第三章

「私は、この古い図書館が好き。いつまでもそばにいるって、再確認させてくれるから。」


「俺も、この図書館が好きになった。ありがとう。美咲。とても貴重な時間だった。」


久しぶりにしっかり美咲と話せたからか、あの日からずっと寝覚めが良い。


「たーりーららぱー、サウンドるんるーん」


昨日、にんじんの大きさも俺好み、じゃがいもの大きさも俺好み!そしてカレールーの味付けもチョー俺好みのカレーが出来上がったのだ!


「ぱんを〜焼く俺の気持ちもほかほか〜」


そんな最強のカレーをちょっと焼いたパンの上にかけて優雅に朝食をとる。


「ん〜!うめえ!!」


傑作すぎる。

今日は快晴でしょう・・・と流れるテレビを横目に飯を食い終わった後。

「5人分振舞うために」頑張って仕込んだオシャレキャンプ料理と、自分のキャンプセットに忘れ物がないか目を通す。


実は今日、俺のお料理スキル披露宴を開催するために、まさかまさかのキャンプを行うことになったのだ!


食堂で交流して以来、山田と美咲、美咲のお友達の佐藤さん、鈴木さん、そして俺の5人グループで集まることが多くなった。

そんなある日、授業中なんかキャンプの話題で盛り上がったので、後ろ席の山田からツンツンとお誘いを受けたのだ。


「花村さんと鈴木さん、佐藤さんと仲良くなるために、矢部、キャンプやろうぜ!」


そのときの山田の顔は形容し難いが、なんというかとてつもなく夢を語る少年のようだった。


「ふっ・・・あんときの顔面白かったな・・・」


間違いなく今回のキャンプで山田は女の子、おそらく美咲にアタックするだろう。

そんな顔だった。


ふっ、くくく・・・。と

思い出し笑いが乗ってきたときにピロンとメールが鳴る。


「みんな準備終わったー?」


「もちろん」


「(黒いイソギンチャクがグッと親指を立てるスタンプ)」


「何そのスタンプw」


「あ!俺知ってる!それロゼおばじゃん!」


「私も知ってる!」


「んじゃ、そろそろ駅行くわ」


「(黒いイソギンチャクがクロールと共に今いくの文字のスタンプ)」


おそらくみんな、準備が終わって駅に向かうようだ。


俺も行くか!

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駅に向かうと、


「おーーい!矢部ー!!」


と元気に俺を呼ぶ声が。俺は声が聞こえる方向へ返事をしながら向かうと、


・・・キャンプガチ勢の格好をした山田がいた。

なんかいっぱいポケットがついたベスト、次にガッチリしてそうなカーゴパンツ。

しかも靴底がなんか強そうな靴。

・・・あれ?キャンプってロープウェー的なもので向かうんじゃないんですか?


「ちゃんと飯の用意してきたんだよな〜?」


山田は半目で、俺を揶揄うような顔で言う。

俺はガチ山を登るのかちょっと心配になった。

不安になった俺は山田に自分の格好が山に適応できるのか相談していた頃、

急に山田の目に光を宿し全力で腕を振り出したのでその方向に目を向けると、


すっごいかわいい女の子たちが集合してた。


左からかわいいピンクのチェックパンツに短パンで、キャンプ感を出しつつもおしゃれを忘れていない、軽やかに手を振っている佐藤さん。


次にシンプルなTシャツにデニムパンツ、そしてアウトドア仕様のスニーカーを履き、しっかりした装備の中におしゃれも残し、

「準備万端!」といった表情をした鈴木さん。


そして、淡い色のワンピースに薄手のパーカーを羽織り、歩きやすいスニーカー。

アウトドアを楽しむ気持ちがありつつ、そして柔らかい雰囲気を醸し出し、髪を少し結んで動きやすさを考えた格好をした美咲。


山田の深いため息が聞こえないふりをしながら、みんなで電車でキャンプ場に向かった。


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電車が山々の風景をバッサリぶった切るように進む中、俺たちは対面式の座席に座ることができた。


俺と山田、向かい側に佐藤さん、鈴木さん、美咲と座っているので、俺は緊張して仕方ない。

俺はちらりとみんなの顔を見る。

余裕そうに目を合わせてくる美咲と、ちょっと顔が赤い鈴木さん。髪をいじって顔を背ける佐藤さん。

山田は言わずもなが。

なんか美咲以外はみんな揃ってソワソワしていた。



・・・もうなんか、アレすぎて緊張する。



「これ、猛烈に青春・・・いや、ぶっちゃけ合コンしすぎじゃね?」


耳打ちで我慢してたことを言うな山田!

俺は顔が熱くなって山田に肘で突く。


「ぷっ・・・!」


なんか聞こえてたのか、俺らのバカっぷりが面白かったのかわからんが美咲が吹き出し、ますます俺たちの空気が甘酸っぱいくすぐったさに包まれる。


この恥ずかしい空気を打破するために

何か閃いた鈴木さんが鞄からトランプを取り出す。


「トランプしよう!」


「や、やろやろっ!」


「や、やろうぜ!」


「ええ。構わないわ。・・・ね?矢部くん?」


「うぇ?あ、ああ!」


「お、俺ババ抜きしたい!」と山田が提案。


ババ抜きが始まった。


まず山田。カードを取るときも取られる時も、まあ取るのが俺だからと言うこともあるだろうが、毎回ババを引いたり引かれたりしたようなリアクションをするので困る。


佐藤さんは山田にヤキモキする俺のことが面白いのかずっとツボにハマってた。

「ふふふふっ・・・!」とずっと笑っているから空気を和ませてくれる。


次に鈴木さん。彼女はとっても顔に出る。

揃った時もババを引いた時も隠せてない。

美咲がカードを取るときに少し躊躇っていたりして面白かった。


そして美咲。新入生代表になるのもうなずけるほど、毎度ババ抜きをすると高確率で一番上がりをする。

昔はだいぶ顔に出ていたと思うのだが、巧みにカードを捌く姿はあまりにも強いと言わざるを得なかった。


・・・うむ。これはとても面白い。


こんなにババ抜きって性格がわかるもんなの?


なんか目的地終盤に差し掛かるまでずっと白熱した。


「花村さんつえー!」と山田が驚いて声をあげる。


「そんなに得意じゃないけどね。」と美咲が控えめに微笑む。

佐藤さんも鈴木さんも美咲をすごいすごいと褒め称える。


こうして恥ずかしい空気も和らいできた頃、電車が俺たちのキャンプ場についたことを連絡する。


ついに俺の料理スキルに火をつけるチャンスが訪れる!!!!!!!!!!!


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キャンプ場「秘密の楽園」。

清々しい山の空気、鳥のさえずりが俺たちを歓迎する。

景色は緑に囲まれ、川のせせらぎが気持ちいい。


「やっぱ有名どころだから人も多いなー。」

と山田が感嘆の声を上げる。


山田曰く、ここのキャンプ場は名前の割には秘密が漏れているので、人が多いから好きだと言う。

なんかユーモアを感じる。


俺たちはキャンプサイトへむかうと、

山田が率先してテントを立て始めた。やはりさすがと言うべきか。俺たちが手持ち無沙汰になることなくキャンプに必要なあれやこれやを準備する。


そうしてテントが整ってきた頃。


ピクニックテーブルをセッティングできた頃、机を囲んでみんなで一息をつく。


「この場所、なかなか良いわね。」

と美咲が微笑み、


「うん。すごく落ち着く・・・。」

と佐藤さん。


ちょっとうとうとしながら、リラックスした表情をしていた鈴木さん。


キャンプ場の雰囲気に、自然と和む。


ひと段落した後、

山田が俺にアイコンタクトを送ってきた。


ああ、準備OKだ。


俺はそれに応えるようにバッグから今日のために仕込んでいたホイル物とスペアリブを取り出す。

調理用の器具や食材をテーブルに並べていると、みんなが興味津々で見守っている。


「お待たせしました。俺、矢部のお料理披露宴にお集まり、ありがとうございます。」


と俺が言うとみんなの期待の眼差しが集まる。


「矢部くん、どんな料理を作るのかしら?」と美咲が興味津々できく。


「美咲さん、今回はこのホイル焼きとスペアリブをメインに、デザートにバナナボートとスモアをお料理させていただく予定です。」

と説明する。


「わあっ、美味しそう!」と鈴木さんが目を輝かせる。


そんな俺の説明を聞きながら、山田がキャンプファイヤー用の焚火の準備を整えたので、俺は早速料理を始める。

前日に作っておいたホイルを火にかけ、スペアリブをグリルで焼き始める。

煙が立ち上り、美味しい香りが広がっていく。みんなが話に花を咲かせながら、今か今かと期待を寄せている。


「さあ!完成だ!」


キャンプ場の夕暮れが落ちる中、テーブルに囲んでいたみんなのもとへ、俺の自信作を並べていく。
焼き立てのスペアリブやホイル焼きの香ばしい匂いが広がり、みんなの期待が広まるのがよくわかる。


俺が料理を取り分けると、みんなが嬉しそうにプレートに乗せていく。

みんなで「いただきます」と言って一口食べる。するとみんなが俺を口々に褒め出した。


「わあなにこれ美味しい!」


「おいマジかよ矢部!お前才能あるんじゃね!」


「な、涙出そう・・・」


みんな嬉しそうに俺の料理を口に含む。

そんな中、美咲がうっとりとしながらボソリと呟く。


「・・・浩二くん。前より上手になったわね。」


その言葉に、少し照れ臭くなったけど、嬉しくなった。

そうだ。昔、俺は美咲に料理を振る舞ったことがあったんだ。


「み、美咲・・・。覚えててくれたのか?」


「ええ、・・・だって、忘れるわけないでしょ。」


しみじみとして目頭が熱くなってるときに

山田がふと顔をしかめ、揶揄うように言う。


「あれ?これ俺たちお邪魔だったか?」


その言葉に美咲がちょっと照れながらも微笑んで応える。


「そんなことないわよ。みんなで一緒に机を囲むの、・・・好きだし。」


その言葉に鈴木さんと佐藤さんも反応して軽く笑い合う。


「ほんとに。なんだか温かい気持ちになる。」


「そうそう。ありがとうやべくん!」


へへっ。ほんとに成功してよかった。

ディナーを終えた頃。

俺と美咲の会話が耳に残ったのか、そのあとは俺と美咲の関係が気になっている風の3人からの質問が絶えなかった。


その結果、俺と美咲が昔馴染みであることがこのグループに知れ渡ることになったのだ。


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キャンプ場の夜。星空が広がり、キャンプファイヤーの火が揺らめく中、みんなで楽しんでいると、自然と心が落ち着いてくる。

デザートを食べながら、俺と美咲は少し離れた場所に座って、ゆっくりとした時間を過ごしていた。


「浩二くん。こうしてキャンプを楽しむのは、久しぶりね。」


美咲が穏やかな笑顔で言うと、俺は照れ臭いのを隠さずに笑いながら答えた。


「ああ、久しぶりだな。あの頃はただ楽しいってだけでなんも考えてなかったけどな。」


美咲が少し考え込みながら言った。


「そうね。あの頃は、ただ一緒に過ごすだけで幸せだった。一緒の登下校、そして、こうして一緒に夜空を見上げる時間が特別だったわ。」


俺は目を閉じて、あの頃の記憶を思い出す。


確か、美咲んちと俺んちでキャンプに行って、こうして夜空を眺めながら二人の時間を過ごしていたな。


あの時から、俺は美咲のことがすきだったんだろうと、今なら確信する。


「ははっ、覚えてるよ俺も。美咲と過ごす時間が、何より大切だったんだ。」


そんな中、左手を優しく握られる。


驚いて美咲の方を向くと、彼女は頬を少し赤らめながら、感情のこもった目で俺を見つめ返してきた。


「私も、大切に思ってる。・・・今も、こうして一緒にいることが、幸せだって、感じる。」


その言葉で、心が暖かくなる。


だが、黒く淀んだ罪の意識が反応する。


「・・・今の時間がずっと続けばいいのに。」


美咲がほんの少し目を伏せると、彼女が俺の手を強く握りしめる。美咲の気持ちが伝わってくる。


「・・・浩二くん。もし、もしだよ?」


「・・・もし?」


「もし、よりを、戻したいって、思ってくれてるなら・・・。」


美咲が声を震わせ、言葉を続ける。

その目には、わずかに涙が浮かんでいる。


「私、ずっと、あなたの側にいたい。

・・・私だけの、浩二くんでいて欲しい。」


どきっと、美咲の言葉にどこか心が引っ掛かりを覚える。


その言葉に込められた深い感情が、俺の心に圧をかける。


美咲の手が、俺の手をさらに強く握りしめ、その瞳には強い決意と僅かな不安が映る。

彼女の胸の内から溢れ出す感情が、次第に言葉になって溢れ出す。


「私ね、ずぅっとあなたの事が忘れられなかったの。だって、だって・・・。」


次第に声が震え、涙が頬を伝っていく。


「あんな別れ方嫌だった。わかっていたつもりでも、納得いかなかった。」


肩がだんだんと震えていく。


「あなたが、あなたが他の誰かにいじめられているか考えてしまったり、不安で、嫌で。

それに・・・ずっと、ずっと・・・!」


涙がこぼれ落ち、苦しさを吐露する。


「私、私っ・・・。」


切なさが滲み出る。


「・・・絶対に、嫌だから。」


言葉が、俺の心の奥深くに響く。


「好きで、好きで、大好きで。」


もはや嗚咽となり、涙が止まらない。


「・・・浩二くん、浩二くんが好き。」


美咲の涙まじりの言葉が、心の奥深くに押し込んだ感情に深く突き刺さる。

あの頃の俺たちは、ただ一緒にいるだけで幸せだった。



・・・しかし、彼女を押し離した今の俺には、美咲の手を握り返す資格なんてない。


彼女を守れなかった罪が、ぞくぞくと俺の体を重くする。


「・・・。」


声を、かけることさえ、今の俺には重すぎた。

美咲を守れなかった自分を責める声が心の中で渦巻いてくる。

あの時の恐怖と、不安が、心に刺さったトゲを抜く。


もっと何か、行動できていれば変わったのかもしれない。

今からでも、遅くない、はずなのに。


「俺・・・」


言葉が詰まる。

今からでも遅くないはずなんだ。


簡単な、了承の返事。


俺も、返すだけなんだ・・・。


「俺、まだ・・・」


美咲の瞳に宿る涙と共に、彼女の心が壊れてしまうんじゃないかという恐れが、俺を動けなくする。


ごめん、・・・ごめん。


また、なにもできない自分がいる。

このせいで美咲がまた傷ついてしまう。


「美咲、ごめん・・・。」


俺は、臆病者だ。君の心を受け止める強さが、今の俺にはない。

美咲の心に届く言葉を言えない俺自身が、情けなくて仕方なかった。


「・・・」


美咲はなにも言わず、俺を見つめていた。

その目には悲しみと共に、僅かな希望が残っているように見えた。


だが、その希望に応えることができる自信が、俺にはなかった。


「俺、まだ・・・。引きずってるんだ。

美咲を、守れなかったことが・・・。」


君を、好きな気持ちを、伝えるのが、怖いんだ。


この言葉を、伝える勇気がなかった。


俺は、美咲の手を握り返せなかった。


それどころか、その手を離してしまった自分が、許せなかった。



夜空の星が静かに輝いている。その光が、俺たちの間に横たわる過去の影を照らし出しているように感じた。



「・・・わかってる、浩二くん。でも、私は・・・」


美咲が何か言おうとしたが、言葉にならないようだった。

俺もそれ以上、彼女になにを言えばいいのかわからなくなった。


俺たちの間には、未だに深い傷が残っている。

それが、今の俺たちを繋ぎ止める鎖となり、同時に引き裂く刃となっている。


近づくたびに傷つけて、離れるたびに傷ついて。


「・・・」


ただ、彼女の涙を拭い去ることもできず、黙って夜空を見上げることしかできなかった。


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朝日がのぼり、キャンプ場の静寂が徐々に明るさを取り戻してきた。


昨日の夜の出来事が頭に残り、あまり力が入らない。


「ううん、こんなんじゃだめだ。・・・切り替えよう。」


パチンと頬を両手で叩き、喝を入れる。


朝食も、作りたいって言ったのは自分だ。

せめてみんなでいる時間は幸せにしたいし、幸せにさせたい。

気を入れ替えて、みんなの朝食を持ってテントから出る。


昨日はみんな夜更かしをして、あまりはなく起きられる人はいないだろうと思っていた。


だが、なぜか。


よく見知った髪の結い方をした背を見た。


それも、俺が仕込んだものではない、特別な香り。


お腹を空かせるような、食欲をそそる香り。


キャンプ経験があったのか、と錯覚するほど慣れた手つきで黙々と朝食の準備をしている姿があった。


それは、美咲だった。


昨日のことがフラッシュバックする。

胸が苦しい。

予想外で放心していると、視線を感じたのか、美咲が振り向く。


背筋が凍る。どんな顔をすればいいのかわからない。

意気地無しな俺を蔑むような冷たい視線を向けられるんだろうな、と考えると、

罪の意識が押し寄せてきて、目をつむりたくなった。




しかし、俺の考えていた反応とは違っていた。




「おはよう、浩二くん。」


穏やかな声だったが、どこか違和感がある。

予想外で美咲の顔を見る。

彼女の表情に冷たさがなく、むしろ奇妙なほど潔い、優しい笑顔だった。


「昨日は、ごめんなさい。」


美咲がふわりと近づく。俺は真っ白になって言葉を探していると、

美咲は自然な動作で俺を昨日使ったキャンプテーブルの場所に置かれている椅子に座るように促し、

さっきの食欲をそそる朝食を運んできた。


紙皿に乗っていたのは食パンで作ったホットサンドだった。

綺麗な長方形に出来上がったそれは、中身が見えなかったが、いい香りがする。


何故ホットサンドを作ったのか訳が分からなくて、美咲の顔を見ると、にっこりと微笑み、優しく答える。


「浩二くんの料理が美味しかったから、恩返しがしたくなったの。」


そう言いながら、美咲は手作りのベリージャムを瓶から取り出し、


「これも私が作ったの」と言いながらホットサンドに添えてくれた。


「あ、ありがとう」と俺はぎこちなくお礼を言い、ホットサンドを一口。


さくっとしたパンの食感に続き、

舌に感じるのは、中身のチーズの溶けた味と、ハムの風味。

だが、このハムがなんか変だ。焼いているのにしっとりとした柔らかさがあるのだが、繊維が硬い。

舌によく分からない、変な後味が残る。


昨日のスペアリブ、ニンニクを入れたから口の中が若干おかしいのか?


いや、それはないな。昨日のうちにスペアリブはみんなが食べきったのを覚えている。


添えてくれたこのジャムと合わせて食うのが正解なのか?


次は、ジャムを少しのせて食べてみる。

このジャムはイチゴジャムの味がする、するのだが、イチゴの風味だけでなく、

何か他の味。


ほんのりとした苦味と、鉄っぽさ?が潜んでいる気がする。


「?」


なんだこれ。よく分からないな・・・。

少し不安になって美咲を見る。


美咲は微笑みながらずっと俺の様子を見守っている。


でも、



学校で向けられたことのない冷たい視線。






「どう?」と、美咲が問いかける。


俺は、答えに詰まってしまう。


まずいなんて言ったら、美咲が悲しむだろうし、女の子の料理にまずいなんてあまり言いたくない。

なので俺はこの謎朝食を全部口に放り込み、親指を立てて美咲に向ける。


すると、美咲の顔はぱあっと明るくなる。


「よかった。浩二くんに気に入ってくれて、嬉しい。」


その後、山田たちも起き、彼らも美咲の手料理を食べたが、顔をしかめることはなかった。


昨日のキャンプの後片付けで、日中の活動を終える。


・・・ずっと、気持ちが悪い。


美咲の料理を食べてからずっと気持ちが悪い。

胃酸が上るような不愉快感が募る。


なんとか、なんとかみんなに心配されないように隠した。


仮設トイレに向かい、ポリ袋を出そうとしたが、限界がきてトイレに吐き出してしまう。


「うっ、おええええっ」


戻してしまった。胃の中のものが一気に逆流し、トイレの便器に広がる。


この吐き気に耐えながら、トイレの中にある異変なものに目がいってしまう。


中には今日食べたホットサンドの中身と思しきものが現れる。あの奇妙なハムとジャムの味が、まさにここにある気がする。


「・・っ!?」


いぼの立った、何かを削いだような肉と、髪の毛が大量に入っていた。

肉の断片は、やけにリアルで、まるで生きていたもののように見えた。


また、戻してしまう。


「うっ、うぉえっ」


なんだ?これは。

気持ち悪さが、ずっと、止まらない。


「ゲホッ、ゲホッ、」


この肉と髪の毛は、何を意味しているのか。

脳がフル回転しても、恐怖の前では整理がつかない。


「ええっ、ごほっ」


恐怖と、混乱が交錯する。何が現実で、何が幻なのか分からない。


「・・・はっ、はっ」


体が、俺に全力で危険信号を送る。心臓が激しく鼓動し、全身が震える。

美咲の笑顔と料理が脳裏に浮かび、

その冷たい笑顔が、また俺の脳内を恐怖でぐちゃぐちゃにした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


う、ううん・・・。


ここは、どこだ・・・?


それに、体をファサリと布団がかかっているのに気づく。


この布団は、俺の布団?そうだ。これは、俺の布団だ。


少しずつ目が覚めて、今の状況をようやく理解する。


俺は、確か電車に乗ってて、眠くて寝てしまったんだった。

その後のことはよくわかっていない。

誰かが俺をこの寮まで連れてってくれたのか?


多分山田がやってくれたんだろう。


少しトイレに行きたくなって、体をおこし、布団から出る時に、俺の布団のそばにスクラップブックが落ちているのに気がついた。


「スクラップブック・・・?」


表紙には、何も書かれていない。


だが、とてつもなく使い古されているそれが、とても気持ち悪くて仕方がない。


気になって、スクラップブックを開こうとした瞬間ーーーー


「あっ。よかった。目が覚めたのね。浩二くん。」


ゾワりと震えるように全身が揺れる。


「え、み、美咲・・・?」


おぼんに何かをのせた美咲が、優しそうな笑顔で俺を見つめている。

だが、冷たい視線が俺を貫くようにギラギラと刺さる。


「な、なんで・・・」


「浩二くん、駅で突然倒れたのよ。覚えてない?」


「そ、そうだったのか・・・?」


美咲が怖くなる。俺の寮はまだ山田にすら教えていないのに。

見透かされているような感覚が気持ち悪くて、俺はたじろいてしまう。


「本当に大丈夫?顔色悪いわね・・・」


と心配そうに俺のおでこに美咲の顔が近づき、美咲が俺のおでこに自分のおでこを当ててくる。

彼女の温もりと、目の奥の暗闇に体が震える。


「だ、だ、大丈夫だって!あはは!」


「ほんとうに?」


「し、心配すんな!!」


「さっきまで、ずっと眠っていたから、お腹とか空いてない?優しいものを作ったんだけど。」


そういって美咲はおぼんにのせたおかゆを俺に見せる。その香りが逆に不安を煽る。


「っ・・・!」


今日の朝食を思い出す。

頭に血が巡らなくなるような感覚と、胃酸が上るような気持ち悪さが湧いてくる。


「す、空いてない空いてない!」


といって、その場から逃げたくて、焦ってトイレに向かい、ドアを閉める。


「ふーっ、ふーっ・・・。落ち着け、落ち着け、俺・・・。」


外にいる美咲に聞こえないように、自然と小さく、小さくうずくまるが、ちっとも回復しない。

落ち着け、落ち着けと言い聞かせても、不安と恐怖が消えない。

それどころか、疑問が溢れてくる。


どうして俺の寮が分かったんだ?

どうしてあんなに視線が冷たいんだ?

どうして、朝食に異物が入っていたんだ?


それに、今日ずっと気になっていたことがあった。


昨日は袖から腕を出していた美咲が、今日は一度も腕を出していない。


もし、もしも。


キャンプでの朝食の具が、美咲の、美咲の。


「うっ!ふーっ・・・。ふーっ・・・。」


美咲が何を考えているのか、何を企んでいるのか、さっぱり分からない。


その時、コンコンとトイレの扉を美咲が叩く。


「浩二くん、大丈夫?長いこと入ってるけど、具合が悪いのかしら?」


彼女の声は優しさに満ちているが、その優しさが今は逆に怖い。

何か、裏があるのではと疑心暗鬼に陥る。


「さっきから変よ、浩二くん。大丈夫なの?」


「あ、ああ、大丈夫だ!ちょっと、胃がムカムカしててさ。」


震える声でなんとか答えたが、トイレにこのまま篭り続けるわけにはいかないので、

深呼吸をして立ち上がる。


冷や汗を拭い、ドアノブに手をかける。


ゆっくりとドアを開けると、そこにはやはり、美咲が心配そうな顔で立っていた。


「あっ、浩二くん。お腹、大丈夫?ベッドまで送りましょうか?」


俺はどうにか笑顔を作り、首をふる。


「大丈夫大丈夫。少し寝ればマシになると思うし。

・・・そろそろ外も暗くなってきたろ?

明るいうちに家に戻りなって。

流石に部屋を片付けてないから申し訳なくてさ。」


「ううん。気にしなくていいわよ。それより、本当に一人で大丈夫なの?」


「いいっていいって。大丈夫だから・・・。心配してくれてありがとう、美咲。」


「うーん・・・、分かったわ。浩二くん。」


なんとかその場を切り抜け、美咲を家に返すことに成功した。


バタンと玄関のドアが閉まる音が響き、

俺の緊張の糸が解けた。


「はああああああっ・・・」


膝から崩れ落ちるように地べたに座り込む。


疲れた。もう、寝たい。


重い腰を上げて、のそのそと自分のベットに向かう。


「はぁ、疲れた・・・。」


頭の中はまだ混乱してて、とにかく休みたくて仕方がなかった。

玄関から自分のベットがある部屋のドア開ける。


だが。


そこに置かれていたものに俺の心臓はまた跳ね上がる。


ベッドの隣の机には、さっき作ってくれていた美咲のおかゆと、おそらく忘れていったのであろう使い古されたスクラップブック。


まず、美咲の作ってくれたおかゆに目を通す。


今はあまり美咲の手料理を食べたくない。


でも、流石にむげにするのは申しわけが立たない。手にとって少しかいでみる。


「・・・うん、いい匂いなんだけど。」


キャンプ場でのトラウマがよぎって、食欲があまり湧いてこない。

また入っていたらと思うと、背筋が凍る。

申し訳ないけど、おかゆは台所に放置させてもらう。


次にスクラップブックを手に取る。


「美咲、この本、忘れていったのか・・・。」


表紙が擦り切れていて、古びた見た目から、なんとも言えない不安が込み上げる。


でも、気になって仕方がない。

ここの中に美咲の変化の理由があるかもしれないと思って、スクラップブックを開く。



すると、表紙を開いた中には。


俺だけを切り取った写真が一面に貼られていた。



・・・うわああああっ!!!



俺はスクラップブックを投げ飛ばし、尻餅をつく。


「はあっ!はあっ!はあっ!」


俺だけを切り取った写真だった!俺だけを、なんで、なんで?これ、美咲の本なのか?

じゃあ、なんで?なんでこんなものを美咲が!?


怖いっ!こわいっ!!


頭の中がパニックになる。心臓が限界寸前までドキドキなり、頭を抱えてうずくまってしまう。


いや、落ち着け俺!これは、何かの間違いだろ!間違いなんだ!


・・・これは、間違いなんだ。間違いであってくれ。


俺は、恐る恐る、その古臭いスクラップブックにまた立ち向かう。


気持ち悪い。


ページ一枚に俺の写真が丁寧に貼られている。

よく見ると、制服を着た俺、普通の格好をした俺、着替えている俺。


そして、


キャンプ場に行く時の格好をした俺。


これ、いつから作っていたんだ?


俺の知らないところで、ずっと見られていたんだ。


冷たい視線がちらつく。


何か、決定的な証拠を見つけたくなって、

頭の痛みを堪えながらページをめくると、


次も、自分の写真が写っている。

比較的先ほどよりは全体像がよく見えたが、

俺以外の人間の顔には太いペンで塗り潰されていた。

山田のような人とつつき合ってる俺、自転車を押している俺、駅でぼんやり立っている俺。

その中で一番ひどい塗りつぶされ方をしていたのが、スカートを履いていると思しき女の子のところが認識できないほど傷だらけの写真だった。


「俺だけ・・・?なんで俺だけこんなに綺麗なんだ?」


自分だけが異様に綺麗に貼られているのが、執着されているみたいで怖くなる。


そんなページをめくるたび、笑った顔、真剣な顔、疲れ切った顔・・・。まるで監視されているような得体の知れない緊張感が募る。


そうしてページをめくっていると、だんだんページの一部が酷く劣化して、波打つように歪んでいた。

水のような何かで濡れた後がたくさんあり、紙質が悪かった。

そして、そのページからは鼻をつく異臭が漂う。


「なんだこの臭い・・・。」


顔をしかめながらそのページを開く。


そこに貼られていたのは、昔小学校で撮った写真みんなの集合写真の一部だった。

俺と美咲が隣り合って笑っている部分だけが切り取られ、貼り付けられている。

しかし、その写真の周囲には奇妙なシミが広がっていて、それが異臭の正体のようだった。


「小学校の写真・・・。俺と岬が一緒に並んで撮ったあの時のやつか。

でも、なんでこんな臭いんだ・・・」


そのページの先はずっと幼少期の写真が続いていて、俺と美咲が一緒の写真が多かった。


それに伴って、異臭も次第に強くなっていく。所々に乾いた血のような跡、そして、髪のような材質のものが間に挟まってあって、とても不吉なことを考えてしまう。



美咲のやつ、自分を慰めていたのか?



そう思うと、非常に寒気がする。


「こんなに、こんなに俺に執着していたのか・・・?」


これまでのページと同じく、俺と美咲が一緒の写真が続いていて、それもどれも一緒に笑っている写真だった。

次第に、美咲の感情の深さに圧倒される。


やがて、ページの端に近づくと文字を書いた跡が現れ始める。ページをめくるとその文字が次第に大きくなっていくので、

これは単なるアルバムではなく、日記帳だったと理解した。


そして、この日記帳の最後のページ行き着くと、

見開きにわたって文字がびっしりと埋め尽くされていた。

文字は乱雑で、時折紙が鉛筆の芯での引っかかっていたり、赤いボールペンのインクの飛び散りで汚れて、文字が荒々しかった。


『どうして?どうして?どうして?』


この言葉が繰り返され、その下には次々と感情が爆発している様子が書かれていた。


『いやだ いやだ』


『好きだったのに』


『許せない』


『嫌い』


『やり返してやる』


といった復讐、不満のような言葉が爆発して散らばっている。


おそらく、これは俺が昔、「縁を切ろう」って美咲を否定した時のことだ。


その時の絶望と苦しみが、乱雑な文字の中に込められている。


しかし、右ページの上部には、次第に感情が変わっていく様子が見て取れる。


『いつも構ってくれてうれしかった』


『話しかけてくれてうれしかった』


『矢部浩二くんのことがわすれられない』


本当に、美咲は俺との時間が大切だったんだ。俺との関係が、心の支えだったんだな。


その直後には、次の言葉が続く。


『どうしてはなれたの』


『あなたは何もわるくないのに』


『ともだちのままでもだいじょうぶだったはず』


俺と縁を切らざるを得なかった悲しみと、それに対する深い喪失感。

美咲が俺のことをそんなに大切に思っていたのかと痛切に理解する。


そして、裏表紙へと辿り着き、まだ何も貼られていない綺麗なページでスクラップブックが読み終わった。


「はぁ・・・。」


ページの終わりまで読み進めた後の静寂が、酷く耳に響く。


この空白のページが、まるでこれから先も何かが続く予感がして、ただ冷たい感覚が漂っていた。


スクラップブックを閉じようとした瞬間、


ガチャ。と玄関の方から静かに開く音が響いた。


びくっと体が反応し、頭も真っ白になる。

ただ無意識にスクラップブックを閉じ、手元に抱え込む。


なんとなく誰がくるかはわかっていた。


コンコンと俺の部屋にノックする音が響く。


おそらく彼女だ。声をかけてこないのが恐怖を誘う。


心臓の鼓動が激しくなり、胸の奥で大きく響いている。


そして。


ゆっくりとドアノブを回す音が、時が止まるように響いた。


そして、ドアが開き切り、そこに暗い表情をした彼女が立っていた。


彼女の存在が部屋の空気を一瞬にして重く、冷たいものに変えていた。


一歩、部屋の中に足を踏み入れる。


俺は、ただその場に座り込んで動けずにいた。


さらに一歩ずつ近づく。


その瞳の奥には、冷たい視線の奥には、何かが宿っている、黒い黒い輝きをきらめかせていた。


次の瞬間


時間が止まったように



全てが停止したーーーーーーーーーーーーーーーーーー

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