神聖都市の再会

「この星……何?」


 望遠で観察可能になったフィディック子爵領の主星を見て、私は絶句した。

 子爵領らしく、主星の全大陸は開発されているのだが……その都市の中心には場違いなものが存在している。


『フィディック子爵領は、『神聖都市』って言われてるらしいな。敬虔な『天空神』の信者らしく、荘厳な神殿をいくつも有する。領民の為に建立した『豊穣神』神殿と合わせて、銀河屈指の神殿都市となっている……って、ガイドブックに書いてある』


 棒読み気味の解説、ありがとう。ずるいぞ、ショウだけガイドブックを見て。

 さすがに現実のものを持ってくると角が立つのか、この世界の宗教は、貴族が信仰している、誇りと名誉を重んじる『天空神』と、平民が信仰する、感謝と収穫の『豊穣神』があるんだよ。

 ふむ……神殿だらけの領土か。何となく、京都、奈良なイメージ。

 本当に修学旅行っぽくなってきたと思う私は、関東人です。

 でも輸送艦さんは、こんな所で何を積み込む予定なんだろう?


「坊主丸儲けっていうくらいだから、資金か?」

「何か美味しいものがあるとかっ?」


 お馬鹿なことを言いながら降下する宇宙港には、珍しく先客の宇宙艦隊がいた。旗艦は真紅に黒を配した、ショウ曰く「フェラーリかぶれ」なカラーリング。

 その内、持ち主に会うんだろうなぁ……。敵か、味方か。

 宇宙港に降りると、音楽が変わる。パイプオルガン風のキーボードに心が洗われるよう……。


『これは『PRAY(祈り)』って曲な。ここだと、多分アレンジ違いがかかりまくるぞ、きっと』


 うん、私もそう思った。

 お出迎えは、今回も無し。入港管理のお姉さんによると


「ご挨拶を希望ですか? ご足労になりますが、子爵様は中央神殿におられます」


 と、言うことらしい。

 そういう扱い、もう慣れたよ。


「神殿か……パーティー会場ほど、ワクワクしないな」

「でもぉ、お酒がないから、しーちゃんをアテに出来ますっ」

「その差は、大きいね」

「みんな、その言い方は酷いと思うの……」

「しーちゃんは~素面の時との振れ幅が大き過ぎ~」


 今回はリムジンも無く、無人運転のコミュニティーバスで中央神殿へと向かう。

 やたら本数が多いし、無料なので、リムジンより気楽だ。中央神殿は観光地となってるみたい。他の神殿行きのバスもいろいろ走っているようで、ここではバスさえあれば個人用の移動車はいらないんじゃないかな? 実際に、バスとトラックしか走ってないし。

 街は普通にビルが立ち並ぶ。その間から、小高い丘に立つ中央神殿の尖塔とかがチラチラするものだから、余計に京都、奈良っぽい。緑も意外に多いしね。


 ピーク時間が過ぎてるのか、ほぼ貸切状態のバスを降りると、中央神殿だ。

 荘厳、壮大。それなりの歴史も感じるから、きっとこの星の開発時からある建物。この旧びた感じが、神殿の存在感を増している。

 良かった、入場は無料です。

 受付に、子爵様への面会を申し込んでおく。


「リアルの神社も、この神殿もあまり変わらないね~。見て~お守りの類がずらりと~」


 うんうん、けっこう良い値がついてる。

 どれが一番可愛いか、みんなで人気投票しよう!

 なんて遊んでいたら、不意に声をかけられて驚いた。


「これはこれは、ミナ女男爵。……珍しい場所でお会いしました。こちらには、観光ですか?」


 今日はビジネススーツ姿だけど、窓から差し込む陽射しに、モノクルが冷たく光る。

 カニ好きおじさん……じゃなかった。クリード子爵……?


「いえいえ、仕事がてらの補給で寄らせていただきました。こちらでも、美味しいカニが採れるのですか?」


 子爵は一瞬、面食らったが、すぐに楽しそうな笑いを繕う。食えないおじさんだ。

でも、なんでこんな所で会うんだろう? 意図的過ぎるよ。

 私がカニの話をしたことで、ウチのメンバーにも、誰なのかが解ったようだ。緊張感が、背中に感じられる。


「子爵様は、こちらに観光ですか?」

「私は、ビジネスですよ。お世話になっている方の捜し物を手伝ってます」

「お手伝いできることがあれば、良いのですが……」

「お気になさらず。貴方は、貴方の目的を果たせば良い。私は、気長に探しますよ」


 それだけ言うと、ウチのメンバーに初対面の挨拶を望んだ。社交の場ではないから、軽い握手で、それぞれを紹介してゆく。

 一通りの挨拶が済むと、クリード子爵は悠然とその場を去った。


「あれが、第二皇子派のカニ好きおじさんか……」

「なぜ、こんな所にいるのかしら? 中立派の観光地でしょうから、不思議は無いといえば無いけど……」

「ううっ……伯爵様事情止まりだと思ってたのにっ」

「一気に、きな臭くなった」

「伯爵家の事情に~第二皇子派も暗躍してるのかも~」

「そうなると、最初の襲撃の犯人は……」


 クリード子爵の手の者? 決めつけるのは危険だけど、有り得ないことじゃない。

 それに、捜し物って、きっと……。


「青薔薇さん……ですよね?」

「私たちって、成り行きで第一皇子派にされちゃうんでしょうかっ?」

「ただ依頼を受けただけ~。この先は当分、中立の振る舞いをすればいいと思う~」

「問題は、ガッツリと伯爵家の継承争いに、関わっちゃってることです。ランドルフ伯爵は、有力な第一皇子派というデータもありますから……」

「ここに来て、これかよ……勘弁してくれ」

「……アタマが痛いッス」


 クリード子爵の登場で、全てが振り出しに戻ってしまった。

 青薔薇さんを見つければ、すべて解決すると思っていたけど……。もはや、そんな気がしなくなったよ。

 ……どうしよう?

 みんなして頭を抱えていると、受付のお姉さんからアナウンス。

 フィディック子爵への、面会許可が降りたらしい。

 ここでか……このタイミングで、降りましたか。

 判断すらできないまま、状況だけが流れていくのは、とても辛いよ。

 大きなステンドグラスが美しい礼拝堂を横目に見ながら、回廊を案内される。その奥の、オーク材風の重厚な扉の向こうが、ランドルフ子爵の執務室だ。

 案内してくれた受付の女性がノックし、扉を開いてくれる。


 背後の壁高く掲げられた聖印を背に、質素なデスクに着いたランドルフ子爵。年齢からか瞼の下がった、ふくよかなお爺さま。好々爺って言葉がしっくり来る。

 神官服は、ひと目で位がわかるから便利。大司教様でもあるようだ。

 例によって、長ったらしい挨拶は描写しないよ?


「今日は来客の忙しい日じゃ……。若き者たちとの出会いは好ましいものよ」


 縁側で日向ぼっこをしているみたいに、柔らかく微笑む。

 やっぱり、クリード子爵も訪れていたみたいね。

 カマをかけた所で、トボケられてしまいそう。そのものズバリで訊いてみよう。


「……青い薔薇を探してます」

「青い薔薇なら、そう……門前町の花屋に並んでおるじゃろう? 中世期……まだ人類が地球にしがみついていた頃に、様々な花から青を抜いて品種改良されたそうな。その頃は紫色に近かったそうだが、今どき完全な青い花も普通に売られておるよ?」


 ニコニコと楽しそう。

駆け引きは苦手。レスター子爵から貰ったカードを、質素だけど磨き込まれたデスクに滑らせた。


「私が探している青い薔薇は……この花です」


 一輪の青い薔薇を描いた紋章に、好々爺の笑みがかき消される。

 うっすら開いた瞼の奥から、慈愛の瞳が私を見つめた。

 長い吐息を漏らし、節くれだった指でデスクの引き出しを引く。


「奇遇じゃな……私も同じものを持っておるよ」


 慈しむように、二枚のカードが並べられる。

 青い薔薇の紋章。それを見つめて、老人は力のない笑みを浮かべた。


「人には、変えられない運命さだめというものが、有るのかも知れん……。どんなに密やかに暮らしたいと願っても、そんな事すら叶わんとは……因果な」


 悲しみ、憐憫、無情……様々な感情を噛みしめるように頷くと、老人は私たちに道を示した。


「ここより東。ビュウのうみの修道院を訪ねなさい。修道院長にこの二枚のカードを示せば……君らの願いは叶う。一人の少女の願いと引き換えに……な」

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