第二十四話 謎解きの終わり

西藤さいとうさんのことが、不思議とわかるアレですか」

 有江ありえが、確認する。

「いや、違います。西藤さんは、事前に地図を片付けたりと準備をしています。結果的に場所は違っていたのですが、ゲートを開く自信は相当あったはずです」

「どうして、自信があったとわかるのですか」

「西藤さんは、自分の命をしてまで臨んではいないはずです。誰もそんなことはしません。肉体ごと別世界に移動できると考えていたのではないでしょうか。部屋からいなくなり、行方が分からなくなったと知れたとき、何を調べていたのか、何をしようとしていたのか、誰にも気づかれないよう、事前に地図を片付けたのだと思います」

「一理ありますが、西藤さんが『中秋の名月のときではない』と思っていた説明にはなっていませんね」

 愛永まなえが指摘する。酔ってはいるが、まだまだ鋭い。

 対するダンテは、やはり黙らない。

「それだけ自信があったのですから『場所』はともかく『時』は合っていたのではないかと思うのです。二千二十三年六月二日は、一見なんでもない満月ですが、実のところ、その日の満月でないといけなかったのかもしれません」


「どんな満月なのですか」

 どうにもダンテの話は回りくどいと有江は思った。

「その日の満月は、月出の時刻十六時五十二分、出の方位角百十二度、南中時刻二十二時十四分、南中高度三十三度、月入の時刻二時五十四分、入の方位角二百五十一度でした」

 ダンテが、パソコン上のメモを読むと、陽人はるとが目を丸くして言った。

「ほとんど呪文のようでしたが『なんちゅう時刻二十二時十四分』は、西藤さんの死亡時刻と一致します」


「南中時刻は、月が真南、うまの方角に昇る時刻です――」

 ダンテが、一呼吸置いたその隙に、愛永がまとめてしまう。

「月見岩から南に見える富士山の上に月が昇る瞬間ですね。つまり、ゲートが開く条件は『満月が三十三度の高度で南中する』となるのではないかということです」

「仁程度さん、二度もひどいです」

 ダンテは、大見得を切る場面を愛永に持っていかれて拗ねている。


「しかし、これだって満月の南中時刻と西藤さんの死亡時刻が一致したという証拠ひとつだけですよ」

 陽人が警官の顔に戻り指摘する。


「そうですね。これを見てくさい」

 ダンテは、パソコン上に写真を表示した。

 季節は秋、枯草の斜面に三角形の角を上にしたような大きな岩がある。手前の木々は葉を落としているが、遠くに針葉樹が見える。空は青く高い。記念写真なのだろう、岩の手前に人が立ってカメラの方を向いている。

 岩は、写真に写る人物の背丈から三メートルほどの高さはあるようだ。

「これが、月見岩です。写真左側のなだらかな斜面の方が北になります。この斜面に立って望む月は、さぞかし奇麗なのでしょうね」

「ただの岩にしか見えませんね」

 岩の周囲はひらけていて、おどろおどろしい雰囲気はまったくない。有江は、見たままの感想を述べた。

「写真で見る限り、岩に穴や亀裂があって人が入れるとかできそうにないですね。岩自体がゲートである可能性は低そうです」

「では、岩自体に秘密はない?」

 有江は、岩に秘密があると言っていたダンテを見た。


「満月との関係を調べてみました。斜面にある岩なのでわかりにくいのですが、こうして写真を回転させると岩の斜面は三十三度であることがわかります」

 ダンテは、写真を十度、二十度と回転させていき、三十三度のときに斜面が水平になることを説明した。他の写真でも確かめましたとダンテは同じように回転させた写真を三枚表示する。

「西藤さんが見上げていた月の高度と、月見岩の斜度は同じ三十三度、月見岩の斜面の先に月が浮かぶのです」


「絵的には素敵だけど、まだまだ、こじつけ感が強いなあ」

 愛永がつぶやく。


「ゲートが開く条件が『満月が三十三度の高度で南中する』である証拠は、残念ながらこれだけです。しかし、この三十三という数字に私は運命を感じるのです」

 ダンテのグラスは空になっている。

 全員が、赤ワインを注文する。


「以前、私は3という数字を大切にしていると言いました。『神曲』は三行で一句とする三韻句法だったり、地獄篇、煉獄篇、天国篇を三十三歌で構成し、地獄篇の冒頭一歌と合わせて百歌としたりしています。これは、私がことさら3好きというわけではなく、キリスト教における神とキリストと聖霊は一体であるという『三位一体さんみいったい』の教えを具現化しようとしたからなのです」

 ダンテは、三人を見回し話を続ける。

「そもそも、世界は3が好きです。世界三大なんとか、三賢人、三点セット、ジャンケンの三すくみなど枚挙にいとまがありません。仏教においても欲界よっかい・色界・無色界の『三界』、全ての存在は、無常・苦・無我であるという『三相』、そして、苦しみの世界である地獄道・餓鬼道・畜生道の『三途』などが挙げられます。三十三という数字にしても、観音菩薩の三十三変化や蓮華王院三十三間堂など不思議と一致するのです」

「状況証拠だけですが、説得力はありますね」

 ダンテの説明を聞いて、陽人は信じ切った様子だ。

 そうなんだろうと有江も思っている。

 残る愛永が口を開いた。

「仏教には、過去世・現在世・未来世のことをいう『三世さんぜ』という言葉がありましたよね。『日本宗教調世会』の『調世』は、世界を調査するという意味かと思っていたのですが、三世を調査する、あるいは調整するという意味なのかもしれませんね」


 ダンテは、黙り込んだ。


「次に月見岩から望む月の南中高度が三十三度になる日はいつなのですか」

 有江は話題を戻した。

 食事は終わっていて、これ以上、話が伸びては全員酔いつぶれてしまいそうだ。

「二千二十四年は、五月二十二日の二十二時五十分に高度三十三度で南中します。ちなみに、今年の中秋の名月である九月十七日は、二十三時十五分に高度四十七度で南中するので、やはり、予想からは外したいですね」

「その日時に月見岩から望む富士山の真上に満月が昇るとき、何かが起きる……素敵です」

 有江は、ぜひ行ってみたいと思った。たとえ何も起こらなかったとしても、その眺めはこの上なく素晴らしいものであることは容易に想像できる。


「次は、アウトドアですね。休暇取れるように調整します」

 陽人は張り切っている。

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