第4話 ノア

 油断すれば魅入られてしまいそうだ。

 それくらい、目の前にいる少女は美しかった。

 見た目もそうだが、なによりも纏っているオーラが人間のそれとは違うように感じる。

 これが、天使なのか。


「歳は10歳、見た目は御覧の通り。ご希望に沿えそうですか?」


「少し話してみてもいいかな?」


「ええ、もちろん」


 商人の許可を得て少女に近づく。

 檻越しに顔を合わせると、血のように赤い真紅の瞳をこちらに向けて来る。

 

「やあ」


「こ、こんにちは……あれ、こんばんは? ……おはようございます?」


「こんにちはかな、まだお昼だ」


「そ、そうですか……えと、その、えっと」


 か細いけど綺麗な声だ。

時折商人の方に目を向けながら言葉を紡いでいる。

 

「大丈夫、落ち着いて?」


「は、はいっ……。ノア、です。苗字は無いです。家事はお母さんにならったのでちょっとならで、できます。えと、読み書きは……それもちょっとだけ」


 意外だ、少しではあれど読み書きは出来るのか。

 確か田舎の小さな村出身で、奴隷狩りで連れてこられたはずだけど……。

 意外とこの国は識字率が高い?

ゲームではその辺細かく描写されてないしよくわからんな。


「え、えっちな事はまだほとんどわかりません……べんきょう中、です……。でも、がんばって……その、がんばりますっ」


 俺、というか“客“に買われようと必死にアピールしている。

 そう“教育”を受けてきたんだろう。

 

「ふむ……」


 見た所まだ戦闘能力があるようには見えない。

 恐らく、何かきっかけを得て覚醒するんだろう。

 負の感情がキーなんだろうか?

 わからない、ゲーム内の描写もものすごく曖昧だったし……。


 そもそも神だとか天使だとかの設定はゲーム内ではかなりぼかして扱われていた。

 設定が固まっていないか、若しくは意図的に隠していたのか。

 いずれにせよ、まずはそこをどうにかしないとな。


「ノア、忘れてるよ」


「えっ……あっ」

 

 しばらく黙っていたせいで俺が購入を迷っていると感じたのか、商人がほんの少し怒気を込めて注意する。

 なにか他にセールスポイントでもあるのか?


「えと、えっと、しょ、処女です……!ちゅー……じゃなかった。きすもしたことのないまっさらなわたしをあなたにささげますっ」


 そう言って頭を床に擦りつける。

 おいおい、この子……俺と同い年だぞ。

 倫理的にまずいだろ、色々と。


 そもそも綺麗だとは思うが10歳の子に性欲は感じないし、ましてや処女がどうとか言われても困る。

 とにかくこの子にはそういう性的な目的じゃなくティロの代わりの護衛としての役割を果たしてもらわねばならんのだ。


「ルイス様、やはりこのような物を購入するのはお早いのではないでしょうか」


 ジルが俺の横に立ち苦言を呈してくる。

 10歳の男の子が同い年の性奴隷を買おうとしているんだから至極まっとうな判断だろう。


 ていうか、こんな性奴隷感を前面に押し出したアピールをされて買っちゃったら俺完全にそれ目的で買った人に見えるじゃねーか。


 最悪だ……。

 でもここで買わないのはまずい。間違いなく、近い将来娼館や変態貴族に買われることになるだろう。

 

 そうなればもう遅いし、何より世界が危ない。

 そう、そうだ。

 ここでこの子を買わなければ世界が危ないんだ。

だから仕方ない。

購入後に態度で示せばいいんだ。

 うんうん、きっとジルならわかってくれるよ。


「いや、ジル。俺はこの子を買うよ」


「……わかりました」


「決して性奴隷目的じゃないからな!」


「……お父上にはそう伝えておきます」


 あー、ぜんっぜん信じてくれてない。

 でも問題ない。

 俺がノアに優しく友達として接していれば俺が言っていたことが嘘じゃないと伝わるはずだ。

 ようは手を出さなきゃいいんだ。

 俺は10歳に手を出すペド野郎じゃないから心配ないな!


「値段を聞いても?」


「プロセント金貨3枚になります」


 な、中々するな……。

 プロセントってのは、うちの国の名前。

 大体金貨1枚あれば1人扶持と言わるから、まあ大体日本円で200万円くらいの価値だ。

 つまりノアは600万円って事。


 人を一人買うのに600万円。

 高いか安いかはあなた次第だ。


「買おう。ヴォイマン男爵宛てに請求してくれ」


「かしこまりました」


 取り敢えず父上宛てに請求してもらう事にした。

 男爵ともなればこのくらいの額出してくれるだろ。

 出してくれるよな??


「説明はご自分でなさってください」


「はい……」


 心なしかジルの態度が冷たい気がする。

 多分、気のせいではない。


 そんな冷えたやり取りをしていると、檻からノアが出て来る。

 みすぼらしい布を一枚だけきた哀れな姿だ。

 よーし、俺がたくさん良い服着せて美味いもん食わせて甘やかしてやる。

 その代わり俺を守ってくれ。


 頼む、頼むぞ……!


「よろしくおねがいしまっす……」


 まだ緊張してるのかどことなくイントネーションが変だけど気にしないでおこう。

 細い体を震わせているのが見える。

 まあ当然か。

性奴隷として買われたからにはこれから何をされるてどんな目に合うか、この年でも想像はできてしまうだろう。

 

 俺はそんなことしないけどな!?

けど守ってよ、俺の事!頼むよ!?


「さ、行こうか」


「は、はいっ」


 ノアの小さな手を握る。

 俺も10歳で手も体も小さい。

残念ながら、よくある漫画みたいに恰好はつかない。

 それでも、なんとなく自分が物語の登場人物になれたような気分がした。 




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