悲しい夢と、見果てぬ夢

 気がつけば、目の前には満員の客席。

 割れんばかりの声援だけど、スポットライトの中心にいるのは、私じゃない。

 細身の身体を目一杯使ってファンを煽る。

 荒々しいくらいのシャウトが売りだけど、一転してバラードを歌う時は、ハスキーだけど甘い声になる。

 耳元に、この声で囁かれて、落ちない女はいないよ。経験者は語るもん。

 スポットライトの中で、ショウが歌ってる。

 歌い出しの囁く甘さから、サビのシャウトまで。ショウの歌声の魅力をこれでもかと詰め込んだ曲『BURNING HEART 』だ!

 私は目立たないように、バンドの隅っこで柄だけのタンバリンを叩いてる。

 うん、この客席は日本武道館。反応がダイレクトだから、ドームやアリーナよりも歌いやすいんだよ。

 会場が大きすぎると、音響が追いつかなくて、反応がワンテンポずれるの。

 演じる方には、すごく嬉しい会場なんだ。


 ステージ狭しと走り回って、観客を煽る。

 ショウが行く方、行く方の声援のボルテージが上がっていく。一万人の観客が、ショウの一挙一動だけを見つめ、その歌声だけを聴いている。

 一万人の心を鷲掴みにする。

 歌い上げた途端にパッと、照明が落ちる。

 セットリストだと、次は甘々のバラードだ。

 ファンのみんな、乙女心の準備は良いかな? この曲は私も、しらばっくれてバックボーカルで参加しちゃうんだよ。


 なのに、ピンスポットが来ない! ちゃんとショウを映してよ!

 演奏も、なんでドラムのリクさんはカウントを取らないの?

 いつの間にか、私の手からタンバリンが消え、耳にモニターもついてない。

 何でよ? まだステージの途中だよ?

 ショウが困っちゃうじゃない!

 なのに、舞台も、観客もみんな何処かに消えちゃった……。

 ショウは、どこにいっちゃったの?


「ショウ!」


 自分の声で、目が覚めた……。

 掛け布団の上で丸まってたニャンコが、ビックリして私を見てる。

 ぼんやりとした寝起きの頭に、寒々とした記憶が戻ってくる。

 ゴメンよ、ニャンコ。今だけ、抱きしめさせて。

 良い子だね、私の寂しさを解ってくれているのかな? いつもは、抱こうとすると逃げるのに……今日は大人しく抱きしめられてくれる。

 君の体温の暖かさが、心に染みるよ。独りでなくて、良かった。

 夢を見て大泣きしてるなんて、私は小学生か? 笑っちゃうよ……。

 何でショウの夢を見る時は、いつもステージの夢なんだろう?

 結婚式とか、デートとか、想い出はいっぱいあるはずなのに。

 まだ、カーテンの向こうは薄暗い。

 もう夜じゃないけど、朝とも言い辛い時間。

 シャワーでも浴びてこようかな? こんな泣き顔、朝吹さんに見られたら、また心配かけちゃう。

 それに……このまま寝たら、もっと悲しい夢を見ちゃいそう。

 ええい、もう起きちゃえ!

 余った時間は、無邪気な配信のアニメでも見て過ごせばいいや。


 ……やっぱりこの家、一人で住むには広すぎる。


     ☆★☆


 朝吹さんって、絶対に超能力者だと思うの。

 完璧に身支度をして、目の腫れも取った筈なのに、開口一番「いつまでも、メソメソしていちゃ駄目よ」って言われちゃった。

 なんで、解るのだろう?


 そんな日は一日、腫れ物扱いで大切にされ過ぎちゃって、居た堪れない気持ちです。

 今は今度配信サービスに提供する、ショウのライブビデオの編集で忙しいのに……。

 実は過去に発売に至らなかったライブの映像素材が、編集されずに結構残ってるの。

 カメラごとの映像を全部見て、私が「ここは絶対残す!」ってチェックしたのを残しつつ、映像ディレクターさんが編集して、一本のライブ映像にしてくれるんだ。

 夕べの夢は、そんなお仕事の影響か? それとも、オタク道を行くモモンガさんの宣言に、触発された結果なのか……。

 とりあえず、ゲーム世界に入ったら、やるべきことから始めないと!


『お帰り、ミナ。……何か気合入ってないか?』

「うん、今日はやりたいことがあるんだ。ショウ、お城に行こうよ」

『いいけど、お前は気合が入りすぎると空回りするから、気をつけろよ?』

「空回りでもなんでも、しちゃうよ。気分は暴走ハムスターだから」

『……電池切れするまで頑張れ』


 また、呆れられちゃったよ。まあ、いいや。

 皇帝陛下のお城に行って、お約束のご挨拶を済ませる。

 【交易】のプルダウンメニューから、【工芸】【趣味】【楽器】と開いてゆく。

 まだ、ゲームの正式オープンから日が浅いだけに、他のプレーヤーさんが、どこまで作れているのかわからない。

 笛は多いな……。太鼓……お祭りするには充分なセットだけど、ギターやピアノ、ドラムス、ベースは欲しい。

 駄目か……まだ竪琴が最先端。とりあえず、買い付けて輸入する。


『何をムキになってるのかと思ったら……楽器か』

「うん。私とショウの領地だもん。グルメも良いけど、音楽を忘れちゃ駄目だ」

『音楽は、あくまでも趣味の延長だからな。領民の生活を安定させた後の方が、薦めやすいと思うぜ?』

「私が求めてるのは、片手間の趣味じゃないもん。熱いパッションを持て余した人の、魂のシャウトだよ? ショウがもし音楽のない世界にいたら、耐えられなかったでしょ?」

『だけど、そう言う文化が育つのか?』

「私も、モモンガさんと一緒に獣道を行くよ! ポピュラーソングの文化を興して、育てるんだから!」

『頑張る気があるなら、突っ走れ。暴走ハムスター』

「らじゃあ!」


 再び領地に戻り、都市建設の項目を開く。

 カニさんハイウェイの建設は遅れるけど、仕方がない。

 その資金を注ぎ込んで、首都に公会堂を設置する。これは多目的ホールのようなもの。

 いつかこのホールが、バンドの聖地になることを願うよ。

 そして、途中まで出来てるカニさんハイウェイの山沿いに、工房を設置する。

 ここに製造を指示するのは、『楽器』だ。

 いでよ、音楽家!

 最初はこの際、バッハでも、ハイドンでもいい。

 でも、いずれ……チャック・ベリーや、エルビス・プレスリー、ジョン・レノンにポール・マッカートニーなんかも出てきて欲しい。

 ゲームのメインストリームじゃないけど、この『リラサガ』世界の音楽史は、私が作ってしまおう!

 もし、もしもこの世界にポピュラーソングが流行れば……。


 きっと、この世界のショウが、どこかに生まれるかもしれないから。

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