第3話 それいけ奴隷市場

 饐えた匂いのするじめじめした暗い道。

 日の当たらないカビの生えた通りをぬけ、ようやっと少しだけ活気のある道に出る。

 歩いている奴らの目は明らかに生気が薄く、それでいて猛獣のようにギラついている。


「ルイス様、お気を付けください。この街は屑共で溢れています」


「ちゃんと守ってね」


「もちろん。ですので、どうか私の手を放さぬよう」


 そう言ってジルが俺の手をぎゅっと握る。

 俺たちは今、奴隷市場へと向かっている。


 悪役貴族の領地らしく、わが街には賭場に娼館、そして奴隷市場と悪そうなものは全部そろってる。


 ところで、裏ボスと言われてピンとくる人はどれくらい居るんだろうか。

 本編クリア後に出てくる隠された敵で、作中最強キャラが務める花形キャラクター。

 ラスボスはあくまでもプレイヤーに成功体験を与えるためのキャラだが、裏ボスはこれでもかと強力に作られ、やりこんだ一部のプレイヤーでなければクリア出来ないキャラが多い。


 アルド戦記はエロゲでありながらSRPGの要素も加えられた作品で、ゲーム部分の面白さも評価された理由の一つだ。


 もちろん、このゲームにも裏ボスは存在している。

 ノアと呼ばれる奴隷の少女だ。

 主人公と同い年で、奴隷娼婦として過ごす不憫でなんの力もない少女。


 だがその正体は記憶をなくし下界にやってきた“運命の使徒“と呼ばれる大天使だ。

 運命を司るその天使は、己の魂が穢れていない事を神に証明するため記憶を消し人間へと転生し下界へと降りたのだ。

 そうすることでより高位の天使へと昇り詰めることが出来る。

 

 しかし、運命を司るはずの天使は不幸にも転生後に出来た親友と共に奴隷となり、娼婦になってしまった。

 

 そして、自分と同じ運命を辿っているはずの幼馴染が幸せそうに暮らしているのを発見し、怒りと嫉妬で魂が穢れ堕天してしまう。


 俺が10歳のこの時期なら、恐らく奴隷として売られている。

 たしか作中設定的にそうなっていたはずだ。

 

 堕天したノアは天使としての能力、“運命の魔法“を使うことができる。

 その魔法は信じられないほど強力で、端的に言えば確率操作だ。


 他人を不幸にし、自分を幸福にすることができる。

 ゲーム的に言えばこちらの必中以外の攻撃はすべて外れ、相手の攻撃はすべて必中&クリティカルになる。

 他にもいろいろと壊れているが、兎に角めちゃくちゃチート級の能力をもつぶっ壊れボスだ。


 俺も倒すのに苦労したものだ……。

 ていうかまず出現条件を満たすのが大変すぎた。


 そんなノアを買い取り奴隷にする。

 それが俺の考えた最強の自衛方法だ。


「それにしても、奴隷なんて買ってどうなさるんですか?」


「いいだろ、俺だって一人くらい欲しいんだよ」


「はぁ……雑用や護衛なら私に任せてくださればいくらでもしますのに」


 ジルが呆れたようにため息をつく。

 この子も実は結構強キャラで、wikiのtier表でもAという高評価だ。

 ちなみにティロはtierGODだ。

 比べられるキャラはいない。


 しかーし!

 ノアはプレイアブルキャラじゃないからな、操作可能ならティロよりも上なのは間違いない。


「見えてきましたよ」


「おおー! なかなか風情があるじゃないか」


 周りには築何十年かもわからないような古くてぼろい家が立ち並んでいるが、一つだけ目を引く大きな建物がある。

 石造りの堅牢な様子は物々しく威圧的だ。

 数人の衛兵と、幾分か身なりの良いごろつきが入り口にたむろし、その周りには丸々と太った商人らしき男たちが馬車を引いている。

 きっとあの中に大量の奴隷が入っているんだろう。


 うん、いい感じに屑な雰囲気が出てるな。

 悪役貴族の領地はこうでないと。

 いいねぇ、異世界って感じ。


「おい、ガキの見世物じゃないぞ」


 物珍しくてついつい建物を見ていると、衛兵が睨みつけながら追い払おうとしてくる。

 俺一応この街の領主の息子なのに、顔覚えられてないのか……。

 仕方ないよな、三男だし。

 

 この時期のルイスは相当立場が弱い。

 兄二人に弟一人の四人兄弟。

 たかが男爵家に四人分も領地はないので、俺はこのままだとわずかばかりの金と共に土地なし騎士になるんだ。


 まあ、兄弟全員“謎の死”をとげるんだけどね。

 作中でも原因は明らかになっていないが、タイミング的に間違いなくルイスがやったんだろうなぁ。


「次に無礼な口をきいてみなさい、二度と喋れなくしてやります」


 ジルが低い声で衛兵を脅す。

 その言葉に衛兵は一瞬顔を赤くするが、すぐに青ざめていく。

 

「大変申し訳ございませんでした! 領主様の……」


 俺がだれかわかったんだろう。

 頭を下げ、許しを請うてくる。


「いいからいいから、中に案内しておくれ」


「寛大なお心遣い、ありがとうございますっ」


 衛兵の足が酷く震えている。

 ジルも意外さそうな表情でこちらを見て来る。

 あー。

 多分“本来のルイス”なら殺してたんだろうな……。


 衛兵の案内の元、奴隷市場を歩く。

 妙に豪華な絨毯が敷かれ、まっすぐ奥へと綺麗な道が続いている。

 この建物の中に4つの店と一つの競売所が並ぶ中々大きな市場だ。

 ちなみに、各店によって扱われている奴隷の種類が違うらしい。


「る、ルイス様はどのような奴隷をお探しで?」


 衛兵が緊張した面持ち尋ねて来る。

 ノアってどんな感じの見た目だっけか……。


「えーっと、白髪で目が赤くて、歳は俺と同じくらい。そんな感じの奴隷はいないか?」


「ず、随分と限定的ですね」


「そういう子が好みなんだ」


 と、いう事にしておこう。

 まあ実際ノアの見た目は結構かわいくてキャラ人気も高い。

 白髪キャラも嫌いじゃない。


「ルイス様、まさか性奴隷を買うおつもりなんですか?」


 ジルが目を細め顔をこちらにむける。

 文句が100個くらい出てきそうな顔をしてるな……。


「いやいや、ほら……と、友達が欲しくて」


「……」


 無言で顔を見つめるの辞めてほしいなぁ……。

 わかってるよ、だいぶ苦しい言い訳だよっ。


「まあ、良いです。今回は見逃します」


「ありがとう、ジル」


 どうやら許してくれたらしい。

 ジルも強力なキャラだからなんとか味方にしておきたい。

 それに何よりかわいい女の子に嫌われたくはない。


「ルイス様のご希望の奴隷なら、恐らくゼリア商会に行けば満足していただけるかと思います」


 あー、ゼリア商会は確か性奴隷専門の店だな。

 ジルの顔がどんどん鬼の形相に近づいていく。

 顔を見ないようにしよう……。


「ずいぶん都合よく居る者ですね」


「確かに、知っていらしたのですか?」


「いや、たまたまだよ。入荷待ちするつもりだったし」


 実際本当にたまたまだ。

 なにせ転生に気づいてから1日とたっていないし。


「さあ、こちらです」


 衛兵に案内されゼリア商会のある部屋にたどり着く。

 扉の前の廊下から既になんだかいい匂いが広がっている。

 この扉を開けた先に何があるかを伝えているようだ。

 

「ルイス様、魅了の魔術にお気を付けください」


「大丈夫だよ」


扉が開き褐色で色気のある女が外に出て来る。

部屋の中には豪華な家具が並び、羽振りの良さをうかがわせる。

 

「いらっしゃいませ、ゼリア商会にようこそ」


「あなたがこの店の主人ですか?」


「ええ、女の目利きは女にしか出来ませんもの」


 そういうものなのか。

 確かに、同性じゃないと判断つかないことは多そうだ。


「妙な事をすれば殺します」


「そんなことするわけありませんわ」


 ジルの脅しに商人が余裕綽々といった様子で答える。

 俺だったらビビッて声でないな……。


「ご希望は既に通っております。すぐにご案内いたしますのでこちらへ」


「……まだ、あなたには何も言っていませんが?」


 ジルが商人を睨みつける。

 不思議だ、この商人はどうやって俺の希望を知ったんだ?


「お客様がたのご希望にすぐにこたえられるよう、建物中に耳がありますの」


「盗聴魔術ですか、気分が悪いですね」


「ふふふ……」


 商人は否定も肯定もせず店の奥へと歩いてく。

 魔術って便利だなぁ……。


 まあここで怒っても仕方ない、俺たちもついていくとしよう。

 気を取り直し、店の奥へと入る。


 扉の先、店の奥には今までの豪華な雰囲気と違う、暗くよどんだ空気が流れている。

 甘ったるい匂いが纏わりつくように漂い、気分が悪くなる。


 檻の中に裸の女が並び、そのどれもが絶望に打ちひしがれている。

 ああ、ここは間違いなく地獄だ。

 それだけはわかる。


「あちらです」


 商人が小さな檻を指さす。

 導きに従い、檻の中を見る。


「これは……」


 雪のように白く透き通る長い髪、引き込まれるような赤い瞳。

 触れれば折れてしまうような華奢な身体を小さく丸め、ぶつぶつと何かを呟きながらまっすぐ前を見つめる少女。


 とても天使とは思えない風貌。

けれど、ひと目でわかった。

 この子が“アルド戦記”の裏ボス、“運命の使徒”ノアだ。


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