しーちゃんは隠密活動に向かない

「一人の少女の願いと引き換えに……か……」


 二枚のカードを胸に納めた私は、フィディック子爵の言葉を繰り返し続けていた。

 青薔薇さんは女の子。それも、密やかに暮らしたいと願う少女。

 私たちはそんな少女を、継承者争いという最悪の兄弟喧嘩に、引っ張り出そうとしているんだね……。

 回廊から戻り、門へと向かいながら考えてしまう。


「せっかくだから、記念に天空神様の巡礼服を買って行かない?」


 しーちゃんの提案で、門前のショップに入る。

 天空神の色は、もちろん空の青。豊穣神は実る畑の金色らしい。足首まですっぽりと隠れるフード付きのマントは、絹のような生地ですべすべ。

 サイズを探していると、しーちゃんから倶楽部チャットが入った。……みんなここに揃っているよ?


「真っ直ぐ修道院に行くのは、拙いわよね? 絶対、クリード子爵が後を付けさせてる」


 おおっ、さすがしーちゃん。素面の時は思慮深い。

 私やカヌレちゃんは、思わぬ意見に驚いていたけど、エトピリカさんは想定していて、スケジュールまで考えていた。

 みんな大人だ。


「まずはフィディック子爵に勧められたと話しながら、豊穣神の方の中央神殿を、みんなで見学に行こう。ただ、どこに行くか? 場所は言わないこと」

「辛気臭い場所は嫌なんだが……」

「尾行者の有無と、人数を確認するためだ。耐えろエグ」

「豊穣神神殿に行くと、それがわかるんですかっ?」

「尾行者も貴族だろう? そんな想定はしていないだろうから、平民の神殿に行けば間違いなく、服装が浮くだろうな」

「私達は、ゲームだもん。ほんの一瞬で着替えられるアドバンテージが有るわ」


 なるほど……尾行者を見つけて、巻いちゃおうって作戦だ。

 出口は数か所あるらしいから、それぞれペアを組んでバラバラに観光を続けると……。私としーちゃんは、尾行者が他のメンバーに付いたのを確かめてから、ビュウのうみに向かうという計略みたい。

 そちらにも門前にショップがあるだろうから、豊穣神の巡礼服も買っておくと、もっと紛れやすくなるかもね?

 あ、提案が採用された。わーい。


「どんな所だろうね?」とワイワイ言いながら、豊穣神神殿行きのバスではなく、わざと別の天空神神殿行きのバスに乗り込む。途中の停留所に、豊穣神中央神殿があるんだよね。

 子爵様との面会を申し込んでいる間に、バスの路線図データを受付サーバーから拾っていた、D51さんの記者魂に脱帽だ。

 お裾分けと、全員に配られる。

 分散した後には、有用なデータだよ! これは。


 次の停留所の案内で、「次、降ります」ボタンを押したら、乗り合わせたお客さんから変な顔をされた。……あ、別に押したがっていた子が、泣き出したわけではないよ?

 普通は、天空神神殿に参拝する貴族には、平民向けの豊穣神神殿に用は無い。

 バスを降りたのは、私たち以外にチェックのジャケットと、ネイビーのピーコートというトラッドファッションに身を包んだ、アラサーっぽいカップルのみ。

 指パッチンで、自分の領地で過ごすような平服に一瞬で着替えちゃう。猛ダッシュのカヌレちゃんを先頭に、思い思いに参道のお店に突撃だ。

 大人ぶって、のんびりと歩く私としーちゃん。

 あははは。慌ててカップルさんが、二手に分かれたよ。


「やっぱり、ミナさんは追跡から外せないみたいですね」

「でも、方法は有るよ」


 参道を行き交う平民たち。

 平服の人たちは、私たちはもちろん、カヌレちゃんのカントリースタイル(さすがにゴム長じゃなくて、スニーカーだけど)でも、浮くくらいに質素なものだ。

 だから、みんな店先で巡礼服を買い求め、着替えていく。

 黄金色に似た生成りのような色合いの、季節的に羊毛っぽい素材。ベトナムのアオザイ風の上下にヴェールだよ。透け度が低くて嬉しい。

 私たちも買って、着替える。指パッチンではなく、普通のお着替え。

 見つけちゃった尾行の人には、マーカーをセット済みだ。プレイヤーって便利。

 着替えれば、人波に紛れられると思っていたんだけど……しーちゃん。


「わ、私のせいとは言えるような、言えないような……」


 過度の飲酒のせいか、多少お腹のあたりがポッコリ気味とはいえ、ボンキュッボンのしーちゃんだ。胸に合わせた上着は、ウエストがダボダボ。ヒップに合わせたパンツは、ウエストをギュッと絞ったハーレムパンツのようになっている。

 その豊満さで、そんなにウエストが細いのは、いくらなんでも反則過ぎませんか?

 プロポーションを見せるより、想像させる方がエロい人だ。

 アイドル時代に、グラドルさんの水着姿とかも見てるけど、ここまでの素材は、なかなかいないよ?


「そんなに見ないで下さい……恥ずかしいです」

「男子目線で悪いけど……。一度しーちゃんと、リアルで温泉に行ってみたくなってきた」

「やめてくださいって……」


 エトさ~ん、人選ミスだよ。

 周囲の一般の参拝客さんからも、注目されすぎてる……。

 これでは、巻ける尾行も巻けない。


「そんなに凄いのか……」


 倶楽部チャットで、エトピリカさんがため息を吐いた。

 でも、みんな見に来ちゃダメだからね? ここで分散した意味がなくなっちゃう。

 それでも何とか、尾行を巻くしか無い。

 周りの、主に男性の視線を集めながら、神殿の外観を眺める。逆に尾行しやすくなって、安心してくれると助かるんだけど……。

 男性の尾行者は、カヌレちゃんとマサくん組に付いているらしい。

 青薔薇さんが女の子ということで、女子徹底マーク?


「それに加えて、カヌはキャラでも機動力があるから、見失う危険が高すぎるって判断かな? ……ところでミナさん、どうやって巻くつもり?」

「デゴさん、複数バス停が近くにある出口。且つ、複数バスがほぼ同時に発車する所と出口を教えて。できれば、ビュウの湖方面に行かないとベスト」

「注文が我儘すぎますって! ちょっと待ってください……。うわっ、狙ったようなバスが有る。ミナさん豪運過ぎ……。案内図の八番出口を目指して。……五分後です」

「ありがとう。しーちゃんを目眩ましにして、何とか巻いてみるわ」


 ここからは女子トークも含むので、倶楽部チャットではなく、キャラの耳元に囁く。

 コソコソっと、ね。


「しーちゃんは、平服パターンをいくつ持ってる?」

「モモちゃんが色々作ってくれるから、十パターン以上ありますけど……」

「多っ……! まあ、リアルだと選択肢が限られて、洋服代が大変そうなスタイルだものね」

「飲酒代とせめぎ合ってます……」

「そこまで白状しなくていいから……。さっきとはなるべくイメージの違うパターンを準備しておいて」


 ゴニョゴニョ打ち合わせて、神殿の案内図と今のゲーム内時間をチェックする。

 少し足取りをゆっくりできるかな? 油断しろ~と念波を送っておこう。

 神殿内に入らなくて御免なさいと詫つつ、平服に切り替えて神殿脇の出口にダッシュ! 一気にバスに飛び乗る。一呼吸置いただけで、バスは動き出した。行き先の違うのが続けて二台。

 キャラクターのチェックマーカーが、どんどん遠ざかって行く。


「上手く巻いたよ!」

「どっちのバスに乗りました? ……ああ、そっちならマーケットで乗り換えて下さい。すぐにビュウの湖行きが来ます」


 乗ったらすぐに、天空神の方の巡礼服に衣装チェンジ。

 こっちはフードにマントのブカブカ仕様だから、しーちゃん体型でも人に紛れられる。フードを目深に被りながら、マーケットで乗り換えてビュウの湖に到着した。

 少なくとも、マーカーは点灯していない。多分オーケー。


「じゃあ、俺たちは先に宇宙港に戻って待機してるよ」

「一応、尾行を巻く素振りはしてね」

「あははっ。私たちも巻いちゃいましたっ」


 カヌレちゃんもナイス!

 女子はマークされてるっぽいから、良い牽制になってるよ。


「私たちは、適当に食べ歩きしてから戻りますっ」


 本能のままとはいえ、一番見つかりにくいかも知れない。

 無邪気に食べ歩いてるなんて、思わないでしょ。普通。


 ビュウの湖は、山間にあるこの大陸で一番大きな湖。

 そのエメラルドの色の湖水に浮かぶように、石造りの堅牢な修道院が建てられている。

 D51さん情報だと、長い石橋を渡った先の正門の中に専売店があり、修道院で作られたバターやクッキーが売られていて大人気。

 でも、その先は一般人立入禁止なのだそうな。

 みんなへのお土産がてら、バターやクッキーなどを買いながら様子を窺う。店内には数人。全部お年寄り。尾行者はいない……と思う。

 閉ざされた正門に向かい、守衛所のような所に座る尼僧に面会を申し込む。

 戴いていた、フィディック子爵の招待状も忘れずに渡す。

 待っていたように扉の脇の潜戸が開かれ、若い尼僧が会釈して迎えてくれた。ウィンプルを被り、髪を隠しているけど、眉からして金髪さん。

 修道院は、静謐という言葉が相応しい場所だ。

 石造りの建物は隅々まで清められ、女の園らしくプランターの花々が彩りを添えている。ピンと張り詰めた空気にさざ波を立てるのは、遠くから聞こえる清らかな聖歌だ。

 静々と案内された場所は、芝生の映える中庭を眺めた二階のバルコニー。

 修道院長らしい、痩せて小柄な老女が白いテーブルセットに座り、お茶を呑んでいる。

 灰褐色の瞳が私としーちゃんを見つめ、揺れ動き……そして、瞼が閉じられた。

 諦めたようにティーカップの脇に、最後の青薔薇のカードが置かれる。

 私はそっと、手持ちの二枚のカードを並べた。


「青い薔薇が三輪……咲いてしまったのね」

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