第5話 運命の魔法

 買い物を済ませた俺たちは屋敷に帰ってきていた。

 当然だが街で一番大きく豪華な建物だ。

 ノアは驚いた様子で頻りに辺りを見回していて、小動物みたいで実にかわいらしかった。


 それにしても、どうしようか。

 取り敢えず目的は果たせた。

 けど、問題はこれからだよなぁ。


 俺がこの世界で生き延びて、ティロの復讐を果たすためには戦力を整える必要がある。

 だからこそノアを買ったわけだが……。


「ご、ご主人様……わたしは、えっと、どうしたら?」


「ご主人様じゃなくて、ルイスって呼んでいいよ」


「る、るいす……」


「そうそう、それでいい」


 目の前に座る少女は、とても裏ボスには見えないほど弱々しい。

 なんだろう、こう……頼りないよなぁ。

 そもそもどうすれば天使の力、運命を操る魔法を習得できるのか定かじゃないんだよな。


 ゲームの描写でも、ブチぎれたノアが暴走した様しか確認できていない。

 じゃあ、ノアを怒らせればいいのか?

 

 でもそしたら守ってくれるどころか殺されるよな、俺……。


「ルイス様、いくら奴隷とは言え少女をこのような格好でいつまでも部屋に置くのはふさわしくないと思います」


「それもそうだな。じゃあジル、ノアを風呂にいれてきてくれ。ついでに着替えも見繕ってくれると嬉しい」


「かしこまりました、着替えの準備を致しますので少々お待ちください」

 

 そう言ってジルが部屋から出ていく。

 なんだかんだ面倒見がいい子だ。


「あの、えっと……」


 二人きりになった部屋でノアが困ったように声を出す。


「どうかした?」


「い、いえ……」


 それっきりノアは黙り込んでしまう。

 まあ、緊張しているんだろう。


 そんな事より今はノアの力を引き出す方法を考えねば……。


「なあノア、ちょっと聞いてもいいかな?」


「な、なんでしょうっ」


 俺が声をかけると、ノアの肩がびくっと震える。

 怖がりすぎでしょ……。


「ノアは自分の能力に気づいているか?」


「……はい?」


 意味が分からない、といった様子だ。

 やっぱ最初から知っているわけではないのか?


「君は魔法を使えるんだよ、心当たりはないか?」


「まほう……?」


「そう、魔法だ。魔術じゃないぞ? 君はね、運命を司る天使の生まれ変わりなんだ」


 取り敢えず全部説明してみよう。

 何か起きるかもしれない。


「てんし……」


「そう、天使だ。だから君にはその能力が備わっている。心当たりは本当に無いか?」


「わかんない、です……」


 やばい、俺の事を見る目がどんどん不審者へのそれになっていく。

 突然魔法だの天使だの言い出したんだから当然っちゃ当然か……。


「あり得ない願いが叶ったとか、運がいいとよく言われるとか、なんでもいいんだ」


「運は……よかったらこんなことにはなってない、と思います」


 そう言って俯いてしまう。

 き、きまずい……。

 そりゃそうか。

運がよかったら奴隷になんてなるはずないよな。


「で、でもっ! おねがいごとは、叶った、かも?」


「本当か!? どんな願いなんだ?」


「こわい思い、しなくてすむようにって……ずっとおねがいしてたの」


 うーん。

 実に曖昧だ。

 俺がこの子を買ったことで概ねその願いは叶っていえると言えなくもない、のか?

 

「その時、なんか魔法を使った感覚はあったか?」


「わかんない……でも、数字はへったよ? じゃない、へりました」


「数字?」


 ……数字ってなんだ?

 ノアはキョトンとしている。

 なんでわからないの?とでも言っているような顔だ。


「てのひらに書いてるやつ……」


「見せてもらえるか?」


「わかった……りました」

 

ノアがてのひらをこちらに向ける。

数字なんて書いてないな。

もしかして、ノアにだけ見えている。

ということはもしかして……。


「俺には見えないな、なんて書いてあるのか読めるか?」


「えと、17300って……昨日までは100000って書いてありました……」


 消費した、ってことか?

 なんらかの数値を消費して、何かしらの幸運を引き起こしたのか?

 ……試してみるか。


「ノア、試しに俺の願いを叶えてくれないか」


「できるかわかんないけど……わかりました」


「よし、じゃあそうだなぁ……」


 できるだけ簡単でわかりやすいことがいいな。

 まあ、あれでいいか。

 こういう時は“あれ”だと相場が決まってる。


「ジルのパンツが見たい!」


「うぇ!? わ、わかりました……がんばりますっ」


 ノアが顔を赤くしながら目を閉じる。

 うん、やっぱくだらない願いと言えばこういうのだろう 


「なにくだらない事を仰っているんですか?」


 扉が開き、冷たい目をしたジルが部屋に入って来る。

 どうやら全部聞かれていたようだ。


「いやー、俺も年頃だから……」


「はぁ……全く、まだあなたは10歳ではないですか」


 ジルがあきれたようにお説教しながらこちらに向かってくる途中、何かに躓き盛大にこけた。

 スカートがはだけ、足を広げて倒れこむ。

 その瞬間、俺にははっきりと見えた。


「黒のレース……」


 ジルが一瞬だけ顔を赤らめうつむく。

 だが、数秒後には何事もなかったかのように立ち上がる。


「……申し訳ありません、お目汚しいたしました」


「い、いや……大丈夫?」


「問題ありません、私の不注意です」


 どうやら怪我は無さそうだ。

 でも、これってつまりそういうことだよな……?


「ノア、数字は?」


「17290、です……」


 減ってる。

 つまり、これは間違いなく……。


「わたしの、まほう……?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る