カニ鍋会議
「……カニ好きおじさんに訊いちゃうのって、何だかズルくないですかあっ?」
カヌレちゃんが、納得いかない顔で首を傾げる。
そう言われてしまうのも、解るけどね。
「仕方がないのよ……。私たちって、圧倒的に人脈が足りてないから」
「人脈、ですかあっ?」
「だって、私たちが知ってるプレイヤー以外の貴族って、『システィーナ様大好き同盟』の方々と、クリード子爵くらいのものでしょう?」
「……そうですねぇっ」
「その数少ない知り合いの中で、今……頼れるのって、彼だけなのよ……」
「でもぉっ……第二皇子派の方ですよっ?」
「カヌレちゃん? 中立派っていうことは、積極的に与するわけじゃないけど、状況によっては、どちらとも手を組めるってことなのよ?」
「……大人の判断ですっ」
こんな会話はもちろん、通常回線ではなく、『倶楽部チャット』でやってます。
絶対に盗聴されてるもん! 賭けてもいいわ。
「キレイなお姉さんにカマかけられて動いているから、あっちに貸しが一つ。情報貰えれば、こっちに借りが一つって所ね。どうせ、このゲームのシナリオが続く限り、この二人とは長い付き合いになりそうだもの……」
「あはは……っ。気が重いですっ」
「カヌレちゃんはカヌレちゃんらしく、美味しい物作りに専念していてくれれば良いわよ」
「はーいっ」
私たちの艦隊は、ビーコンに誘導されて、宇宙港に着陸する。
クリード子爵の領地は、私と同じ漁業中心の海洋惑星。なるほど、私の特産品であるタラレバガニに興味があるわけだ。同業さん……というか、きっと食べ物の好みが同じと見た。
招かれるまま、無人のリムジンに乗って領主邸に向かった。
☆★☆
「甲羅が赤くなって、香ばしい臭いがしてきたら、食べ頃ですよっ」
カヌレちゃんが、ニコっと笑う。
掘り炬燵に包まったクリード子爵は不可解ながらも、頷かざるを得ない。
場所はクリード子爵邸のボールルーム……パーティー用のダンスルームね。その片隅に、六畳ほどの広さで高さ五十センチほどの台を置き、畳を敷く。
その真ん中をくり抜いて掘り炬燵を作った上で、中央に七輪を置いて、タラレバくんを炭火で網焼きにしているという、とってもシュールな状況なのだ。
「カニ料理は絶対に和風ですっ!」
という強い信念には納得するけど……カヌレちゃん、こんな物まで用意していたのね。
掘り炬燵セットと七輪……きっとカセットコンロと土鍋も持ってるわ、この娘。
「だって、いつミナさんがカニパーティーを始めるか、解らないじゃないですかっ」
それは、ナイス判断だね。
子爵様も、どこからともなく取り出す大道具、小道具に目を白黒させつつ、初めて見る和風スタイルの料理に興味津々なご様子。
完全に主導権は、こっちが取った。
「むぅ……これは……噂とはアテにならないものですな。まさに天上の美味!」
カニ本来の旨さをストレートに味わう焼きガニに、目を細める。
ほうら、ほら。まだカニのお刺身も有るんですよ? しかもまだ、前菜。
情報取りなんて野暮は後回しにして、まずは美味しくしいただきましょう。そうそう、『金獅子倶楽部』のユーゴさんの所の特産品。酒米『星の光』で作った大吟醸『天の河』も開けちゃいましょう。
ダンスレッスンのお礼にもらったんだ。
カヌレちゃんは、まだ未成年だからいけません!
本当は、カヌレちゃんの所の『虹のしずく』でお酒の醸造をしたいみたいなんだけど、絶対にこの娘は呑みたがるから、待ってもらってる。
「これがサケ……という物ですか。うん……これは、合う。さすがですな」
「ええ、甲殻類と相性抜群ですよね、これ」
どうしても、同じ食の好みで仲間意識が目覚めてしまう。
あの綺麗なお姉さんの攻略ポイントも見つけないと、この先困るな。
あらかた食べ尽くしてしまうと、どーんと土鍋の登場である。
火を入れ、煮えてくる間に話を訊いてしまおう。
「子爵は情報通でいらっしゃるから、いろいろご存知ですよね?」
「さて……何のお話でしょうね? マチルダ嬢との案件は、いろいろございますが」
これ、トボケているのではなく、本当に様々な案件を抱えてそう。
私たちの動きが見えていないということは、派閥争いに直接関わってはこないということか……。
「カルディア男爵の星系のお話です」
駆け引きは面倒臭いので、ズバッと切り出す。
子爵様はちょっと意外そうな顔で、困ったような笑みを浮かべた。
「これはまた、面倒な事案に首を突っ込んでいらっしゃいますね。……でも、そうか。ミナ女男爵様たちなら、あの案件は動きやすい。マチルダも良く考えていますな」
「どういうことなのでしょう? まだ私たちは、問題の本質が掴めなくて苦労しているのです」
「どこまで掴んでいらっしゃいます?」
カクカクシカジカと、これまでのことを説明してみる。
ちなみに、カヌレちゃんは真剣に料理をしている風で、その裏で『倶楽部チャット』でみんなに実況中継中だ。
ふむふむと頷いていた子爵は、話を聞き終わると愉快そうに笑った。
「もう一息でしたね。……下町を歩いてご覧なさい。私の追手を巻く為に平民に扮したあなた方なら、容易いでしょう。問題の本質が見えるはずです」
ゲームの設定上、貴族をやってるだけで、中身はド平民だからね。
でも、本質がそこにあるって、どういうこと?
「カルディア男爵領は、
「す、少なっ!」
「人件費は、他の領地の労働者よりも低く抑えられています。あの領地の富は、見せかけに近く、一部富裕層以外は貧困とまではいかぬものの、楽な暮らしはしていません」
「それを男爵は認めているのですか?」
「いえ、それでしたら、あれだけ領地の為の投資はなさいませんよ。ですが、従業員に支払う給与は、企業によって決められてしまいます。促すことは出来ても、それに従うかどうかは企業次第……まあ、従うどころか、逆に脅されます」
「脅すって……領主を、ですか?」
「ええ、富裕層が示し合わせて他領へ居を移すだけで、税収が何割減ると思いますか? もとより、彼らの領主では無いのですから、遠慮も無い」
「そんな……」
クリード子爵が、それを快く思っていないのは、苦り切った顔を見れば解った。
それどころか、本気で怒りを抱いているのだろう。
握った拳が震えている。
「領地を預かる貴族として、領民たちに豊かな生活を与える為に努力することは、義務であるといえますし、男爵もそういうお方だ。……ですが、それを阻害されてしまっている状況です」
「その状況が見過ごされているのですか?」
「……企業側に立ってみましょう。コルデナイト鉱の採掘、流通で莫大な利益を挙げられる土地がある。その権利を得ることは、大きなビジネスチャンスです。とはいえ、給料面で同じ採掘を仕事とする労働者に、高価なものを採掘しているからと、高額の給料を払うことは不公平でしょう?」
「それは……そうですけど……」
「他の星系で働く従業員と、同じ昇給基準を取らざるを得ない。その水準を引き上げるにも、採掘量を一定に保っていますから、前年度より増額するほどの利益は増えていない。……増えるわけがありませんね、そうならないよう調整していますから」
「うーん……」
「納得はできませんが、理屈は通ってしまうのですよ。現状のカルディア男爵領は、グローバル企業からすれば、格好の集金システムになってしまっています。安い賃金で、最大限の利益を定期的に確保でき、きちんと税さえ納めていれば、何の罪も犯さずに稼ぎ続けることが出来るというわけです」
「領主の……男爵の気持ちは無視、ですか?」
「貴族と、企業の経営者ではポリシーが違う。それだけですね。クレイトン氏もパトロンとして演奏家を育てたり、孤児に援助をしたりと、社会活動もきちんと行ってます」
「何だか、釈然としないですっ」
カヌレちゃんが土鍋の蓋を取り、ふわりと良い匂いが広がる。
苦り切っていたクリード子爵の顔が、急に綻んだ。
「お話はひとまず置いて、頂きましょう。……この調理法は初めてだが、香りだけでも期待が高まります」
まずはオジャガから、とカヌレちゃんによそわれたお芋を、ハフハフしながら食べて目を細める。カニの出汁がしっかり沁みたじゃがいもはとんでもなく美味しいのだよ。
私もひと口食べて、仰天する。……ナニコレ、美味しい。
すみませんカヌレちゃん、水の味、ナメてました。『虹のしずく』で煮ただけで、ここまで変わりますか……。
カニは人を無言にする。
暫し三人で、言葉もなく食べ続けた。
締めの雑炊の準備をしながら、カヌレちゃんがオネダリするように子爵を見た。
「でもっ……子爵様も快く思っていないのですよねっ?」
「もちろん。……貴族が平民の風下に立つなど、あってはならないことです。それに、これに味をしめて他の領地でも……などと考えられては困ります」
「では、なぜ手を打たなかったのです?」
痛い質問だったのだろう。
珍しく子爵は顔を顰めて、情けなく眉を下げた。
「派閥は利益で動くものですから……正直な所、下手に手を出してグローバル企業の資本が敵対派閥に回られると、困ってしまうわけですよ」
「……ぶっちゃけましたね」
「取り繕っても、仕方がない部分ですから。……そういう意味では、マチルダも貴方がたを使うのは、面白い判断だと評価できます」
「中立派の傘になっているランドルフ伯爵に迷惑がかかっても、問題ないと?」
システィーナ様の無邪気な笑顔を思い出すと、ちょっとムッとする。
二人の兄たちや周囲の貴族たちが上手く立ち回るにしても、私たちのことで迷惑をかけるのは、本意ではないです。
「いえ……あの家はそこらの企業では太刀打ちできない程の経済力と、基盤がありますから。……何しろ、貴方がたにポンと最新兵器を報酬で渡せる程です」
ああ、ATは高いよね……。
ありがたく貰っちゃったけど、確かに報酬としては破格だと思う。それでも、全く動じない経済力と、あれを作れる開発力……納得しました。
しっかり最後の雑炊まで平らげて、子爵は満足そうに微笑む。
「必要な情報は、ほぼお渡ししたと思います。あとは、貴方がたがどう捌くのか、楽しみにいたしましょう」
「思っているような結果になるとは、限りませんよ?」
「それもまた、一興です。マチルダはともかく、私の趣味ではなかったのでどうしようかと思っておりましたが……映画のレセプション、私も招待に応えた方が楽しめそうですな」
あの……何だか、期限まで決められてません?
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