第7話
「星弥が可愛いのは事実だし......だから」
「煩い!!」
マネージャーに一喝すれば恐縮するように車が車線からずれた。俺の手には、『人気投票結果発表』と書かれた雑誌と翡翠の笑顔写真。可愛いとかっこいいならかっこいいの方が需要があることは分かってたけど、ここまで大差になるとは思っていなかった。漠然と感じていた差が、 票数として現れれば自信なんてものは一気に崩れ落ちる。
車がとまり、今日は休む様になんて気遣いの言葉を掛けられても返事をしないで俺は家のドアを開けた。月明りを手繰るようにベランダに出れば、冷たい風が俺の頬を刺した。俺、何でアイドルなんてやってんだろ。俺がどれだけ頑張ってキラキラになっても姉さんは翡翠ばかり見てた。昔から俺の一番は姉さんで、姉さんの一番は翡翠で、翡翠の一番は姉さんで。そんな姉さんの一番になりたくて、アイドルなんて嘘で塗り固められた職業を選んだ。俺には無くて翡翠にはある魅力。勿論ボクと翡翠は全然路線が違う。 それだけで片付けられないくらい、翡翠は俺より何でも器用にできた。努力でカバーできないことはいくらでも存在する。月明かりが輝けば輝く ほどに、周りの闇は際立っていく。そんな思考は夜空を映すように黒く染まっていった。
「お星さまキラキラだね」
背中に感じる心地よい重みは紛れもなく彼女のものだ。どうして姉弟なんだろう。姉弟特権なんて満足出来ないのに。こんな嘘くさい仮面も、毒々しい程に眩しいキラキラも、姉さんが見てくれないなら何もいらないのに。翡翠は三親等だから姉さんを奪う権利があって、俺は二親等だからどれだけ頑張っても姉さんを俺のものに何て出来ない。俺がどれだけ努力しても翡翠のみたく呼吸をするように演技は出来ないし、将来性もない 。アイツは俺の欲しいものを全部持ってて、俺は何も持ってない。
「姉さんは俺とアイツ、どっちに投票したの」
姉さんの沈黙はききたくない答えを示すようで、姉さんが触れているところがすっと冷たく感じた。振り払おうとすれば、彼女は俺の背にしっか りとしがみついて呟いた。
「私は、投票してないよ」
「......嘘だ、何で」
姉さんは翡翠が大好きで、切り取られた葉書は翡翠宛てだと思っていたのに出していないなんて。姉さんは俺を抱きしめて、振り向かせてはくれ ない。
「翡翠くんのことは大好きだよ。親戚だけど、翡翠くんはキラキラしてて芸能人みたい。でもね、星弥は違う。どれだけ、星弥がアイドルとして 活動してても、私には大切な弟にしか見えないの。星弥が頑張って可愛い子を装ってても、私には弟が可愛い子を演技しているように見えちゃうし、家にいる星弥を思い出しちゃうの。家族と芸能人を同じ舞台で図れないよ......それに星弥にファンがいることくらい人気投票なんてなくても知ってるでしょ?」
それは、彼女の中では俺は俺でしかないということ。星弥のキラキラが見たいという幼い姉のために奮闘したボクに、姉さんは目を輝かせていて くれた。ボクの星が伝染したように瞳にキラキラな星空を浮かべていた。翡翠の様に、彼女の頬は染められないけど、姉さんはちゃんとボクのことを、俺のことを見ていてくれた。認めてくれていた、応援していてくれた。ただ、彼女一人を喜ばせたくて入ったこの世界でこれ以上を俺は望 んでいない。ボクの、俺のファン一号は姉さんなんだから。
「......姉さん、寒いからコーヒー淹れて」
「はーい」
誰よりも近くて、誰よりも遠いこの距離が俺と姉さんにはちょうどいいのかもしれない。ファンとアイドルの超えられない壁があるように、姉と弟の超えちゃいけない壁を壊さなくても姉さんは壁越しに俺を温めてくれるんだから。
「美味しいのにしてよね」
アダムとイヴは禁断の果実に手を伸ばした。俺は傍観者のずる賢い蛇でいい。ピンク色の星が夜空を一筋、キラキラと瞬いた。
終
ピンクの星 涼風 弦音 @tsurune
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