カヌレちゃんとデート
美味しそうな、チョコレートブラウンの宇宙戦艦が降りてくる。
すっかり仲良くなった、カヌレちゃんの旗艦『ショコラ』が私の主星、サーフサイドに遊びに来てくれたのだ。
「お言葉に甘えて、来ちゃいました! カニさん、まだ食べてないですよね?」
「いらっしゃいませ。もちろんまだだよ、カヌレちゃんと幸せを分かち合わなきゃ」
「ううっ、感激で涎が……」
「こらこら、流すものが違うでしょ」
開口一番の元気な笑顔に、和んじゃうよ。可愛い。
サポートキャラは他者には見えないので、ショウを紹介できないのは残念。カヌレちゃんのサポートキャラは、クマの着ぐるみなんだって。戯れるとふかふかで気持ち良いらしい。……ちょっと羨ましいかも。
まずはビーチに移動。
ここから歩いて、シーサイドレストランに移動して、カニ三昧だ!
ゆったりとした明るいAORサウンド、『インディアンサマー』のBGMが心地良い。
「うわぁ……潮の香りが素敵。ウチなんて牧場だらけだから、牛の臭いしかしないんですよね。好きだし可愛いと思うけど、やっぱこういうのも素敵だなぁ」
カヌレちゃんは大きく伸びをして、そんな事を言う。
またどうして、こんな若くて可愛いJKが、酪農惑星なんて選択をしたんだろう? 私ならもっと都会的な街にしたり、それこそリゾートや遊園地みたいにしてたよ。女子高生なんて、そういうものだと思うんだけどなぁ?
「本当はサファリパークみたいに、野生の動物王国にしたかったんです。でも、それだとお金を稼ぐ術が乏しいので、仕方なく、牧場惑星に方向転換しちゃいました」
「カヌレちゃん、動物好きなんだ」
「大好きです! ……人間より、ずっと」
一瞬、横顔に差した影は、見ない振りをしておこう。
誰にだって、いろいろあるからね。無敵に見える女子高生だって、辛い事が無いなんて有り得ないもん。
「ミナさんの所の固有種はカニさんかぁ……羨ましい。ウチは何なんだろう?」
「ブランド牛だったら嬉しいよね?」
「エトさんいわく、牧畜主体だからって、飼育動物とは限らないそうです。ベータテストの時は、農業惑星なのに特殊な金属だったりしたそうですから。元の星で決まってるので、プレイヤーの方向性と一致するかしないかは、運次第だとか」
「良かったよ……私の星がカニさんで良かったよ……」
「賛成です。おかげで私も、美味しい想いができます。ジュル……」
「ほらほら、涎拭いて」
笑い転げながら、観光客のだいぶ増えたビーチを横断する。
タラレバガニ投入の暁には、その美味しさを味わいに、もっともっと多くの人が来てくれるよね?
「こ……これがレバタラガニ君ですか……」
カヌレちゃんが真ん丸な目を、さらに丸くして見つめる。
でも惜しい、レバタラじゃなくてタラレバだよ?
テーブルの上に乗ったカニさんはデカいぞ。サイズ的にはメートル単位だ。
実はタラバガニは、カニと呼ばれているけどヤドカリの仲間。ハサミ一対と、脚は六本なのだけれど、この子は違う! しっかりと、太くて身の詰まった脚が八本! つまり、タラバよりも食べる所が多い! これ、重要!
トゲトゲで厳ついけど、気品のある紫色の甲羅は加熱すると、良い感じで赤くなるとか。
「さて……まずはどう料理しよう?」
「タラバのお友達っぽいですからね。もう焼きガニしか無いでしょう?」
「さすが、カヌレちゃん。解ってるねえ……」
ポコンとテーブルに、焼き網を載せた七輪が出現する。
いつの間にかタラレバくんも、カットされた脚になってる。ゲームって便利。
いそいそと二人で、好みの脚を選んで焼き網に乗せる。待つ間に私はスパークリングワイン、カヌレちゃんには炭酸水を準備。
ああっ……とんでもなく良い匂いが漂ってきたよ……。甘くて香ばしい……。
「も、もういいですよね? これ以上待つのは拷問です!」
「だよねだよね……もう食べちゃえ!」
濃厚なピンク色になった甲羅に焦げ目がついたら、食べ頃のはず。
トングで摘んで、それぞれのお皿へ。まずは当然、何もつけずに味わおう!
「…………うまっ!」
「なにこれ……本当にとんでもない!」
プチプチと太めの繊維を噛み切ると、ほのかな甘味と旨味の奔流が口の中に広がる!
熱々のカニ汁がたっぷりに唾液を誘って……もう堪らない。
カヌレちゃんと二人、トングを握り締めて、次々とカニ脚を七輪に並べる。
「これは、サーフサイド塩で食べるのが素敵かも!」
「待って、カヌレちゃん。まだ決めるのは早くてよ! お醤油垂らしたり、ポン酢とか、すだちとかも試さないと!」
「これ以上美味しくなるんですか!」
駄目だ、ふたりとも、もう止まらない。
いつの間にか、隣にカセットコンロに乗った土鍋が出現してる。
か、カニ鍋……!
「いきますよ、ミナさん! 二人でタラレバくんを食べ尽くしましょう!」
「望むところよ! VRだもん。いくら食べてもお腹いっぱいにならないし、何より太らない!」
「素敵過ぎます!」
ホクホクのおジャガの入ったカニ鍋に特攻する。
ジャガイモは、アクアビット用にウチの星で栽培してるヤツ。そっちに向けて作ってるので、鍋でのホクホク感はもうひとつかな?
でも、カニの旨味をたっぷり吸うと、もうそれで良くなってしまう。
鍋でもいいなぁ……と幸せに咽んでいると、今度はジュウジュウと鉄板が。
カニステーキ!
「ステーキも素敵です!」
「ダジャレはともかく、これもまた……美味しい!」
カニの淡白さをバター風味で補って、凄くパワフル。
蟹の甘みがグンと増して、味の深みが加わる。これはカニとバターのセッションだ。
バターは当然、カヌレちゃんの牧場産ですよ?
「ウチのバター、良くやった! グッジョブ過ぎます!」
「ほら、カヌレちゃん。炭水化物も来たよ」
「カニのにぎり寿司なんて、贅沢です!」
「こっちはご飯の代わりに、茶そばを使った海苔巻きだよ。うわぁ、茶そばとカニってこんなに合うんだ……」
「衝撃です……こんなの初めて食べた」
カニコロッケ、甲羅揚げ、天ぷら……。
人生三十六年ほど生きて来たけど、カニを食べ疲れた経験は初めてだよ。
幸せ過ぎる……。
アハハ。さすがのカヌレちゃんも、ぐったりしてる。
それでもテーブルに茹でガニとカニ酢が乗ってる辺りは、未練タラタラだ。
夕焼けになった海を見ながら、ひと休み。
やっと耳に入った、お店のBGMは『美味しいレストラン』……店の種類によって違うのかな?
「さすが銀河一のカニです。食べ疲れてるのに止まらない……」
「お土産もあるから、安心して」
「これはとんでもない値を付けても売れますよ。ブランドガニの資格充分です」
「ありがとう」
「これはお正月に、リアルの家でショボいズワイのカニ鍋出されても、感動できないかも」
「それは娘として、感謝して感動しなきゃ駄目だよ」
「最高の味を知るって、罪ですね」
うんうん、それはよく分かる。
アイドル時代、事務所の社長さんに焼肉屋に連れてって貰って、特上カルビで感動した私だったのに……。ショウが連れてってくれた、個室焼肉のお店で特選カルビを食べてからは、特上カルビでは満足できない女になってしまったもん。
味の暴力って、怖いよね。
ちょっとアンニュイになって、スパークリングワインをひと舐め。
あ、カヌレちゃんが息も絶え絶えに、茹でガニに手を出した。ずるい、私も食べる。
ほっくりと茹だったカニさんに、甘いカニ酢が染みて堪らんよ……。
「うぅん……本当はこういう事、訊いちゃいけないと思うんですけど……」
「何かな? 美味しいカニ酢の作り方とか?」
「それももちろん教わりたいですけど、違くて……」
ハキハキしたカヌレちゃんには珍しく、言い淀んでる。
何でも訊いてご覧?
少し迷ってから、意を決して、早口で
「ミナさんって……あの……元アイドルの
「うん……そうだよ。やっぱ、解っちゃう?」
「ウチの父がファンだったんです」
父親が、かい!
ツッコミたくなるけど、年齢差を考えると、そうだよね。
早く結婚した娘だと、中学生くらいの子供がいる歳だもん。私は自分の年齢なんてすっかり忘れて、勝手気ままに過ごしてるけどさ。
「やっぱり、ショウが曲を担当してるから、このゲームで遊んでるんですか?」
「と、ゆーかね。私に内緒でこの仕事やってたんだよ? だから、このゲームのBGMを私、聴いたことがないの。そんなの許せないでしょ? 意地でも七十二曲を全部聴いてやるんだから!」
私の宣言に、カヌレちゃんが笑い転げる。
それから、すっと真顔になって言った。
「でも……わかります。私も……ショウの曲に救われたことがあったから、それでこのゲームに飛び込んじゃった口ですから」
そんな一言で、何となくお開きになった。
カヌレちゃんはホクホク顔で、お土産のタラレバくんを抱きしめて、チョコレートケーキのような戦艦で、自分の星に帰って行った。
『ミナが楽しそうで、何よりだ』
ずっと姿を隠していた、サポートキャラのショウが優しく囁く。
何となくその腕に縋って、笑顔を見上げてみる。
「良い娘でしょ? カヌレちゃん」
『安心したよ。ミナがああいう娘と友だちになって』
「何があったのかは訊かないけど、カヌレちゃんはショウの曲で救われたんだって。……さすがはショウだよね!」
『俺だけじゃねえよ。……どこかにアイドル立原美菜に救われたヤツもいるさ』
「そうかな? いない気もするけど……?」
『流行歌の世界に生きてた俺達は、モーツアルトやベートーベンみたいに、歴史には残りゃあしないさ。 でもな、同じ時代に生きてた奴らの、心の一番柔らかい所でいつまでも愛され、残ってるんだぜ』
「わかるような、わからないような……」
『美菜は、それでいいよ』
「酷い! またバカにしてる!」
こんな風に、追いかけっこできるのも幸せだ。
私が戯れてるのはミュージシャンのショウじゃなくて、一人の男性としてのショウ。
それができるのは、私だけだもん。
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