第11話 初任務:学校

 都内某所、某日午後1時――。

 

 ガードテクノロジー社の大きなバン、後ろに窓がないからどこを走っていたのか分からなかった。

 ナハトはいつもの明るい感じの表情じゃなくて、硬い顔。

 シャッテンは変わらない、体力テストで初めて会った時もそう、オーラを纏っている。

 私は、どうなんだろう、不安と期待がぐちゃぐちゃだ。

 それと、先生が戦闘用と新たに支給してくれた制服、動くことが多いのにスカートで、紺色のセーラー服。襟ラインは白い。胸と袖に『ガードテクノロジー』と刺繍までされている。

 一体こんな非常事態に誰が作るんだろう……もしかして先生手作りなのかな。

 電気を通さないためのグローブとブーツ、他はAeyeと無線、急所を守る防弾チョッキを装備。結構重たい。


「よし、出るぞ」


 永嶋司令の合図でスライドドアを開けると、快晴と残骸が両方広がる。

 私立の中高一貫学校、正門があったはずの場所にはレールだけ。

 生焼けの臭いが酷い。

 学校の壁が見事に体当たりで壊され、地面は黒く汚れている。


『gigigigigigigigigigii』


 あの不快な電子音が、校舎内からはっきりと聞こえた。


「位置の把握は容易だ、APRの動きを封じろ。いいか、目標だけを見るんだぞ。シャッテン、後方狙撃位置をAeyeのマップに示した。そこで2人をサポートしてくれ」

「了解しました」


 私とナハトは校内に踏み込む。

 広い昇降口にクラス別の下駄箱、平日はたくさんの生徒が通っているみたい。

 暴走が休日に起きたことは不幸中の幸いと言っていいのかも、被害は少ない。

 部活中だった生徒と勤務中だった先生たちの動かなくなった体が落ちている。

 焦げた臭いと腐った臭いの両方が吸いたくなくても入ってきた。


「全員死んでるんだね」

「う、うん」


 ナハトの声が微かに冷たく感じる。


「APRの動きを止めたらさっさと戻ろう。こんなところ居たくない」

「うん、私も」


 とにかく急いで壁が壊れた廊下を走る。

 上階から重い足音と軋みが聞こえてきた。


『gigigigiiigiigigigi』


 あの不快な電子音も。


『こちら小林、2階にAPR1台。警備エリアの範囲を超えた場所まで進んでいます。おそらく、生存者を探し回っている可能性が、あります。予測と違う行動も十分にあり得ますので警戒してください』

「了解です」


 生存者を探し回っている? 警備エリアの範囲を超えた?

 AIが設定された以上のことをできるのかな。

 天井が脆くなって欠片が少しずつ欠け落ちてくる。


「上に行こう、このままじゃ潰される」

「うん」

「単独は危険だから、はな」


『giigiigigigigigigigigiggiiiiiiiiiii』


 天井が一瞬にして剥がれ落ちてきた。

 Aeyeからも危険信号が送られてきて、咄嗟に後ろへ大きく下がる。


「あ……」


 四角いフォルムの胴体、単眼レンズがジリジリと私を捉えた。

 節足動物のような4つの脚部と、左右についているテーザーガン。


『こちらナハト、ブリッツ一旦逃げて。シャッテン、狙撃は?』

『分かっています! 瓦礫が邪魔で狙いがつけられないだけです。どこか、ひらけたところまでおびき出してください』

『あ、う……りょ、了解!』


 ナハトは無事みたい。

 なのにどうしてか、私の足が竦んでしまう。

 美術博物館、逃げようとした人を襲ったあの稲妻が頭にちらついて、恐怖に支配される。


『mgiiiimiraaaggaga』


 ジリジリと近づいてくる。

 テーザーガンの先端は二又に分かれて、バチバチと火花を鳴らす。


『ブリッツ!!』


 永嶋司令の声。


『部屋に逃げ込め!』


 命令通り、横の部屋に飛び込んだ。

 回避した1秒後、テーザーガンから電撃の光が放たれた。

 地震みたいに揺れて、また天井が剥がれ落ちてしまう。

 手足が震えて喉も痛い、心臓の激しい鼓動に息が苦しい。

 薬品のニオイがする。

 熱中症、風邪、怪我に関するポスターが貼ってある。カーテン、白衣、それからベッドに横たわる生徒もいた。

 

「うぅ……あぁ」


 生きてる……? それに、うなされている。


『ブリッツ! 脚を撃て!!』

『あ、りょ、了解!』


 今は目標をなんとかしないと……。

 装填した拳銃を廊下にいるAPRの脚部に向けて発砲。

 硬い金属をいとも簡単に貫き、脚部に穴を開けた。


『miixaiaigiiggi』


 脚部から漏電して、白い光が弾ける。


「このっ!!」


 連射する銃撃が響き渡った。


「ナハト!」

「こっちだ」


『gigigigigigigigiigiiiiii』


 ナハトが2階の開いた穴から応戦してるみたい。

 よく見えないけど、APRはナハトの方にレンズを向けて歩き出した。


『APRが中庭に進入』


 追いかけなきゃ……でも、ベッドでうなされている人を放置していいのかな。


「うああああぁ、うあぁぐあぁ」


 苦しそうにしている、さっきの銃撃音で呼吸が乱れたのかも。

 Aeyeにバイタル数値が表示されていく。

 血圧、脈拍、酸素濃度の数値が目まぐるしく変わる。


『ブリッツ! 目標以外に目を向けるな。君も合流しろ!』

「あ、あの、人が」

『Aeyeからの情報は我々にも流れている。人命救助は国が行う、君の任務はなんだ?』

「え、APRの動きを、止める……」

『よし、行け!』


 永嶋司令の命令通りにしないと……ごめんなさい、あとで必ず助けてもらえるから……。

 えと、中庭は、本当は昇降口に行けば入れるけど、さっきの衝撃で天井が崩れてしまって通れない。遠回りしないと。

 抜けた壁の外、グラウンドにも部活中だった生徒の体がたくさん落ちている。

 焦げた服、破裂したボールの痕。

 APRをなんとかしないと片付けもできない、それに何も考えず撃ってしまえばコアに触れて爆発。

 みんなの体を傷つけてしまう。

 見ちゃだめだ、夢に出るし、なにより吐きそう。

 外階段から登って2階、崩れた手前の教室から中庭を覗く。

 ナハト、もしかしてここから飛び降りたのかも、え、高さ6mを飛び降りたの?


『gigigiigiiiiigiiiiii』


 不快な電子音が激しくなってきた。

 二又に火花を散らし、稲妻のような激しい光が飛び交う。

 壁や物陰に隠れながら走り回るナハトを執拗に狙い、容赦なく放つ。

 撃たなきゃ……ナハトが危ない。

 壁を遮蔽にして震える指先で銃を握り、深呼吸。


「ナハト! 応戦する!」

「ブリッツ!」


 私はナハトに向かって大きく声を出す。


『gigiiiimigigiimiiiigimioraaaa』


 レンズが私を捉えた。

 上、レンズの上部を狙う。

 同時に破裂音が重なった……――。



 APRの脚部から激しく火花が散り、動きが止まる。

 単眼レンズが胴体から外れ落ち、中庭に転がった。

 見上げると、ライフル銃のハンドルを引いて排莢するシャッテンがいた。


『APRの動き、停止』


 ナハトの落ち着いた報告。


『よし……任務完了だ。よくやった』


 永嶋司令の声が優しく聞こえ、少し力が抜けてしまう。


『だがまだ油断するな。ゆっくりその場から離れ、すぐにバンに戻れ』

『了解』


 3人並んで駆け足で戻る途中。

 ナハトは栓と無線も外して、調子のいい笑顔を浮かべる。


「なんか、やっとスタート地点にいけたって感じじゃない?」


 親指を上に立てて、嬉しそう。


「これは、いつものナハトですね。さっきまでの通信、ずいぶん冷たい印象がありましたので誰かと思いました」

「うん……戻ってよかった」

「えぇ? あー試合の時もよく言われてたかもね。そんなことよりさ、夢の第一歩って気がしない?」


 夢の第一歩。


「なんですかそれ、あまり寒いこと言わないでもらえます?」

「寒くないっての、お互い素性が話せないじゃん、でも何かしらの理由があって志願した。案外理由、同じかもしんないよ」


 ナハトも何か夢のために志願したってことかな……。

 まだ夢も将来も曖昧で見えない、だから期待を抱いてチームに入った。

 シャッテンは肩をすくめるけど、否定しない。


「だからっこのレールを同時にさっ!」


 体が同調するみたいに片足が浮き、正門のないレールの上を跨いだ。

 背中を押され、同時に着地。

 ナハトの長い手が私とシャッテンの肩を組み、前のめりになってしまう。


「スタートを切ったってこと!」


 ニコニコと笑うナハトの表情に釣られて、どうしてか私の口角も緩んだ。


「調子が狂います……まったく」


「おかえりなさいみなさん」


 小林さんはホッとした表情で私たちを迎えてくれた。

 永嶋司令も少し口元に笑みを浮かべているような気がする。


「よし、3人とも無事だったな。APRの停止も確認。ここからは調査隊がAPRを回収する。救出は国にまかせて、我々は会社に戻る。詳細はそれからだ」

「了解!」


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