システィーナ様の秘密兵器

「ああ……本当に睨み合ってる」


 亜空間から抜け出して、故郷の外縁部に現れたシスティーナ様が嘆いた。

 レーダーには、主星と第二開拓星の間で一触即発となっている、彼女の二人の兄それぞれの艦隊が映し出されている。

 砲火を交えてしまえば、もう後戻りはできない。

 その躊躇い故の交渉が続いているのだろう。システィーナ様も、もし星系内での亜空間飛行が可能なら、その真っ只中に飛び込んで行きたい顔をしてる。

 長手袋の中指を噛んで、レーダーを睨んでいる様子が見えるようだ。


「システィーナ様。あちらからも、我々の艦隊が捉えられているはずです。……正体不明の艦隊の接近に、内戦どころではなくなるでしょう」


 しーちゃんが、優しく声をかける。

 レーダーの表示からも、艦隊の慌てぶりが窺えた。

 所属と目的を問う外縁基地からの通信は、あえて無視する。斥力フィールドを全開にし、デブリを押し退けながら、星系内ではありえない速度で突っ切る。

 完全にスピード違反だ。罰金はシスティーナ様に付けておいてね。

 グングンと、二つの艦隊が睨み合う空間に近づいてゆく。

 睨み合いつつも、所属不明艦隊も気になる様子で、ちょうど三角形に向かい合う形で各艦隊が収まった。

 問い質される前に、輸送艦が発光ドローンを放出する。

 舞い踊るドローンが集まり、漆黒の宇宙空間に可憐な青い薔薇が咲いた!

 とたんに最大音量で、二人の兄の声がハモる。


「「システィーナ! ……そこにいるのは、本当にシスティーナなのか!」」


 あぁ……声色だけで、妹に激甘なのがわかるよ。

 エリア回線が開き、両手を腰に当ててプンプンと怒る妹の、映像と声が響く。


「私以外の誰が、青い薔薇を咲かせるのです? ……それよりも、お兄様たちは、何をしてらっしゃるのですか? もう喧嘩は絶対にしないと、私の九つの誕生日に誓って下さいましたよね?」


 内戦寸前の状況を「兄妹喧嘩」で片付けてしまうシスティーナ様の度量も凄いが、これはお兄様方も痛い所を突かれただろう。

 幼い頃の話とはいえ、溺愛している妹に誓わされた約束を反故にしたら……。

 兄たちの言葉はもう、しどろもどろになっている。


「これは……喧嘩ではなくて……そう、ちょっとした行き違いでな。そうだよな、アンドリュー?」

「ああ、喧嘩なんかしてないよ。ねえ、兄さん?」


 白々しいセリフが交わされる。

 兄たちの背後に映り込む軍人たちも、明らかにホッとした表情。望まぬ内戦を回避できたことを、喜んでいるのがわかる。

 

「じゃあ、私が家を継いだら……二人して、仲良く支えてくれますか?」

「「当たり前じゃないか!」」


 ああ……お家騒動、終わっちゃった。

 でも、これが未来のランドルフ伯爵家の有るべき姿だって、素直に思える。

 しっくり来すぎだし。

 兄たちの意志を確かめてから、システィーナ様は蕩けそうな笑みを引き締めた。


「では……次期ランドルフ家当主として、他領との内通者の処断を行わせていただきます」


 その宣言が終わる前に、それぞれ一割ほどの艦隊が動き出し、青い薔薇の紋章に艦首を向けた。

 こちらも、紋章の輝きを護るように、エトピリカさん、しーちゃんの両バリア艦を全面に押し出す。


「エイナス! 何をする!」

「ジェレミー! まさかシスティーナに銃を向けようというのか!」

「お兄様方は手を出さないで下さい。……これはランドルフ伯爵家当主の仕事です」


 敵、長距離砲艦のビームがバリアに弾かれて、宇宙を淡い青に染めた。

 撃ってきたよね? 反撃、オーケーだよね?


「何で撃ってくるんですかっ! 大人しくお縄に着いて下さいっ!」

「投降すれば、御家断絶は免れないし……。万が一でもシスティーナ様を害すれば、兄弟どちらかが当主になった方が目的を果たせるから、ワンチャン唆した領地に拾って貰えるかも? っていう考えかな?」

「しーちゃん、正解っぽい~。儚い希望だけど~」

「させるわけ、無いぜ」


 エグザムさんの、収束大口径砲が炸裂する。密集隊形には、効果抜群だ。

 私もよ~く狙って、と……。ん? あの艦は何だろう? 帝国規格の艦のはずなのに、見たことがない形をしてる。

 葉巻型の船体の左右に沿うように、細長い直方体の箱が着いている感じ?

 左右の直方体の口が開いて、何か小さな物が大量に飛び出してくる。ドローン?


「やばっ! あれは空母じゃないのか? みんな、艦載機を出し切る前に狙い撃って、最優先で落とせ!」


 敵もさるもの、バリア艦がしっかりガードにかかる。

 射出されたのは三角翼の航空機型。D51さん曰く、対艦攻撃機だとか。

 狙い撃とうにも、散開しすぎていて効果が薄い。バリアや斥力フィールドの隙間を縫うようにして、私たちに対艦ミサイルを撃ち込んでくる!


「マサ、お前さんのパルス砲が頼りだ! デゴもダメ元で、ホーミングミサイルの弾幕を張ってくれ!」

「私も何かしたいですっ!」

「カヌは逃げ回ってろ。被害を一隻でも少なく!」

「私は少しでも~敵艦にダメージを与える~」


 近接武器に乏しい、私とモモンガさんは被害に目を瞑っても、敵艦の接近阻止に頑張るしか無い。くっそ~っ。

 ずるいよ、私たちの艦や武器の選択には、空母や攻撃機は無いのに!

 縦横無尽に飛び回る攻撃機は、こちらの攻撃を嘲笑うように避け、確実にダメージを与えてくる。

 バリア艦も意味がないし、こっちはジリ貧だよ!


「エトさん、どうしよう?」

「どうしようったって……システィーナ様だけは守りきれ! ミナさんとモモさんは、一隻でも多く空母を沈めて。補給を減らせば、波状攻撃の規模も小さくなる」

「気休めかよ?」

「言うなよ、エグ。……他にやりようがない」


 ズルイ、ズルイ、ズルイ! こんなのどうしろって言うのよ!

 イベントに係ることなのか、ショウは現れもしないし……。

 戦後の修理費の心配以上に、全滅の心配しないとダメ?

 その時、見かねたかのように、システィーナ様の声が凛と響いた。


「遅くなって申し訳ありません。こちらの準備が完了しました。各艦隊は、輸送艦の防衛ラインまでお下がり下さい」


 準備って何? とにかく何が策があるなら、助けてよ……。

 球形レーダーに記された防衛ラインまで、慌てて艦を下げる。


「では、参ります! アーマードトルーパー隊、発信です!」


 輸送艦の背骨の左右が、持ち上がるように開いてゆく。コンサート機材を積んだ、大きなパネルトラックみたいだね。

 そして、そこから飛び出してくる機体は!


「モビ○スーツですっ!」

「虫っぽいから~オー○バトラ~ダ○バイン~!」

「違います。アーマードトルーパーです。機動力優先のレパードですよ」


 ぷっと頬を膨らませて言い返す所を見ると、名前をつけたのは、このお姫様ではなかろうか? ブロン子爵領で積み込んだのは、これなのか!

 背中にマント状のインバーターを背負った、虫っぽいデザインの十メートルちょいの巨人は、スピードは同等ながら、小回りでは攻撃機を圧倒していた。

 ビームガンならぬ、電磁砲で攻撃機を撃墜しまくる。

 電磁力のフィールドを撃ち出す電磁砲は鹵獲用の武器で、電磁波の嵐で包み込み、電子機器を破壊して機能を停止させるものだ。パイロットと、シグナルを含むエマージェンシー機能だけがシールドされてるそうな。

 慣性で浮遊する攻撃機を、がっしりとした重装甲の……アーマードトルーパーだっけ? が捕まえて、回収する。


「ウォ~カ~ギャ○アだ~♪」

「パワー型のタルタロスだもん!」


 いちいち訂正してくれる、システィーナ様が可愛い。

 おおっ、それを援護している白い人型のがカッコイイ! あれ、欲しいよ!


「エルガ○ムも来た~」

「モモちゃん、量産機ならディ○ートじゃないかしら?」

「どっちも違います。汎用型のガバメントですよ」


 システィーナ様も、意地になってるね?

 それはともかく……いきなり世界観の変わった戦いに、形勢は逆転した。

 戦いは、数と機動力だよ。

 アーマード……長いからATと略しちゃえ。AT隊の威力は圧倒的で、もう大半が浮遊攻撃機の回収に回っている。

 高感度な長距離センサー持ちとしましては……。


「ショウ……視覚センサー、電波検知の感度を上げて。SOSを出している攻撃機を探し、AT隊に伝えてあげよう」

『了解。容易い御用だ』


 データを受け取ったのか、遠目の機体から回収にかかる。

 残酷なことにならないように、全員を回収してあげてね。

 おっと、システィーナ様からのメッセージだ。


「ミナ女男爵、ご協力ありがとうございます。……そして、一気に戦いを終わらせるため、両艦隊の旗艦の艦橋ギリギリを狙撃できますか?」

「やってみます」


 これは私の『カサブランカ』だけで充分だ。

 二方向をしっかり狙って、『鷹の目提督』さんに本領を発揮してもらおう。

 二条のビームが飛び、それぞれのブリッジを掠めて揺らす。

 いつでも、首謀者だけを狙い撃てますよ? という威嚇。

 堪らずに、両艦から投降の意志が伝えられる。


 ここに、ランドルフ伯爵領の内乱は終息した。

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