倶楽部を作ろう

「すごい、身体が柔らかいですね」


 トレーナーさんが褒めてくれるけど、これでも元アイドルだよ?

 もうもうと熱気が立ち込める、薄暗い部屋の中。ぐにゅーっと音楽に合わせて、両手を上げ、ゆっくり背中を反らせてゆく。

 知らない人が見たら、何かの怪しい儀式だよ……。

 ホットヨガのコースを、蒸し鶏になった気分で終えて外に出る。汗だく。


「はいはい、一息入れたら水中ウォーキングのクラスがあるから」


 スポーツドリンクを渡しながら、朝吹あさぶきさんは無情なことを言う。

 昔はダンスだ、ボイストレーニングだとやっていたけど、結婚以来サボりっぱなしのツケが回ってきたよ? 運動不足で不健康と決めつけられて、朝吹さん監視の元に、週二回のフィットネスジム通いを義務付けられた。

 うん、平日の昼間っからこんな事をやってられるのは、贅沢だって解ってる。

 でも、散々いろいろなものを試して、私が音を上げずに続けられそうなのが、ホットヨガと水中ウォーキングとエアロバイク……自転車漕ぎだから、情けない。

 筋トレマシンとは、お友達になれそうにないよ……。

 この後はおじいちゃん、おばあちゃんたちに混じって、プールの中をのたのたと歩き回るんだよ? それなりに楽しいけど、ちょっと情けない図かも。

 ニャンコと戯れたり、文鳥のお世話をする以外は、ゲーム中を含めて、ゴロ寝状態なんだもん。運動不足なのは解ってる。

 ショウと一緒に、にぎやかな街で遊び回ってた頃が懐かしいよ。


「お疲れ様、少しはさっぱりした?」

「……ぐったりした」


 つい、憎まれ口を利いてしまう。

 朝吹さん自身は、毎夕三十分くらいに絞ってトレーニングしてるらしい。超人だ。


「事務所に戻る前に、お昼食べていくでしょ? 何がいい?」

「くるりで天蕎麦がいいな。脂が抜けすぎた気がする……」

「はいはい、くるりね」


 この時間だけは、朝吹さんと一緒だから、食欲出るの。

 事務所の近くにある、美味しい日本蕎麦のお店をリクエスト。蕎麦よりラーメンなショウには、あまり連れて行ってもらえなかったお店。

 美味しいのにね。


 そんなもどかしいリアルをかなぐり捨てて、時間になればショウのいるゲーム世界に突入する私。

 わーい。またショウと一緒だ。


『お帰り。またカニさんハイウェイの検討するか?』


 このままショウに戯れつきたいけど、今日はちょっと用事がある。

 珍しく、お呼ばれしてるのです。


「それは後回し。今日はカヌレちゃんの所に招かれてるの。ついでにみんなにも、タラレバガニを味わってもらわなくちゃ」

『おお、出不精が珍しい』

「カヌレちゃんの牧場惑星にも興味があるもん」


 今回のメンバーは、エトピリカさんに、エグザムさん、モモンガさんと私。

 カヌレちゃんは張り切ってお肉を焼きまくると言ってたから、私も噂の特産品、タラレバガニを持っていくよ! カヌレちゃん作りたて新鮮バターとのセッションで、みんなの舌をノックアウトするんだから!

 タラレバくんは大人気です。

 一日二匹くらいしか獲れないものだから、なんか順番待ちになってしまって申し訳ないです。手持ちが無い時は、一匹は私の手に補充されるシステムなので、余計に出回る数が少なくなる。幻のカニと言われてるんだそうな。

 昨日、オーダー表を見たら凄いことになってたよ……。

 それをいつでも食べられるのは、私のお友達特権だね!


『進路固定、カヌレ女男爵領星系……首都星はこの名前でいいのか?』

「いいみたい。読み方聞いて爆笑したけど」

『惑星六五六……って何だよ?』

「ろくごーろくって読むから解らないんだよ? ちゃんと読めれば納得するから」

『他にどう読めと?』

「では、カサブランカ発進! 目標はカヌレちゃん星系首都『ムツゴロー』!」

『それかよ!』


 トンチが効き過ぎだよね?

 あの娘、本気で動物王国を目指してた! 思わず納得のネーミングだ。

 私のサーフサイド星より、上空から見ても圧倒的に平地が多い。しかも、牧場だらけだよ! 本当に凄い。

 宇宙港には、チョコケーキのようなカヌレちゃんの旗艦『ショコラ」に加えて、すでに真紅の流線型、エトピリカさんの『アカショウビン』。緑色の唯一の直立着陸型はエグザムさんの『クアーズ』。銀色の海行く艦のようなデザインは、モモンガさんの『クリークスター』……もうみんな揃ってる。遅刻遅刻。


「ミナさ~ん。お待ちしてました! ようこそ、六五六へ!」

「カヌレちゃんが待ってたのは、私かな? それとも私が持ってる、タラレバくんかな?」

「タラレバくんを持って来てくれるミナさんです!」

「素直でよろしい」


 カヌレちゃんってば、デニムのオーバーオールに赤いネルシャツ、ゴム長の完全カントリースタイル。自分の星では、いつもこうだそうな。似合い過ぎてる……。

 私も気張ったドレスをさっと着替えて、スモックとチノパンにする。さすがに、ゴム長を履く度胸は無いよ……。サンダルで。


「牛さんの数が、凄いね……どれだけいるの?」

「数までは、把握できてないです。種類は、ミルク用のホルスタインにジャージー、肉用は黒毛和牛を始めにいろいろと……。鶏さんは別の所で放し飼いですけど、豚さんは放っておくとイノシシさんになっちゃうので、小屋の中です」


 牧場内の移動は健康を考えて、オフロード用の自転車だと聞いて感心した。でも、こら待て。ゲーム中の本体は、ゴロ寝してるだけじゃないか!

 案内されたログハウスには、もうみんな揃ってビール呑んでる。おつまみは、サラミとチーズだね。間違いなく、カヌレちゃん製。


「ミナさん、こんにちは。先に始めてま~す」

「おひさ」

「……うっす」


 男性陣は挨拶が投げやり! でも、それが心地良いけどね。

 モモンガさんはふわふわしたワンピースで、エグザムさんは黒ジャケットにパンツ。エトピリカさんは、ワークパンツにパーカー。カヌレちゃんがカヌレちゃんだから、みんなラフな服装になってるよ。

 大きなテーブルの中心から殆どは、下から炭火で炙られた焼き網。

 食べる気満々すぎるでしょ、カヌレちゃん!

 先に持参したタラレバガニを、お土産として渡す。


「デッカ! そのカニ、デカ過ぎ!」

「それが噂のタラレバガニか……」

「こりゃあ、『リラサガ・ヘッドライン』のトップ記事になるわけだ……」


 ムフフ……その驚愕の反応が嬉しい。

 でも、エトさん『リラサガ・ヘッドライン』って何?


「あ、知らなかった? 普通なら攻略情報が飛び交うんだけど、このゲームは漠然とし過ぎてるから、ゲーム内のトピックスを報じてるサイト。更新があると、SNSで知らせてくれるから便利なんだ」


 知らなかった二人……私とモモンガさんは、ネットウィンドウを開いて検索して、サイトに辿り着いてブックマークする。なるほど。見られているニュースランキングで、トップに『正式サービス後、初の固有種発見』のニュースがある。


「だから、注文が殺到してるんだ……」

「リアルじゃ、なかなかカニは食えないけど、ゲームの中なら食える」

「そんな投げやりじゃなくて、本当に美味しいんですってば! 食べて驚きなさい」


 エプロン姿のカヌレちゃんが憤慨する。

 分厚く切った牛タンをまず並べて、みんなの生唾を誘った。

 他に、匿名掲示板のスレッドでも、情報交換が盛んらしい。

 とは言え、匿名の掲示板は言葉が荒いからなぁ……。掲示板のみならず、「ネットじゃあ、自分を検索するエゴ・サーチはしない方が、心安らかでいられる」って、ショウも言ってたからね。

 私も近寄らないと決めている。


 まあ、そんなことより、お肉だ。

 なんでカヌレちゃんの所のお肉は、こんなに美味しいの? 特産品というわけでもないのに、他とは段違いだ。

 タン塩から、ロース、カルビ、ホルモン……これだけ食べても太らない幸せよ……。


「ちゃんと餌の配合や、牧草まで考えてますから」

「調理以前に、そっちにもこだわってるの?」


 モモンガさんの驚きもわかる。どういう女子高生だ?

 まあ良い。おかげで、こんなに美味しいお肉を食べられるのだ。あえて不義理なことは言わないよ。

 そして遂に、焼き網の上に大きめなステーキ皿が並べられる。

 そこには脂の乗ったサーロインと並んで、タラレバくんのぶっとい脚が数本……。


「うわっ、タラレバも来た~!」

「これだけ食べても、ゼロカロリー……」


 あはは、カロリーを気にするのが、女のモモンガさんでなくて、ポッチャリ体型のエグザムさんな所がなんとも。

 でも、カヌレちゃんが「タラレバくんの為に濃い目に調整した」と豪語するだけあって、新作の濃厚バターは、カニステーキにドンピシャでした。

 前回を遥かに凌ぐ美味しさに、みんな言葉も忘れて食べまくってた。

 タラレバくんと、カヌレちゃんのセッションは大成功だ!

 一通り食べ尽くしたところで、今日の本題に入る。


「じゃあ、この五人で『倶楽部』を作ることで、決定でいい?」

「しつも~ん。『倶楽部』って何ができるの?」


 一番日の浅いモモンガさんが、不思議そうに訊く。

 私も詳しいことは知らないから、エトさんの説明を聞こう。


「他のファンタジー系MMOでいう所の、ギルドと同じ。プレイヤー仲間でグループを作るようなものだよ。皇帝の城に、メンバー共同で使える『倶楽部ハウス』を持てるし、『倶楽部チャット』で、それぞれの星系にいても会話ができるようになる。

 いずれは『派閥』として政治を動かしたり、連合艦隊を組んで戦闘したりもあるんだろうけど、今のところの利点はその二つだな」

「クラブと言っても、カニさんじゃないですよ? ミナさん」

「うん、ディスコの親戚でもなさそうね」


 カヌレちゃんと二人で、茶々を入れてみる。

 あ、苦笑された。


「わからないことをすぐ相談できたり、星系の成長を眺めてる時間に、お喋りできるのは楽しいね、きっと」


 うんうん、モモンガさんも乗り気だ。

 倶楽部のリーダーは、メンバー探しに一番積極的なカヌレちゃんに決定。

 リーダーが女の子の方が、女性陣も勧誘しやすいしね。本人も、貴重な女子プレイヤーは、一人も逃さないつもりみたいだし。

 サブリーダーは、知恵者のエトさんと、年の功で私。

 ちょっと失礼な気もするけど、カヌレちゃんに頼まれたら断れない。

 最後に悩むのは、倶楽部名だよね?

 と、思っていたら、もう決まってるって何?


「このメンバーじゃ、当然【美食倶楽部びしょくくらぶ】しかないでしょ!」


 ええっ、私のせいなの?

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