、私を放っておいて、ご活躍だったようですね?」
頭の上に『ぷんぷん』と擬音がついていそうな感じで、むくれてる。それはそれで可愛いのだけれど、何とかしなくちゃ。
「お詫びにレバタラガニに加えて、カルディア男爵領で頂いた、ロブスラーのお肉も持参いたしました。もうお召し上がりになりましたか?」
ビクンとして、目がくるんと丸くなる。よっしゃ、好反応!
「レスターの叔父様によると、甲殻類のような、獣肉のような不思議なお味と……持って来て下さったのですか?」
「はい。実際に退治したのは私たちですから、お礼にと分けていただいた分が……」
アイテム欄から、タラレバくんと、冷凍状態でお皿に乗ったロブスラーくんのモモ肉を出して献上する。
ああ、システィーナ様のお尻にワンコ尻尾が生えて、激しく振り回されているのが幻視できるよ。側仕えの女性が数人がかりで、巨大なタラレバくんとお皿をキッチンへと運び出してゆく。
やっと機嫌の治ったシスティーナ様にせがまれて、カルディア男爵領の騒動と、ホリデー岩礁会戦のお話をする。ゲート内からの射撃ばかりで、みんながダレダレになっていたあたりの話は、かなりウケた。
最近加わったJCズとは、まだあまり話していないらしい。今度連れて来よう。
そんな他愛のないお話をしていたら、突然乱暴にドアが開けられた。
「システィーナ、大変なことになった! ……ん、来客中でしたか、申し訳ない」
あ、システィーナ様のお兄様。下のお兄様は確か……政治を司るアンドリュー殿下。
細面の文学系イケメン。
「何かございました、お兄様? ミナさんでしたら、トラブル解決がお得意ですから、面倒事は一緒に聞いていただいた方が話が早いですわよ?」
え? システィーナ様の中では、そういう事になってるの?
私がびっくりだ。
でも、本当に驚かされたのは、アンドリュー殿下の知らせの方。
「今、正式なルートでの申し込みを受けたのだが……シェフィールド辺境伯より、システィーナに結婚の申し込みがあった!」
ええっ? ひょっとして、また何かイベントのキー踏んじゃった?
システィーナ様と私は、ぽかんとした顔で見つめ合うことしかできなかった。
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