第二章

入学式のホームルームが終わり、

教室内で新しい友達を作ろうとする人、

俺の左後ろにいる花村美咲さんを一目見ようと画策するお隣のクラスの人。もうごった返しになった。


「はじめまして花村さん!」

「新入生挨拶の時とってもカッコ良かった!」


美咲は優しく笑顔で応じて、誰に対しても丁寧に答えている。その様子を男グループに混ざって眺めていた。


「はぁー・・・。花村さん、かわいいなぁ・・・。」


「実は俺、微笑まれたんだ!!」


お前ら。とっても微笑ましいぞ。

俺は打って変わって気まずくて仕方ない。

こんな再開の仕方ある?


「なあ矢部。」


「あー?」

俺の後ろの席の彼とは仲良くしておこう。


「花村さんは俺と付き合うからな!微笑まれるってことは運命だろ」


「あぁ、よかったな」


「おい!もっと褒めろ!」

やっぱりこいつアホだ。


「ちょ、おい!頭撫でんな!」


わーとかきゃーとかクラスの中は大はしゃぎだ。

そんな中、ふと異様な感覚が俺を襲った。


「ーー!?」


・・・ゾワっとした。


「どうした矢部!つむじが敏感なのか?」


「いや、なんか視線が・・・。」

なんだろう。今日はもう早く帰ろう。


俺は自分の机に視線を送る時、美咲と目があった。

彼女の目からは、冷たい光を帯びていたように見えた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ホームルーム終了後、帰路。


気のせいだと思いたい・・・。

美咲からの視線が忘れられない。

入学式の時も同じ視線だった。軽蔑?

軽蔑だよな。俺は彼女を傷つけたんだ。

うーん、気まずすぎる。ざわざわして気持ち悪い。

こんな時はさっさとやることやって飯食って寝るに限る。


高校生活ということなので寮生活を始めることにした。

地元だと悪い意味で顔が広がったので、家族に悪いから早く独り立ちする練習をかねて自炊、洗濯をやってみよう!というものだ。

流石に寮で美咲に会うことはないだろ。

新しい生活のスタートだ。

・・・あ。晩飯の食材買うの忘れてた。


つーことで、今日はカレーが食いたいので食材リストを片手に野菜コーナーで品定め。

母ちゃん直伝の野菜選び術が火を吹くぜ!

確かにんじんはでかけりゃでかいほどいいとか・・・

人参を漁っていると、隣から聞き覚えのある声がした。



「これ、どうしようかな・・・」


「!?」


驚いて声の方向を向くと、人参の隣の野菜の品定めをしていた美咲が立っていた。

無表情に食材を見る彼女は、怖かった。

つい、声をかけてしまう。


「み、美咲・・・?」


その声に反応した美咲と目が合う。

冷たい視線。心臓が少し縮まる感じ。


「あら、矢部くん、こんにちは。偶然ですね。」


・・・目が笑っていない。無理に笑っているようで、声をかけてしまった苦しさがぞわりと背を撫でる。


「あ、あはは・・・。偶然だな。みさ、はな、ええと・・・」


「美咲でいいですよ。」


「あ、ああ。美咲も買い出しか?」


「ええ。」


そうだよな。わかってた。俺から美咲をおしのいておいて、今更気さくに話しかけることなんかできっこない。

距離を置くのも無理もないというか、なんというか、嬉しいような、悲しいような・・・。


「矢部くん?」


「え?」


「私の挨拶、どうでしたか?」


挨拶?どっちのことだ?教室でのこと?それとも新入生のやつ?


「え?えーと・・・、お、驚いた?というか、びっくりしたというか・・・

あ、驚愕した!」


「ふふ、要するに驚いたのですね。」


「あ、あはは!そうそう!いやー驚いたわ!」

手を口元に当てて笑う姿が美しくて、つい嬉しくなった。

しかし、


「色々話したいことはあるのですが、今回はこれで良しとしましょう。」


あの時の純粋な笑顔は見ることができなかった。

冷たい視線が、心にずっと残って痛かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


次の日の朝。

まだ美咲の冷たい視線が引っかかって、あまり眠れなかった。

俺、本当に美咲のことが全てだったんだとか、色々感じる。

あーもう!なんでウジウジしてんだ!俺は!


ほっぺを叩いて気合を入れ直し、学校に向かう。


教室に着くと、昨日のよそよそしい空気とは打って変わって、親しみに溢れた明るい空気に包まれていた。


「おーっす矢部!」


「おう山田!」


昨日の後ちゃんと聞いたんだが、微笑んでくれた!って喜んでいたアホの名前は山田と言う。

あー。こういうアホのおかげで俺の心は潤う。

こうしている間にも、後ろ、というか、引っ掛かりの元凶である美咲の姿がいない。


「ん?花村さんならまだ来てねー・・・いや、なんでもない」


「は?言い淀むなよ山田!・・・ヒャン!!!」


つん。と、右肩を突かれて変な声でた。


「ヤッホー花村さーん!!」


「おはよう山田くん、矢部くん。」


右肩を突いた犯人は美咲だった。

一歩引いた感じは変わらなかったが、昨日の冷たい視線はない。


「お、おはよう美咲。」


「今日も来てくれてありがとーございます!」


「まだ始まって2日目ですよ?それは半年経ってから言うものでは?山田くん」


「あっ、アザーっす!!!!!」

山田を喜ばせた美咲は自分の席に戻りながら、いろんな人に挨拶して座る。

なんだ。美咲、なんだかんだ言ってあんまり変わってないんだな。

ちょっと安心した。

その後、ホームルームがあり、授業も始まり、

新たな出来事が始まろうとしていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

初めての高校生活の半分が終わり、

お昼休み、昼飯の時間が始まった。


実は俺、食堂というものに憧れがあるんだよな!

早速山田を連れて、俺は食堂で昨日諦めたカレー定食を頼んでムシャムシャ食う。うめー!


「なあ矢部。気になってんだけど」

「ムシャムシャ。なんだよ」


「花村さんと知り合いだったのか?」


「ゲホッゲホゲホ!!!

・・・な、なんでそんなこと聞くんだ?」


「なんかお前、美咲呼びじゃん?なーんかきになるんだよ。」


興奮気味に目を輝かせている。うーん。これは話していいのだろうか。

別に恋人だったわけじゃない。ただ特別に中のいい友達だっただけだ、とでもといえば

「それ彼女じゃーん」とツッコミを入れられるだけだろう。


「あ、えーとな。美咲、いや、花村さんとはチョコーっと面識があったー?つーか・・・」


美咲のことを喋ると、昔の暖かい姿と今の冷たい雰囲気がごっちゃになっているから、どっちを話せばいいかよくわからなくなる。


「ふーん・・・?てか、あれ花村さんじゃん!」


突然山田が指をさして叫ぶ。


「おーい!花村さーん!!」



「ちょい!何呼んでんだよ山田!」


「はあ?いいだろ?おーーい!!」


俺は焦って美咲の方へ振り向くと、また視線がバッチリあった。


美咲は少し驚いた表情を浮かべながらも、すぐいつもの冷たい微笑みに変わる。

また冷たい視線が蘇った。


「おーい!おーーーーい!!」


山田が無邪気に手を振り続けている。俺は少し緊張しながら美咲の反応を待った。

美咲は一瞬、俺の方を見た後、隣にいた友達と共に俺たちの座る席の方に近づいてきた。


「お誘いしてくれたの?山田くん。」


美咲が優雅に微笑んでいうと、山田は胸を張利ながら、


「へへーっ。もちろん!なーっ?矢部!」


「あ、ああ!そうなんだ!よかったら一緒に・・・」


美咲は自分の友達を呼び寄せながら、席に近づいてきた。彼女の友達は明るくて元気で、学校のグループの中心的存在な雰囲気だった。


「こちら、私の友達の佐藤さん、鈴木さんです。」


「こんにちはー!」「よろしくねー!」


「よろしく!俺は山田!そんでこっちが矢部!」


「おっす!オラ矢部!」


彼女たちと明るく挨拶できた。その後俺たちの周りを美咲たちは囲むように座り、会話が始まった。


「今日は一緒に食事できて嬉しいです。みんなで食べるご飯はおいしいですね。」


美咲がそういうと友達もにっこり賛同する。


「ほんとほんと!山田くんも矢部くんも、一緒にご飯を食べられてよかった!」


「俺も俺も!!これも縁だしこれからも一緒にご飯食べようぜ!」


美咲の友達たちは会話をリードして、山田がそれに呼応し、楽しい雰囲気が作り出されて、とても暖かい空気に包まれた。

美咲もこの輪に溶け込みつつも、時折俺をちらりとみることがあった。

視線の冷たさがまだなくならない。

俺はどうしても美咲の視線が気になって会話に混ざることがあまりできなかった。


昼食が終わる頃には、美咲に対する不安がまた増長してしまった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

放課後の時間がやってきた。教室も次第に静かになり、クラスメートたちは各々活動に向かっていく。山田も部活探すと言って先に去っていった。

俺はあんまり部活動に顔を出す余裕がないので、


「ふむ、帰るかー。」


カバンを持って教室を出ようとする時、ふと視界の隅に美咲が静かに机に向かっている姿が見えた。


「・・・」

ノートに書いている美咲の姿は、とても美しかった。一生懸命に勉強する美咲のことが可愛くて可愛くて、たまに放課後、一緒に勉強しようって図書室行ったっけ。

物思いにふけりながらじーっと見ていると、


「何じーっと見ているのですか?矢部くん。」


ちらりと俺を見て言った後、また静かにノートに目を落とした。


「いや、なんでもない。ちょっと外の景色が綺麗だったから・・・あはは。

なあ、美咲はこれから勉強してから帰るのか?」


「ええ。」


「そ、そうか。じゃあ俺はこれで・・・」


「ちょっと待って。」


そそくさ帰ろうとした時、美咲が突然立ち上がり、俺の方に歩み寄ってきた。


「え、何?」


冷たい声だったけど、真剣な表情で俺を見つめる。


「あなたにちょっと、お願いがあるの。」


「お願い?」


「はい。実は学校の帰り道にある古い図書館に行きたいと思っているんです。少しだけ、付き合ってもらえませんか?」


図書館。俺の目が開いた感覚がする。

美咲の目は、決意のような物を感じた。

なんだか、久しぶりだな。


「ああ。もちろんいいよ。」


「ありがとうございます。少々お待ちいただけますか?」


本当に、久しぶりだ。美咲と一緒に図書館に行くのは、ほんっとうに久しぶりで、楽しみだ。


「お待たせしました。一緒に行きましょう。」


美咲が言っていた古い図書館は、本当に古くて、時間が止まってるみたいな雰囲気があった。


「ここがよく目に留まるんです。」


美咲は慈しむように図書館の入り口を見つめる。

なんだか懐かしんでるような、寂しがっているような、そんな顔に見えた。


「つまり、一緒に入ってくれってことか?」


「ええ、もちろん。」


俺たちは図書館の中に入る。

埃っぽい書架、古い本がずらりと並んでいる中を静かに歩いた。

美咲は一つの書架の前で立ち止まり、

一冊の本を取り出す。


「この本、私が小さいころからのお気に入りです。」


美咲が手にとったのは古びた革装の本で、タイトルが擦り切れている。

「『幻想の庭』」と書かれていた。


「この本、大切なんだな。」


美咲は本の表紙を優しく撫でながら、ゆっくりと話し始めた。


「ええ。これは私が小さい頃、母と一緒に読んだ本なの。母がこの本を読んでくれた時、私たちは一緒に夢の中の冒険をしているようで。物語の中の世界が心の中に広がった感動を忘れられない。」


美咲は愛でるような目で続ける。


「すべての願いが叶うと言われている幻想的な庭があってね。母と私はこの庭に行くことを夢見て、毎晩楽しんだわ。」


美咲は目を閉じると、声色が悲しげになった。


「でも、母が亡くなってから、この本は私にとって大切な思い出の一部になった。母と過ごした時間を思い出させてくれるから。」


・・・そうだったのか。美咲のお母さんが。

つまり、あの時声をかけずに放っていたら、

美咲と仲良くなれるきっかけすらできなかったのか。

俺の知らない美咲の一面が少しずつ見えてくる。


「・・・ごめんなさい。少し重たい話をしましたね。」


本を優しく閉じて、俺に微笑んだ。その笑顔がはかなくて、胸が苦しくなった。


「私は、この古い図書館が好き。いつまでもそばにいるって、再確認させてくれるから。」


自然と、笑みがこぼれた。


「俺も、この図書館が好きになった。ありがとう。美咲。とても貴重な時間だった。」


俺たちはこのゆるやかで静かな時間の中で、少しずつ心の距離を縮めていく。

その背後にある美咲の奥底に隠された複雑な感情が、時間と共に明らかになるのを知らずに。

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