ピンポイントの特産品

 プゥゥ……。


 気の抜けた音を立てて、電子レンジが止まった。

 ウチのはチンッ! と気持ち良く鳴ってくれないので、ちょっと不満だ。

 蓋を被せてお湯を切ると、スパゲッティが出来上がる。不思議だね。

 混ぜるだけのパスタソースで和えて、ショウの元マネージャー、朝吹あさぶきさんが作り置きしてくれたほうれん草のおひたしを冷蔵庫から出して、テーブルに並べる。

 明太子スパゲッティ、好き。

 ゲームの中で美味しいものを食べてるのに、リアルに帰ると何故かお腹が空く。

 今更料理する気にもなれず、カップ麺ばかり食べていたら、朝吹さんにこってりとお説教されたよ。

 毎週毎週、お野菜のお惣菜を作り置きしてくれて、すぐ楽に走ろうとする私の食生活を助けてくれている。

 ショウがいなくなって、すっかり料理する気を無くしてる私の気持ちを察してか、冷食に走る主食の方は、見て見ぬふりをしてくれるのは助かる。

 レンチンのご飯や、こうしてレンジで作るパスタ容器とかを、それとなく買って置いてくれるから、怒りたい気もあるんだろうね。

 でも、独りご飯は寂しいよ……。

 ゲームの中なら、昔のようにショウと冗談を言い合いながら、食事してるのに。


 ニャンコが期待して隣の椅子に飛び乗ったけど、ゴメン。君のご飯じゃないんだ。

 テーブルの向かいに君のご飯を置いたら、一緒に食べてくれる?

 くれないよね……。ショウの躾が良くて、君はテーブルには絶対乗らないもん。

 もそもそっと、何とか食べ切った。私、偉い。

 ニャンコには金曜日だから、カリカリじゃなく猫缶をあげて……文鳥たちだ。

 初めは、びっくりしたよ。

 ショウのイメージと、文鳥って合わないから。

 特注の、私の背よりも高くて大きな鳥かごに、文鳥一家が十五世帯もいるんだ。

 お水や、餌の穀物の交換。糞のお掃除。もう大仕事。

 人懐っこい文鳥たちにたかられながら、私は頑張った。可愛いから許すけど。

 もうちょっとしたら、雛たちの結婚相手を買って来ないとね。血が濃くなりすぎないようにって、ショウも気を使ってたから。


 食事、よし。お風呂、入った。トイレ、行った。お掃除……は明日。ニャンコの世話、した。文鳥たち、オーケー。

 よし、もう全部済ませたな。

 少し寒くなってきたから、ティーシャツ&ハーフパンツじゃなくて、もうスウェットの上下にした方が良いかな?

 やっと、またショウに逢えるよ。

 私はVRユニットを起動して、ゲームの世界へ入った。


     ☆★☆


『ミナ、お帰り。今日はビッグニュースがあるぞ!』


 最近はビール缶を離そうとしない、CG製のサポートキャラのショウが、にんまりと笑いながら迎えてくれる。

 執務室は模様替えできると知って、私好みの大きな窓のリビング風にしたよ。

 最初の【勅令】の海賊退治でご一緒したエトピリカさんは、べーたてすたー? ……ゲームプログラムにミスが無いか、リハーサルみたいに遊ばせた頃からのプレイヤーさんらしくて、いろいろ詳しいの。

 ちょっとぶっきらぼうだけど、面倒見も良い人で、カヌレちゃん共々お世話になってる。


「ビッグニュースって何? 何があったの?」

『昨日、遠洋漁業用の漁船が造れて、出発しただろう?』

「うんうん、マグロの美味しいのでも捕れた?」

『そっちも捕れてるけど、北に向かった船がな……これを見ろ!』

「おおっ! 待望の……」


 漁獲一覧の中に、赤くて楕円形の硬そうなお姿……カニだぁ!

 偉い! 偉いぞ、北海漁船団! カニ! カニ! カニがいっぱい!


『本当、お前はカニが好きだからなぁ……』

「当たり前じゃん! 日本人なら甲殻類だよ! エビも美味しいけど、やっぱカニ! どれどれ、どんな種類が……」


 サーフサイド毛ガニ、サーフサイドずわいガニ、サーフサイドたらばガニ、サーフサイド上海ガニ……おおっ、オールスター状態じゃん。相変わらず、安直なネーミングだけど。

 茹でてよし、焼いてよし、鍋によし、中華もイケる。

 ……でも、この【タラレバガニ】って何? 偽タラバかな? アブラガニの親戚?


『聞いて驚け、ミナ。……それはサーフサイドの固有種だ』

「驚きたいけど……固有種って何?」


 アハハ、絵に描いたようなズッコケっぷりだね。

 でもしょうがないじゃん、知らないものは知らないよ?


『そこからか……。いいか? 固有種っていうのは、他の星系には生息しない、ミナ女男爵領だけで穫れる、独自の特産品だよ』

「ここだけで穫れるカニなんだ?」

『何が割り振られているのかはランダムなのに、ピンポイントでカニを引くか? 食い意地も、ここまで来ると執念だな……』

「私とカニは相思相愛の間柄だもん。ショウの次に愛してる」


 ああ、また呆れられたよ。

 でも、今更だから。どんなに喧嘩しても、カニを与えれば、ご機嫌になると知ってるでしょう?

 それはさておき


「ここにしかいない固有種ってことは……とんでもなく美味しかったりする?」

『言うまでもない。銀河一の美味しさを誇るカニだぞ?』

「想像もつかないよ! 早く食べたい! ……っと、そうだ!」

『どうした? カニを前にミナが急停止するなんて、珍しい』

「このゲームって、他のプレイヤーを自分の星に招待できるんだよね?」

『ああ、フレンド登録してればな?』

「カヌレちゃんを招待しよう! 銀河一美味しいカニだよ? 食いしん坊仲間として、幸せを分かち合いたい!」

『それは名案だ……。メッセージを飛ばしてみようぜ』


 いつになく優しい笑顔で、ショウも同意してくれる。

 ドン引きされたら困るから、努めて興奮を抑え、冷静なお誘いメッセージを書いた。

 よし、誤字無し。送信!

 わっ! 間髪入れずに返信が来た!


『カニですか? それも固有種?

 行きます! 行きます! 何を置いても行きます!

 お誘い感謝です! カニさん、カニさん、銀河一美味しいカニさん!

 今すぐ向かいます! 食べるの待ってて下さい!』


 アハハ、私に負けないテンションだね!

 さすがの食いしん坊仲間だよ。

 ついでに、サーフサイド星も案内してあげようかな?

 ビーチを散歩してから、シーサイドレストランでカニ三昧っていうコースが良いかもしれない。

 ねえ、どう思う?


『それがいいんじゃないか? まさかミナが、自分からお客様を迎える気になるとは思わなかったよ』

「……迷惑だったかな?」

『ば~か。一緒に遊ぶ友だちを増やしていくのが、MMOの醍醐味だぜ?』

「……うん、そうだね」

『さあ、宇宙港へゴーだ。訪ねてくれる友達を出迎えなきゃな』


 宇宙港へ移動する。

 いつもは直接、カサブランカの艦橋へ移動するんだけど、今日は空港ロビーへ。

 真っ白くて、潰れた四角錐を横にしたようなカサブランカが停泊してる。


『早速、食いしん坊がもう一人、到着したみたいだ』


 見上げた青空に、艦影が見えてくる。

 チョコレートブラウンの丸いドーム型の戦艦。何だか、デコレーションケーキみたいで美味しそう。

 カヌレちゃんの旗艦『ショコラ』が今、惑星サーフサイドに降り立った。

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