長い夜の終わりに
そこから先は、目まぐるしかった。
領民たちの安堵と、『我らが姫様ラブ!』が炸裂した大歓迎を受けて、首都星に降下した我ら【美食倶楽部】のメンバーも分不相応なほどの扱いを受けた。
念願が叶い、父の病室を見舞うことのできた姫様の涙の対面。
ランドルフ伯爵の療養を理由とする隠居と、システィーナ・ランドルフによる継承が正式に発表される。
我々は、艦隊の再編成と改修の為に伯爵領に留まっている。
そう、改修なのよ。
システィーナ様の用意していた我々への報酬は、最新鋭の機動兵器アーマードトルーパーの供与だ。運用可能なように、艦隊各艦の改修を無償で行ってくれている。
カヌレちゃん、D51さんの機動艦隊には、高機動なレパードを。エトピリカさん、しーちゃんのバリア艦には、高火力なタルタロスを。そして、エグザムさん、マサくん、モモンガさん、私の砲撃艦には、近接戦闘力を補うガバメントが搭載される。
やったね! あれ、欲しかったんだ。
ランドルフ伯爵家……というより、システィーナ様が特許を持って、ブルン子爵領で生産される新型機動兵器アーマードトルーパーが、たかが男爵に供与されるなど、破格の好待遇と言えるだろう。補給の際の製造も保証してくれてる。
外装パーツごとに青色の濃度でメリハリを付けた塗装の、私艦隊用のガバメントを眺めては、ニヤニヤしてるよ。
カッコイイよ、私のガバメント……。
とはいえ、呑気にニマニマしてるのは私だけ。
【美食倶楽部】の他のメンバーは、みんなして青い顔をして慌ててる。
「ミナさんだけ、余裕で羨ましいですっ」
「あの時、酒に逃げたツケがこんな所で……」
こらこら、足元ばかり見てちゃダメだよ。
背筋を伸ばして、スマイルスマイル!
みんなして、ダンスの猛特訓中なんだよね。頑張れ~。
と、言うのも……ランドルフ伯爵家が、伯爵家の中でも指折りの大貴族であるとは聞いていたけれど。その継承式に、皇帝陛下が直々にいらして下さるそうな!
皇帝陛下がいらっしゃるとなれば、派閥は関係ない。帝国中の有力貴族が馳せ参じることになる。当然歓迎会だ、パーティーだ。
そこにシスティーナ様がお願いして、時期外れながら、私たちのデビュタントをねじ込んで下さったという……。
「デビュタントって、何ですかっ?」
「それはね~私たち貴族女性の~社交界デビュ~だよ~」
「アハハ、カヌは猫被って頑張れ」
「エグザムさんも他人事じゃないよ~。主役は女子でも~エスコ~トするのは~男子の役目だよ~」
「マジかよ!」
マジなんです。
システィーナ様の紹介で、ダンスの先生を雇って絶賛猛特訓中!
本当に、何というトラップ。
とりあえず、男女ペアで踊るワルツ形式の左回りのメヌエットだけでも踊れないと、大恥を掻く事になってしまう。新興貴族にゃ命取り。
「くう……諸国連合を選んだ連中の、安堵の書き込みが憎い。あっちは貴族じゃないから、舞踏会なんて関係ないみたいだ。女子のいない鬱憤を晴らしてますよ」
D51さんもボヤかずに、ちゃんとモモンガさんをリードして。
一度経験してるエトピリカさんは、それっぽく見えるようになってきたね。カヌレちゃんとマサくんのペアは、動きが硬すぎて柔道の組み手みたいになってるよ……。
エグザムさんがオドオドしてるのは、きっと相手がしーちゃんだからだな。普通に手を取って腰に手を回すだけでも、いろいろ柔らかいものがプワプワしそうだし……こればっかりは慣れてもらうしか無い。役得も過ぎると毒だよ。
とはいえ、これはゲームだからね?
正しいステップを覚えたら、ひたすら経験値を積めば技能が上がるはず。プレイヤーはスキル制では無いと言っても、一般技能は経験による能力向上はあるみたい。
そうでなければ、こんなに早く上達しない。血の汗流して特訓させられた、私が言うのだから間違いない。
エトさんの上達具合から、それが推察できるもん。
だから、頑張って経験値を貯めてね。
絶対にこの先、舞踏会に出る機会が増えると思うから……。
他に社交界デビューイベントの理由が有るなら、教えて欲しい。
おっと……衣装も準備せねば。
女性は純白のボールガウン……舞踏会用のドレスに長手袋。男性はタキシードで良いから楽だよね。
私自身は未亡人だけど、キャラは未婚だから、参加資格有りだってさ。
みんなの踊りが様になってきた頃、続々と貴族たちが集まり始める。
男爵なんてペーペーは、私たちだけだよ……。
普通は、新たな花嫁品評会のようなデビュタントだけど、ここまで身分が下だと、きっと鼻にもかけられない。その方が気楽で良いけど。
民衆の盛り上がりが最高潮に達したのは、首都星の上空に皇帝の乗艦である『ユグドラシル』が黄金の艦体を現した時だ。
システィーナ様と昼食を共にして、午後に継承式。夕刻から、舞踏会の祝宴というスケジュールであるそうな。
私たちのような下級は、舞踏会以外はお呼びでない。本来はそこすら出られず、銀河ネットの中継を、ぼや~っと見ている立場だもんね。
絶対食べ過ぎるカヌレちゃんだけ、早めにコルセットで締め上げておく。女子のドレスの腰の細さを舐めるなよ? いつもの調子でお昼を食べたら、途中で気絶しかねない。
「早く終わって、帰りたいですっ」
カヌレちゃんほど切実でなくても、みんな気持ちは同じ。
中継で見た継承式のシスティーナ様は、とっても綺麗。私たちは既に聞いていたけど、派閥争いから身を引き、中立の立場で静観する事を匂わせた発言……貴族だからね、はっきり言わないのよ。出席した大物貴族はもちろん、銀河中に衝撃が走っただろう。
どんな影響が出るのかは、私たちが予想できるようなことではない……のだけれど。
きっと、今後のストーリーで関わることになるに決まってる。
ハラハラドキドキのデビュタントの挨拶を無難にしのげば、舞踏会の始まりだ。
準主役的な扱いからは逃げ出したいけど、この舞踏会が社交界へのお披露目だと思うと我慢我慢……。
うわっ……皇帝陛下と踊っちゃったよ。
そして、当然次は……。
風格たっぷりのロマンスグレーのアラフィフのオジサマが、ブリックロード侯爵だ。第一皇子派の黒幕にして、第一夫人の父親。
敢えて男爵風情と話す必要もないと、笑みを浮かべながらも無言で踊る。
でも、その灰色の眼差しは険しい。
踊り終えても気が抜けないのは、次に来るのがもう一人の侯爵様。第二皇子派の黒幕にして、第二夫人の父親……ローズワーク侯爵だから。
こちらは癖のある前髪を垂らした、黒い瞳に黒髪のラテン系ちょい悪オヤジという印象。
スラリとした長身は、いかにも女性にモテそう。ちょっと危険な匂いがする男だ。
「今回は、ご活躍のようだね」
軽いテノールで囁かれる。なんて答えるべきか悩んでいる内に、曲が終わる。
あ……ダイナマイトなプロポーションを隠せない、しーちゃんに目の輝きが変わった。
逃げて、しーちゃん! ……と言っても、本当に逃げる訳にはいかないか。
「踊りながらいろいろ触られて、鳥肌立っちゃったわ」
なんて憤慨してたのは、一通り踊り終えてバルコニーで風に当たっていた時だ。
もうみんなの興味はシスティーナ様に移り、相手にもされなくなっている。
……つまりは、イベント終了ということだね。
「うわっ……リアルでは午前二時を回ってますよっ」
「もう……というより、まだって感じね」
「ほんとほんと。もう一週間は入りっぱなしの感覚だなあ」
「長い夜だったね~」
いろいろ有り過ぎたけど、これで終わりだと思うと、何だか寂しくなる。
イベント開始から、五時間ちょっと。
実際は、それ以上に長く感じたよ。
リアルの時間を知ると、みんな急に欠伸が出るね。私も……ふぁあ……。
「今日はもう落ちるッス」
「また、明日ね」
「僕も記事を仕上げて、寝とかないと……」
「デゴも無理すんなよ」
「おやすみ~」
ログアウトを選択すると、急に現実が戻ってくる。
眠いけど、いま寝たら絶対にあと四時間後に襲いかかってくるのがいるんだ。
リビングのタイマー付き猫餌供給機を仕掛けておく。
さすが夜行性の生き物だね。ニャンコが足元に擦り寄ってきた。
「私はもう眠いのよ……ニャンコも一緒に寝るかい?」
あはは……珍しく甘えた声で鳴く。あまりの可愛さに抱き上げちゃう。
お話してあげるから、一緒に寝よう。
楽しいことが、一杯あったんだ。
ちっちゃな温もりを抱き締めて、私はベッドルームの灯りを消した。
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