第17話 小型APR

 東セキュリティ本社……。

 金属の軋む音だけがハッキリ聴こえてくる。

 エントランスは窓が全壊、遺体はない。

 散乱したパソコン機器と家具類は見事に踏みつぶされて、ヴァンダリズムを表しているみたいな有様だった。


『こちらオペレーターの小林です。東セキュリティ会社内にいくつか反応があります。警戒して進んでください』

「へぇへぇ了解」

「「「了解」」」


 揃えた返事に交じって、筋骨隆々の城戸さんも応えた。

 欠伸と呼吸の合間くらい、かな。緊迫した空気と違う感じに、シャッテンは唇を曲げる。


「失礼ですが、呑気じゃありませんか?」


 抑制できず、冷たく鋭い声が飛ぶ。

 背中がぴりり、と麻痺する感覚に襲われてしまう。


「俺は貴重な護衛対象だぜ? デカいこと言っていいのは、俺をちゃんと生きて会社に返してからだな。それができりゃ認めてやるよ」

「シャッテン抑えて、ブリッツと城戸さんは少し下がって。変な音が聴こえる」


 沈黙を保つような声。ナハトだ。SMGサブマシンガン(装甲貫通弾を装填)を構え、前方を警戒。

 耳を澄ませば、風を切る音が聴こえてきた。


『kiikakiakiakikikiki』


 物陰から飛び出した何かをしっかり観察する暇なんてなかった。

 ナハトは咄嗟に、単発で発砲。

 容赦なく装甲を貫き、地面に落下。

 見た目は丸みが強いフォルムでドローンタイプ。

 4本のプロペラは落ちた衝撃で変形し、抉れた装甲の中から小さなコアが見えた。

 衝撃でヒビが入って、黒い液が隙間を滲ませる。

 お腹の下に単眼レンズ、左右から伸びたアームの先端は小口径の穴。


「永嶋、噂の小型APRだ。ナハトが撃墜した、コアはちいせぇ、爆発の危険性は今のところないな」


 城戸さんは通信しながら、小型APRのアームを強靭で逞しい脚とブーツで踏みつぶした。

 パーツが飛び散るなか、見慣れない小さな銃弾が転がる。


「実弾入り。よほど社内に知られたくない機密があるんだろうよ」

『あぁ……城戸、お前は調査だ。あまり前に出るな』

「へぇへぇ」


 前に来い、と手招く。

 咄嗟に動けなかった……ナハトの方がやっぱり反射神経、いいんだ。


「これがコア、気味悪い、血みたいな」

「コアの中身だ、簡単にいえばオイルだな。ナハト、てめぇ撃つ速度はいいが狙いには気を付けろや。全員道連れにする気か? まずはアームを狙って無力化だろが」

「う、分かりました」


 野太い声は乱暴だけど抑えめで鋭い。

 ナハトは自身の鼻に触れる。


「ブリッツ、お前もだよ。コア回収の役割があっても、仲間が死にゃ意味ねぇんだぞ。相手は、人間じゃねぇ、だから撃て」

「は、はい……」


 なんだか、いろんなことに頭を回さなきゃいけないの、大変……。

 

『城戸さん、説教は終わりましたか? 開発部署の位置を把握できました、35階を目指してください。電気は通っているのですが、どうにも……変ですね。エレベーターは動いていないみたいです』


 小林さんの割り込みによって説教は中断、城戸さんは短い髪を片手でくしゃくしゃに掻きまわして、大きなため息をつく。


「へぇへぇ、ほらガキ共、さっさと開発部署に案内しろ。小型APRには気をつけろや」

「……はい」

「はい」

「……」


 シャッテンはちょっと唸り気味で、返事をしない。

 なんだか空気が悪い……。

 ナハトが前衛に進み、警戒を強めたまま前進する。

 小林さんの言う通り、エレベーターの液晶モニターは完全に真っ暗で、反応がない。

 避難口誘導灯が天井で点滅している。

 辿っていくと、また風切り音がどこからか聞こえてきた。


「小型APR発見」


 ナハトの合図に、銃を構える。

 通路から飛び出した小型APRは、見える範囲で5機確認。

 反応速度はやっぱりナハトが上だ。SMGから放たれる連続した射撃音に、遅れて発砲した。

 アームは細く小さな口径で、プロペラ部分や本体のカメラに当たるけど、どうにも小さな的は当たらない。

 シャッテンも後方から大きな爆発を響かせてライフル弾を放つ。

 3機が床に落下し、電気をバチバチ漏らす。 


「隠れろ!」


 城戸さんの判断に、咄嗟に十字路の壁に隠れた。

 眩しい光と同時に軽い発砲音が数発。


『kiikiaikiikkiikikiiki!』


 気味が悪い。


「撃て撃て!!」


 壁から身を出してナハトは連射。

 私も応戦する。

 アームに1発、ヒットした。千切れて壁や床に部品が弾け飛んだ。


「全機破壊を確認、周囲に敵影ありません」


 シャッテンは辺りを確認。


「よしよし」


 城戸さんは満足そうに無力化した小型APRを見下ろす。

 小さなコアを崩れたパーツから覗き込んだ。


「なるほどな、短い訓練期間ながらもすぐに射撃精度が上昇、やるじゃねぇか。コアに傷がついちゃいない」


 厳つい顔に若気にやけを浮かべている。


「気味悪いですね」


 ぼそりとシャッテンが呟く。


「褒めてんだよ。ほら、非常階段から35階まで慎重に進め」


 コアをいくつか取り除き、城戸さんはケースに収納する。

 小型APRのコアは簡単に外せるみたい、硬式ボールほどのサイズで、中身はあの赤黒い液体が入っているんだと思う。

 次は非常階段を使って35階まで……上がらなくちゃ――。


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