謎のカニ好きおじさんと緊急会議
突然放り込まれた、見慣れてるけど、いつもと違うお城のサロン。
濃い紫のタキシードで微笑む、銀髪&モノクルの初老の男、クリード子爵がゆったりと微笑む。……絶対NPCだよね、この人。
プレイヤーでまだ、爵位を上げた人はいないはずだもん。全員が男爵。
みんなに相談しようかと思ったけど、イベント扱いなのか、倶楽部チャットに入ることも出来ない。
どうしよう……頭の中は大パニックだ。
『まずは落ち着け。たとえイベントでも、そんな急激には動かないだろ?』
唯一の頼みの綱、ショウの声に安心する。
そ、そうだよね。最初の選択で二進も三進もいかなくなることなんてないよね?
やっぱり、ショウがあっての私。深呼吸を二度、三度。
うん。今私がしなければならないことは、この子爵様の様子や会話を、小さな自分の脳みそに記録して、みんなの所に持ち帰ることだ。
シーンの動画保存なんてできないから、可能な限り記憶するしかない。
このちっぽけな脳みそに、どんな仕打ちよ!
「まあ、立ち話もなんですから……あちらのバーコーナーへ、いかがですか?」
紳士的な優美な仕草で、私をバーコーナーに誘う。
どうしよう……逃げちゃうか? ついて行くか?
逃げちゃうのは容易いけど、きっとみんなは、どういう目的で接触してきたのかを知りたがるだろう。
まあ、取って食われるわけでもないでしょ。
覚悟を決め、クリード子爵に手を取られて、ダンスフロアの中央を大胆に横切るように、脚を早める。……情報収集、大事。
カクテルを頼み、その縁を重ねて鳴らす。
いつもは美味しいマンハッタンも、今日は味わうどころではない。
そんな私の緊張を他所に、クリード子爵は静かな声で、こう切り出した。
「実は私は、カヌレ女男爵領産の海産物の大ファンなのですよ。魚やロブスターも良いが、特にカニが素晴らしい! 他の星系と一味違うのは、何か工夫がお有りかな?」
「いえ、特に。海が優れているのではないでしょうか?」
「これはご謙遜を……そこは企業秘密というわけですか?」
そこから、滔々とカニの魅力を語り始める。
いつもなら、嬉々としてそう言う話には乗っかる私だけど、変な緊張のある今日は見事に乗り損ねてる。
(そっか……普段の私を、みんなはこういう気持ちで眺めているのね)
カニについて美辞麗句を重ねる子爵様を、妙に冷めた気持ちで見る私は反省する。
ひょっとして【美食倶楽部】の入会希望者だろうか?
マンハッタンのグラスを舐めながら、首を傾げるばかりだ。
急に子爵様が、グッと身を乗り出して来たので、慌てる。
「そこで噂のタラレバガニですよ! 私もぜひ、味わってみたいと思うのですが、順番待ち状態でしょう? 諦めかけたのですが、ミナ女男爵自身は、お持ちであるという話を耳にしまして……一つお譲りいただけませんでしょうか?」
ずっこけた!
ただの商談かい!
ガックリと肩を落として、私はため息を吐いた。
「すみません、今は手持ちが無いんです。さっき、倶楽部のメンバーで分けちゃったんですよ」
これ、ほんと。
モモンガさんや、しーちゃんにも食べて欲しくて、ついでにカヌレちゃんと三等分して、お土産にしたばかり。
残念でした、子爵様。
「なんと……運の悪いことだ。お時間を取らせてしまいました。またの機会で構いません。是非ともよろしくお願いしますよ」
大げさに私の両手を取り、握手を繰り返すと去ってゆく。
……何だったんだ、あのおじさん?
ショウも、開いた口が塞がらないといった顔。……謎だ。
釈然としない中、とりあえず可能になった倶楽部チャットを起動する。
うん、しーちゃんを含めて、みんないるね?
NPCの子爵様から接触があったことを報告すると、エトさんの提案で『倶楽部ハウス』に集合しようという話になった。
☆★☆
【美食倶楽部】のクラブハウスに置かれているのは、丸テーブルだ。
いつ人数が増えても良いし、座の上下もない。
ただ、テーブル・オン・テーブルで上部が回転式なのは、絶対にカヌレちゃんの趣味だ。普通の言い方だと、これ中華料理の回転テーブルだよね?
座る場所は大体決まっていて、女子は好きなクッションを置いてたり、ひざ掛けがあったりと癒やしの場所だ。しーちゃんも今度、持って来ると良いよ?
「イベントのトリガーになったのは、『倶楽部設立』と、『特産物』かな?」
「今日、このタイミングなら……倶楽部のメンバー数もある」
エトピリカさんの推察を、エグザムさんがフォローする。
カヌレちゃんや、モモンガさんではなく、私ということから、そう考えるのが妥当?
それはそうと、連れて来た初対面の男子は誰?
「こいつは
エグザムさんの紹介に、ペコリと頭を下げる。
長い髪を後ろで括った痩せぎすの人。ちょっとオタクっぽい?
カヌレちゃんが当然の疑問を投げた。
「キャラ名からすると、鉄道マニアさんですか?」
「いや、そっちじゃなくて、『汽車』と新聞記者とかの『記者』をかけてる。本業もネットマガジンのライターだし、『リラサガ・ヘッドライン』のスタッフでもある」
「突然で悪かったけど、こういう話題なら、同席させた方が良いと思ったんだ」
エグザムさんのぶっきらぼうさで、記者と言われて、女性陣に奔った緊張を、エトピリカさんが丁寧に解してくれる。
それなら納得だし、この二人が『厳選』したはずの人だから、悪い人ではあるまい。
D51さんの方が、逆に緊張してる様子で自己紹介をしてくれた。
「でも、エトさんは大げさだよ。話してみたら、ただのカニ好きのおじさんだったよ?』
私がへらっと笑うと、みんな思い切りずっこけた。
へ? 私ってば、呑気過ぎ?
「それは、差し障りのない話題で終えただけなのでは?」
しーちゃんが苦笑いで、首を傾げる。
もっと深読みするのは、意外にもモモンガさんだ。
「重要なのは、話の内容じゃないのよ。ミナさんとの友好をアピールしたかったんじゃないかな?」
「……私と仲良くしても、タラレバくんを貰えるくらいよ? 他にメリットはないと思うけど」
「注目されてる……それも仲間が多い貴族と友好をアピールするのは、派閥争いでは有利になるよ。わざわざ、ダンスホールの真ん中を通ったり、大声で握手したり。……目的はしっかり、達成してるね」
モモンガさん、何でそんなに詳しいの?
困った顔で、しーちゃんが言い添える。
「さすが、なんちゃって中世貴族ものの、成人向け創作を得意とするモモちゃん」
ドッと笑いが起こるが、みんな納得顔だ。
初回の接触としては充分、周囲に友好をアピールするのに成功してるらしい。
むぅ……カニ好きに悪い人はいないと信じてたのに。
更にモモンガさんは推理を深める。
「そのクリードさんは子爵よね? 多分どこかの派閥の下っ端かな……。貴族関係を調べて、派閥の頭を見つけたい所」
「デゴ、そういう資料ってどこかで見られるか?」
「皇城の図書室に紳士録があるから、NPC貴族の血統はそこで見られると思う。婚姻関係を辿っていけば、大まかに推察はできるかな?」
D51さんが眉を潜める。
他の人の反応は「図書室なんて、あったの?」だけど、プルダウンメニューに無いだけで、歩き回れば見つかるらしい。ちょっとずるい。
「あとは社交界のゴシップ紙でも、あれば良いんだけど」
「今までは、わざわざ話しかけなかった城のNPCにも当たってみるか……。そういう情報を教えてくれるキャラがいるかも知れない」
D51さんはもちろんなんだけど、モモンガさんが頼もしい。
何か、活き活きしてきたよ?
「じゃあ、その辺はデゴとモモンガさんに、お願いしていいかな? あと、ミナさんは忘れずに報告、連絡、相談。今のところ、トリガーが発動してるのは、ミナさん一人みたいだから」
あう……リアルで、朝吹さんに言われてることがこちらでも。
情報がないことには、何も判断できないよね。
私も頑張るから、みんなも手助けをプリーズ。
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