気配りしーちゃんの開く扉

「う~っ……水のんだ」


 私が顔を顰めていると、ハンドルを操作しながら朝吹さんが笑った。

 そんな可笑しいことじゃないでしょ!


「美菜ちゃんが意外に不器用だから、ついね」

「言わないでよ……何で私がやると息継ぎできないの?」

「う~ん、タイミングが悪いのかな?」


 小学生の頃は、スイミングクラブに通ってたから出来たんだよ? 何でクロールが出来なくなったんだろう? 平泳ぎだけは、何故かできる。ちゃんと十五メートル泳ぎきった!

 私、偉い。

 でも、クロールはダメだ……息継ぎすると水を飲むよ。何で?


「パーソナルトレーナーさんを付けたんだし、それはその内に解決するでしょう。でも、どういう風の吹き回し? 美菜ちゃんが体力増強してまで、社交ダンスを学び直すなんて」

「話せば長いことながら……笑わないと約束して」

「はいはい……」


 車が到着したので、ご褒美ランチの『キッチン・ポルカ』へ。

 私はシーフードグラタンで、朝吹さんはロールキャベツ。

 熱々の美味しい季節になったよ、もう……早いね。

 食べ放題の自家製パンが美味しい店なので、つい食べ過ぎちゃうのが問題。

 まだ昼間なのでシャンパンは諦め、発泡水を舐めつつ説明しよう。


「例のゲームなのね……」


 ……もう笑われた。

 でも、一大事なんだよ。わかって!


 この一ヶ月で、リライトサガ・オンラインの世界はガラッと変わってきた。

 まず、私たちの仲間の特産品ラッシュ!

 カヌレちゃんの所で銘水『虹のしずく』が、モモンガさんの所で絹のような糸を吐く『ムシルク』が相次いで見つかったの。

 D51さんが『イベント終えて、特産品フラグ』が立ったのでは? と推察し、私たちは得意産業(私なら漁業)をみんなの領地に派遣して、大捜索をしたら……。あっさりとみんな特産品を見つけた。

 ひょっとして、この先は特産品収入が無いと辛くなる? なんて、私たちはおののいていたけど……他のプレイヤーには『その手があったか!』だったみたい。


 私たちのやり方を真似て、それぞれの領地に派遣して……何とか特産品を得た人が出てきた。そうなれば、レッツイベント!

 そこで問題になるのが……そう、ダンスだ。

 レスター子爵の所の情報収集は、ある程度踊れないと相手にされないという、とんでもないトラップらしい……。みんなそこで頓挫していて……。

 同じやり方で、諸国連合側はどんどんクリアしてるらしい。

 あっちはダンスなんて無いからね!

 だもんだから各大手倶楽部より、ダンス指導の打診が【美食倶楽部】……主に私に来ているわけで……。

 その場凌ぎならともかく、教えるなら嘘は教えられないでしょう。

 自分で学びつつ、ゲームで指導してたりするの。

 リアルは辛いぞ? 経験値の概念がないから、なかなか背筋も伸びないし……。

 そんな目的で作ったんじゃないけど、ウチの領地の『サーフサイドアリーナ』の小ホールは、ダンスレッスンで大盛況だよ。

 まだ、ロックフェスなんて夢の夢なのに。

 それでも、こけら落としでコンサートをやったのは、私の意地。たとえそれが、システィーナ様のところの楽士たちの演奏会だったとしても……。

 早く誰か、三万人アリーナで、熱いシャウトを聴かせてよ!


「理由はともかく、美菜ちゃんが何かやる気になったのは良いことよ」

「いつまで続くか、だけど……」


 フォークでイカを刺して食べる。美味しい。エビは最後まで残しておくタイプ。

 ショウには「子供がいるよ」とからかわれたけどね。大好物は最後でしょ!

 私は甲殻類と共にある女……。


「付き合ってあげるから、好き勝手なことをなさい。あなたには、それが一番の薬よ」


      ☆★☆


「しーちゃんっ、そっちに行きましたよっ」

「まかせて。もう攻撃力に欠けてるわけじゃないもの」


 頼もしいセリフに応えて、しーちゃん艦隊からズングリしたアーマードトルーパー『タルタロス』が発進した。

 アーマードトルーパーは、現ランドルフ女伯爵システィーナ様から戴いた、最新鋭の人型機動兵器……平たく言うとモビル○ーツみたいなもの。最初のイベントクリアの報酬だね。

 重火器を扱えるタルタロスタイプは、瞬く間に海賊艦を減らして行く。


「快……感っ!」


 どこから機関銃JKの様なセリフを、色っぽく囁くしーちゃん。

 ……うん、今日は女の子艦隊で正解だ。

 実は、イベントクリアで変わったことが、他にもあるんだ。

 例えば、毎度お馴染みの『勅命』ですが……パーティーを組んでからしか受けられなくなった。中級が解禁になるとともに、パーティー全体のレベルで、受けられる依頼と受けられない依頼が、示されるの。

 定番過ぎた海賊退治に加え、輸送艦護衛とか、様々な内容が増えた。

 まだ、次のストーリーイベントは始まらないけど……。

 D51さんはじめ男性陣は、必死に次のトリガーを探してる。女性陣は、別に攻略目的じゃないからと、勝手気ままに遊んでますけどね。


 今、私たちが遊んでいるのは『輸送艦護衛』の勅命。

 敵も多いし、伏兵も出るから乱戦になるとはいえ、一番ドロップアイテムが出る感じ? それでも、AT《アーマード・トルーパー》隊を配備した私たちなら、なんとかこなせてしまう。


「よぉし、こっちにも来たから、ウチもAT隊発進!」


 現れた伏兵に、ミナ艦隊からもスマートな汎用型『バリアント』が飛び出す。

 青いグラデーションに塗った機体は、本当にもうカッコいいんだから!


「ミナさんって、結構オタクですよね~」


 モモちゃんに言われるけど、ショウに付き合って観ていたら覚えちゃったんだよ。好きか、嫌いかと訊かれれば、迷わずに好き。なんだけど。

 ああ、モモンガさんの呼び方も、いつの間にかしーちゃんに倣ってモモちゃんになっちゃってる。もう、それが自然だ。

 AT隊を配備すると、もう近接戦闘も怖くない。

 モモちゃん艦隊も展開し始めて、もう押せ押せだ。そうなると、締めは……。


「カヌレ艦隊、突貫しまぁすっ! うりゃぁ! どっかに当たれっ!」


【美食倶楽部】の……と言うより、全プレイヤー最強の殲滅艦隊ではなかろうか?

 カヌレちゃん艦隊がとどめを刺すべく、敵の中央突破を図る。周囲にばら撒かれる対艦ミサイルだけでも暴力的なのだが、今はそこに高機動AT『レパード』が加わって、的確な打撃与えてゆく。

 だんだん手がつけられなくなってない、この娘?


「やったぁっ! 『彗星と呼ばれしエース』ゲットですっ!」


 うわぁ……と歓声と言うより、ため息が漏れる。

 とにかく破壊力が大きいから、その内に取りそうだと思ったけど……みんな狙っていたAT隊の異名付きNPCを、ゲットしたらしい。

 妬み混じりに。モモちゃんがイジる。


「おめでと~。これから『茶色い彗星』と呼んであげよう~」

「それ、何だかヤですっ! ちょっとエンガチョっぽいくないですかっ?」

「だって~カヌレちゃんカラ~はチョコレート色だから、茶色だし~」

「やだーっ! せめて『ショコラの彗星』とか……」

「『茶色い彗星』~♪」

「いーやーっ!」


 二人共、楽しそうで何より。

 ついでに、しーちゃんが対空パルス砲を拾ったって。おめでとう。


「はぁ、今日も快勝ですっ。帰りましょうかっ」

「待って……今日はシスティーナ様の所に、寄って行きたいの」

「何かあった? しーちゃん」

「ほら……うちの特産の銀のバラを献上しておこうかと思って。ATのお礼に」

「さすが社会人……気配りだね。でも、アレはしーちゃんの所でしか咲かないのでは?」

「プランターにウチの土で植えて、カヌレちゃんの所のお水で育てると、栽培は無理でも長持ちするのよ」


 おおっ、特産品の合せ技……いろいろ試すね、しーちゃんは。

 感心してしまう。

 私たちの中でも、最後の最後に見つかった特産品だもんね。薔薇の紋章を持つ、システィーナ様の家に献上するのは、名案かも。きっと喜んでくれる。

 今や、中立派の旗印な存在だし。

 私も社会人だけど、そこまで気が回らなかったなぁと、棒読みする。


 輸送艦を送り届けてから、久々のランドルフ伯爵領へ。

 意外に私たちの顔パス……というか、艦パスが効くのはビックリだ。

 首都星に着く頃には、面会許可が降りていた。


「皆様……あの時はお世話をおかけしました」


 すっかり、令嬢な雰囲気になったシスティーナ様にご挨拶。

 軽くハグまでしてくださるのは、信頼の証。内緒で個別包装のキャンディを、側仕えたちに見えないようにプレゼント。その反応……本質は全く変わってないね、この娘は。

 長手袋の中に忍ばせてあげよう。


 さすがに初めて見るのでしょう。しーちゃんの献上品、銀の薔薇に目を輝かせる。

 細工物のように見えて、生命を感じさせる神秘的な一輪。

 お気に召したようですね。

 みんなの領地の特産品の話をしたら、食べ物にはカヌレちゃん並みに食いつくよ。

 今度、ウチのタラレバガニを献上することを約束して、指切りまでして別れた。明日にも献上にお伺いしないと、泣かれそうな勢いだ。

 身分の上下はあっても、友達付き合いできそうなシスティーナ様で良かった。


 皇城に戻り、勅命達成の報告を済ませる。

 今日も大収穫だ。

 さて、帰ろうと思ったら……雰囲気が違う。

 みんなは一緒だけど、サロンに集うのはNPCばかりだ。……これって


『また、イベントが動き出すのかな?』


 ずっと、呆れながら見ていたショウが、マジな顔で呟いた。

 周囲を見回したが、カニ好きおじさんこと、クリード子爵の姿はない。

 代わりに、ほのかに褐色がかった肌の妖艶な美女が、私たちに歩み寄ってくる。


 男性陣が探していた次のイベントへのトリガーって、システィーナ様への特産品の献上だったりしたのかも……。

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