第8話 覚悟

 アコースティックギターを爪弾く音が廊下から聴こえる。

 シャッテンが今日も弾いているみたい。

 微かに歌声も聴こえる。綺麗で少し低めの声が心地いい。


 訓練で疲れていても、凄いなぁ……今日もナハトに粘り強く張り付いていた。

 私も追いつこうとしたけど、2人の背中に届かない。

 痛いなぁ、いい加減身体慣れないかな、筋肉痛はいつになったら落ち着くんだろう。


『ナハト、なんですか』


 廊下に響くシャッテンの声。ナハトもいるみたい。

 何も悪いことしてないのに呼吸を潜めてしまう。


『聴いてただけじゃん』

『練習の邪魔です。今は休息時間ですから部屋で休んだらどうです』

『チームなんだし少しぐらい話そうよ』

『素性を明かすのはチーム内の違反でしょう?』

『理由とか経緯は聞かないって、3人でご飯食べたり、お風呂入ったりしてさ、他愛ない話したい』


 お風呂は……レベル高すぎ、かも。

 他愛のない話ってなんだろう。


『はぁ……本当に呑気ですね。お断りです』

『ちぇ、冷たいの。ギターっていつからやってるの?』

『人の話聞いてます?』

『まぁまぁ』

『……6歳から』

『6歳から? すご、え、指届くわけ? ていうかギター抱えられるの?』


 ナハトからの質問攻めに呆れている様子が簡単に想像できた。

 自分のことを話そうだなんて思わないけど、チーム内での違反になるのってどこからなんだろう。

 永嶋司令は、家族や経緯、志願した理由は素性に当たる、って言っていた。


『それだけやってるならシャッテンは音楽の』

『アナタには関係ありません。もういいでしょう、そろそろ部屋にもど』


 スマホから通知音と、続けて声が再生される。


『都内の生存者を各セーフエリアに集めた。外からの応援で救難機を使って空から避難を開始する。かなりの時間を要するため、ガードテクノロジー社員は引き続き警戒を怠るな。生存者の安全が最優先だ』


 都内からの避難が始まったみたいだ。


『あ、あー、オペレーターの小林です。APR殲滅チームのみなさんガードテクノロジー社ビル2階の司令室に集合してください。永嶋司令がお待ちです』


 女性の声。オペレーターの小林さん、初めて聞いた。

 行かないと、訓練で足腰がふらふら……。

 廊下に出たら、ナハトが私に手を振って待ってくれていた。

 シャッテンも合流。


「司令室に入るの初めてじゃない?」

「うん」

「きっと重要なことなのでしょう、APRのことが分かったのかもしれません」


 そうだといいけど、でもまだ武器を握ったことがない。

 2階の廊下、司令室の前に女性が立っていた。

 髪を後ろにヘアゴムで束ねて、耳に通信機みたいなものをつけて、通信機から口元に伸びた細く小さいマイク。

 

「みなさん初めまして、オペレーターの小林です。APR殲滅チームの作戦実行部隊をサポートするために配属されました。どうぞよろしくお願いします」


 目にクマができている。

 学校の先生がよくしてる化粧より薄い気がする。でも、綺麗な人。


「よ、よろしくお願いします」

「お願いします!」

「お願いします」


 小林さんは扉をノックし、どうぞ、と開けた。

 真っ先にナハトが入り、シャッテンが次に私は遅れて入る。

 司令室はテーブルとモニター、小さな窓がひとつあるだけの部屋。

 永嶋司令はイスに座らず、タブレットをジッと睨んでいる。


「よし集まったな。調査隊から新たな報告が入った。APRの爆発の原因は、内部にあるコアだ。コアの中身はハッキリしていないが、外部からの衝撃を受けた際にAIが爆発するようにプログラムされているのだろう、と推測している」

「わざわざ、警備ロボットに自爆プログラムを、ですか」

「あぁ、不思議なことに、もともと暴走を計画していたのかもしれない。コアが解明できるまではまだまだ時間がかかる。我々APR殲滅チームは、コアを破壊せずにAPRの動きを封じること……作戦実行が近い。本格的に実銃を使った訓練も行っていく。我々の敵、APRに感情はない、容赦なく生物を殺す」


 本当に武器を使うんだ……後戻りなんて考えてない。

 不謹慎だって思われてもいい、次に進むためにやらなきゃ。


「ナハト、覚悟は揺らいでいないか?」


 ナハトは一瞬目を丸くさせた。


「揺らいでないです!」

「よし。シャッテン」

「面接で申し上げた通り、私の意思はなにひとつ変わっていません」


 シャッテンは変わらない凛とした横顔で断言。


「そうだったな。ブリッツ……君はどうだ?」


 真っ直ぐ強い瞳が私を見ている。

 深く被った帽子の奥にいる永嶋司令の瞳、つい顔を逸らしてしまいそうになるけど……。


「はい、私も揺らいでいません……戦います」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る