秘められし青い薔薇

「オルガを呼んでいらっしゃい」


 院長の言葉に、尼僧さんは一礼してバルコニーを出てゆく。

 私たちに視線を移すと、気まずそうに年輪の刻まれた顔を顰める。


「ごめんなさい、お客様を立たせたままなんて……。こちらにお座り下さい。彼女が戻るまで、青い薔薇についてお話しましょう」


 院長手づから、お茶を淹れて頂き、恐縮してしまう。

 ハーブティーはとても優しく、胸に染みた。


「我は捨てたつもりでも、どうしてもお茶にだけは拘ってしまうの。誰が淹れても気に入らなくて、結局自分で……何年神に仕えていても、これだけは駄目ね」


 そんな苦笑が、とても可愛らしく見える。

 静かに老女は、語り始めた。


「ランドルフ伯爵家において、青い薔薇の紋章は、第一夫人の産んだ長女の証なの。そして、今の代の青薔薇の母親は、最初の子である彼女を産んですぐに亡くなったわ」

「では……継承権第一位……ですよね?」


 しーちゃんが息を呑んだ。

 女男爵が当たり前の世界なら、第一夫人の長子が継承権一位になる。軍を掌握しようが、官僚をまとめようが、貴族にとって最も重んじられるのは、血の正統さだ。

 たとえ激しく、次期子爵の座を争っていたとしても、青薔薇さんが立てば、問答無用で継承者争いは終わってしまう。


「ええ……でもね、あの娘は優しすぎるの。周りに溺愛されて育ったせいかも知れないけど、家を継ぐことによる責任や義務を恐れ、避けちゃった……。行方不明を装って、この修道院に逃げ込んだのが六年前。

 ……どうしてもあの娘の存在が必要になった時の為にと、母方の祖父にあたるレスター子爵、彼の良き友人であり、この星の領主であるフィディック子爵、そして、私。それぞれが認めた証として、この青薔薇のカードを持つ。そんな稚戯のような事までして……。

 できれば、あの娘の願いを叶えてあげたかった。

 まったく、オブライエンも、アンドリューも情けない……。母が違うとはいえ、互いに手を取り合うように育てられたはずなのに」


 ちょっと、お怒り気味。

 でも、仮にも伯爵家の嫡男を呼び捨てにするあたり、ランドルフ家の血縁者なのかな?

 青薔薇さんの事情がわかったタイミングで、さっきの尼僧さんが、スラリと背の高い司祭さんを連れてきた。

 黄色がかった金髪を定規で測ったように、ズバッと切り揃えた髪型が潔い。冷静なブルーの瞳が、真っ直ぐに院長さんを見つめた。


「オルガ……残念ながら、青い薔薇が揃ってしまったの。後は、手筈通りにね」

「はい……院長、お世話になりました」

「今生の別れでもないでしょう。継承問題にケリが着いたら、いつでも遊びにいらっしゃい。お茶の相手が欠けるのは寂しいもの……もちろん、あなたもね」

「はい……」


 ん、この尼僧さんも来るの?

 びっくりした私の視線に気づいて、ニッコリ笑う。


「はい。ランドルフ伯爵家の継承者一位の者が搭乗するに相応しく、座を整えなければなりませんから」


 私たちみたいな『なんちゃって貴族』じゃないから、ちゃんと側仕えとかの側近は必要だよね。なるほど、納得した。

 オルガさんが、私たちに問いかける。


「輸送船に急ぎ、座を整えるこの娘と、後から出る私の二手に分かれます。貴方がたはどちらがどちらに付きますか?」


 しーちゃんと顔を見合わせる。

 二手に分かれる事まで、考えてなかった。


「多分……ミナさんが警戒されているでしょうから、私がオルガさんに付きます。追っ手はないとは思いますが、念の為」

「そうしましょうか……気をつけてね」

「お互いに。……では、宇宙港で」


 倶楽部チャットで、常時連絡が取れるから問題無し。

 何かあったら、宇宙港の男子に動いてもらえば良いよね?

 院長さんに会釈をして、一足先に出口に向かおうとしたけど……さすがに尼僧さんの服は目立ち過ぎる。コルネットとウィンプルを脱いで、白いワンピース状の修道衣になってもらった上に、しーちゃんの巡礼服を借りて、着せちゃう。

 これでオーケー。

 しーちゃんはサイズの合う修道服を探してもらえば、司祭と侍従に見えるはず。


 正門を出て、長い橋を渡る。追っ手はいないよね? いなかったら良いな。

 でも、一応念の為……「この娘は青薔薇さんじゃありませんよ?」と見せておきたい。……どうしよう?

 あ……良い物売ってる。

 土産物のお店で、修道院の建物を象った棒付きキャンディを買ってみた。まあ、宗教施設ばかりで、退屈しそうな子供のご機嫌取りのお菓子だけど……尼僧さんに渡してみる。

 うんうん、修道院育ちだと、甘味に飢えてるよね? 嬉しそうに舐め始めた。

 いくらなんでも、歩きながら、幸せそうに棒付きキャンディを舐めてる、躾の悪い伯爵令嬢なんているわけがない。

 のんびりと、宇宙港行きのバスに乗り込んだ。

 窓の景色を眺めながら、倶楽部チャットに戻る。尼僧さんは、キャンディに夢中。


「ミナ組は無事にバスに乗ったよ。しーちゃんは、どう?」

「こっちは身の回りの荷物が多いせいか、裏から馬車で出ました」

「馬車? それに、裏門ってあったの?」

「橋はないけど、船で湖を横断したの。って、トラックが追いかけてきてる!」

「しーちゃん、大丈夫~。手伝うことある~」


 女子でありながら、追手にスルーされてた、モモンガさん。

 男子と共に宇宙港にいるのね。


「修道院が見張られていたみたい。派手なことができないように、大通りから大きな街を通るようにして、宇宙港に向かうとオルガさんからの伝言です」

「くれぐれも気をつけてね」


 直通のバスは、とっても速い。

 宇宙港に着いて、尼僧さんをゲスト登録する。これで艦に乗せられます。

 無人ポーターに乗って、まずは輸送艦へ。


「到着です。この輸送艦で向かうことになります」


 あ……びっくりするよね。

 直方体な見かけはともかく、派手派手の色帯で塗装されてるし……。

 ようやく気を取り直した、尼僧さんがフードを取る。

 オルガさんに良く似た黄色がかった金髪が、ふわりと広がった。こちらはセミロングでふわふわの髪。湯上がりとか、まとめるのが大変そうな気がする。

 すると、のんびりしていた警備兵が、慌てて背筋を伸ばして、敬礼した!


「し、システィーナ様……お帰りなさいませ!」


 尼僧さんは、手に持ったキャンディに気付いて、慌てて背中に隠した。

 あ……歩きながらキャンディを舐める伯爵令嬢、ここにいたわ。

 この娘が青薔薇さんかいっ!

 周囲に溺愛されて育てられたと、修道院長さんが言ってたな……。


「皆さん。準備でき次第、艦を発進して衛星軌道で待機させて下さい。そうすることでオルガが囮だと気づき、危険が無くなるでしょう」


 その一言で、兵たちが動き出す。

 待って、私たちを置いてきぼりにしないで。みんなに倶楽部チャットで伝えると、慌てて発進準備にかかった。


「あの……システィーナ様? 二つほど、お伺いしてよろしいでしょうか?」

「何でしょう?」

「オルガさんって、あなたにとってどういう方? それと修道院長さんも」

「オルガは私の筆頭文官です。そして……」


 ちょっと恥ずかしそうに、そして嬉しそうにバラしてくれる。


「院長は先代の青薔薇……。父、ランドルフ伯爵の叔母にあたります。オルガは彼女の孫なのですよ」


 これでわかった! 全部わかった!

 要するに、修道院長までひっくるめて、システィーナ様溺愛同盟でしょう!

 この娘が「伯爵家を継ぐの面倒で怖い」とか言ったものだから、レスター子爵や、フィディック子爵が、孫のような親族の娘可愛さに修道院に隠して、みんなで庇ってたな?

 後を継ぐべき兄弟が手を取り合えば問題なかったのに、対立しちゃったものだから、渋々システィーナちゃんを表に出さなきゃならなくなった。

 私たちは、どっちの兄弟にも角が立たないように雇われた、護衛の傭兵みたいなものだ。


「あぁ……それ、納得の推理だ」


 倶楽部チャットでエトさんたちも、ガックリと肩を落としてる。

 とはいえ、システィーナ様も嘘偽りなく伯爵令嬢。

 さっきまでは、カヌレちゃんくらいの年齢かと思ってたけど、伯爵令嬢モードになって、急に大人びて見える。女子大生くらいの歳だよね、多分。

 未練がましく、キャンディを離さないけど……。

 輸送艦に控えていた、側使いらしい女性たちに手を取られて、システィーナ様が輸送艦に乗り込む。

 おっと、私も発進しなくちゃ。


『もう、エンジンは掛かってるぞ。ミナ』


 イベントも佳境なせいか、干渉を控えていたショウが教えてくれる。

 まだ食べ歩き中のカヌレちゃん、マサくん。絶賛囮逃亡中のしーちゃんの三艦隊を残して、私たちは一気に衛星軌道に艦隊を乗せた。


「しーちゃん、そっちは大丈夫?」

「はい……システィーナ様が離陸して、囮と気づいたのか撤退していきました。オルガさんと宇宙港から、衛星軌道に向かいますね」

「おーい、カヌにマサ。お前らも戻って来い」

「待ってくださいっ。まだ注文したチキンチーズ丼が来てませんっ」

「「「「「テイクアウトにして貰いなさい!」」」」

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