第23話 コア回収

 右目いっぱいに入り込んできた途方もない数字がようやく落ち着いた。

 番号ばかりだったから、赤い景色がなんだか久しぶりに思える。

 酔ってない、うん、大丈夫。


『インストールを完了した。ブリッツ、状態はどうだ?』

「最初はびっくりしましたけど、もう大丈夫です」


 急いでシャッテンと合流しないと……。


『よし、ブリッツ、ナハト、4階へ急げ』


 予想とは違う指示。ナハトが先に切り込む。


「まずは合流からじゃないんですか? 4階にシャッテンがいるってことですか?」

『あぁ、シャッテンのA-eyeに、APRと遭遇したログがある。合流して応戦するんだ』


 シャッテンが危ない。

 無意識にナハトと目を合わせて「了解」を揃えた。

 35階の通路にできあがった大きな穴に注意し、ナハトが先に長い脚で飛び越えた。

 ふらつくこともなく、見事な体幹で着地したあと、長い腕を大きく広げて構えている。


「ブリッツ、ジャンプ!」

「う、うん!」


 ナハトを信じて、だって、ナハトは私たちの中で一番身体能力が高いんだから。

 力いっぱい、前のめりに床を蹴った。

 宙に浮く感じ、武装した重い体で、できる限りナハトに飛び込む気持ちで手を伸ばす。

 穴の崖先、欠けた途中の床への着地は叶わなかったけど、脇に腕がかかる。

 勢いを利用した力で掬い上げられた。

 ナハトに抱えられ、やっと床に着地。


「ナイスっ」

「ありがとう、ナハト! やっぱり、凄い」

「ブリッツも。さっ、任務続行、行くよ」


 落ち着きを取り戻したみたい、ナハトの表情は冷静さを固めている。

 非常階段から一気に駆け下りて、ナハトを追いかけた。

 速い……やっぱり速いけど、追いつかなきゃ、置いていかれてしまう。

 一段ずつ下りる脚の動きは俊敏で、ドキュメンタリーで観た野生の草食動物が全力疾走で逃げる時みたい。

 呼吸も忘れて、駆け下りていけば、あっという間に4階に到着した。


「永嶋司令、血が残ってます」


 扉の先まで続く、血の雫。

 4階の通路に入ると、強烈な生臭さが漂ってきて、喉奥から込み上げる気持ち悪さに鼻を塞いだ。


「う……」

「なにこれ、本当に、なに?」


 壁は途中から破壊され、赤い液体がペンキみたく飛び散っている。

 離れたところでも視認できる大きな角ばったロボット、APRが床に傾いて埋まっていた。


『APR反応がある。どうなっている?』

「あの……司令、一面血だらけで、APRは床に、埋まってます」


 壊れた壁の向こう側はオフィスになっていて、ドローンタイプの小型APRだったものが抉れ落ちている。

 小さな球体のコアから漏れたのが、赤い液体……? 血?


『gigigigigiii? kmimimimiara』


 APRの機械音声が響く。

 左側の脚部と、右のテーザーガンが破壊され、単眼レンズは無理やり引きちぎったように配線が飛び出している。


「APRは動けないみたいです。左脚部と、右のテーザーガン、それから、レンズが破壊されています」

『……なるほど、さすがだ。それなら、ブリッツ、コアの回収を行う』

「え、い、今から、ですか?」

『そうだ。シャッテンと城戸は無事、ということが分かった。合流前にコアを回収し、1階エレベーターホールで合流しろ。頼んだぞ、ブリッツ。ナハトは引き続き辺りを警戒しろ』

「了解です」

「りょ、了解です」


 通信が切れた。

 私の足がもつれそうになる。

 背中に、手が。


「ブリッツ、やれることをしよう。安全だって分かった以上、時間はたっぷりある。何十時間でも付き合うよ」


 ナハトなりに励ましてくれてるのかな……。

 このコア回収は、私に与えられた任務のなかで一番重いけど、希望もある。


「うん、ありがとう」


 爆発して消えてしまえば、何も考えなくて済む。

 成功すれば、きっと探しているものに近づける。


『mimimiairaaaammmmm』

「コア回収、開始します」


 A-eyeはAPRのストレスを数値で表す。

 かなり際どい、右に流れていく線グラフは常に上を波打つ。

 ギリギリ上のボーダーラインを越えない位置にいる、つまりこのAPRは強いストレスを抱えている。


「大丈夫……落ち着いて」


 なんだか、自分に言い聞かせているような、APRに声をかけているような、感じ。なんとなく、ストレス数値が下がった気がした。

 単眼レンズがあった部位より下側、口部分にコックがある。

 金属の栓を捻り、ゆっくり開けると、内側は高明度の真っ赤な光で溢れていた。

 コックの内側に0~9のキーパッド。訓練で見たのとは型が少し違うけど、多分、大丈夫。


『APRの機体番号を照合した』


 A-eyeに送られてきた、何桁かも分からないほど長い数字の列。

 コアは内側でダイヤルロックに似た構造になっていて、数字を打つ度、少しずつ抜くことができるんだけど、無理やり引っこ抜くこともできてしまう。

 もちろん、引っこ抜いたら爆発、東セキュリティ本社もろともさようなら。

 よし、深呼吸…………。


「行きます」


 右目から脳へ流れ込んでくる数字を打ち込み、片手はコアをゆっくり抜いていく。

 0、8、1、5、7……――――。

 一瞬、数値がボーダーラインに触れそうになった。


「も、もう、少し、だから……大丈夫」


 落ち着いてほしい。

 一気に汗が噴き出て、グローブもブーツも、制服と防弾チョッキも暑い。


『migaaaxaaooooggogogiigigigigiiiiii……』


 APRの機体が、軋みだす。

 火花が散る音が聴こえてきた。あの美術館で放たれた激しい稲妻を思い出す。


『gagagaggggggggggggggggg!!』


 二又の間からバチバチと鳴り響く稲妻が、私に動く。

 乾いた弾ける連射音が遮る。

 5万ボルトの電圧は、別方向にねじ曲がり、壁に放たれた。


「ブリッツ、続けて」


 骨と皮が剥がれてしまったように、ぶら下がるテーザーガンにSMGサブマシンガンの銃口を向けて構えたナハト。


『gigg……g』

「うん……」


 本当に、爆発するんじゃないかって、もう終わりだって一瞬過ったけど、よかった。

 希望が見えた気がする。

 残りの数字を打ち込んで、ようやくコアが外へ出た。

 大きな丸い球体で、高明度の赤い光は次第に消えていき、淀んだ黒い色に変わっていく。


「……できた」

「できた」


 無意識に目が合う。


『よくやったブリッツ! ナハトもよく撃った』


 永嶋司令の声、いつもより吐息が多め。


『このコアを回収すれば、APR対策の研究が進むだろう。よし、今度こそ合流を……小林? 城戸と連絡がついたのか?』

『はい、どうやら、エレベーターの非常電源を作動させたようで、今、地下に向かっていると』

「え、地下なんてあるんですか?」

『…………』


 A-eyeにインストールされた東セキュリティ本社のマップには、ない。

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