第5話
「は? 何で姉さんがこの企画知ってるの?」
「僕がメールしかたから」
本当、抜け目ないなコイツ。勝手に姉さんに連絡とるとか何なの。殺意が膨らんだところで、ノックが響いた。スタジオの準備が終わったらしい 。
「でも、姉さんが望んでるならとびっきり甘い撮影にしないとね」
共演相手が翡翠なのは些か気にくわないけど、彼女の笑顔には代えられない。アイドルスイッチを入れれば、それは翡翠にも伝染したらしい。全く、姉さんが絡むとコイツ、人が変わるんだよ。帰ったら姉さんに美味しいコーヒーを淹れて労ってもらおう。スタジオに移り、さっさと終わらせるためにも、可愛い笑顔を振りまいて翡翠の肩をもつ。翡翠は翡翠でそんなボクの頭を微笑ましそうに撫でた。
「星弥、寄って」
「翡翠が寄れば?」
現場の指示通り二人で空気を作り上げればカメラマンも調子を上げて撮り出した。まさかこんな笑顔の裏で冷戦が起こっているとは誰も気づいて いないのだろう。カメラマンのカットの声に合わせて翡翠の足を踏んだのは秘密だ。
「それではインタビューを始めます。まずは撮影、どうだったかな?」
単純な質問が続く。他の雑誌で言ったことを繰り返すと、記者の顔に職種特有の厭らしさが浮かんだ。スクープという名でボク達が口を滑らせるのを待っている時の顔。
「最近の恋愛事情は? 気になる子とかいるよね、二人とも思春期男子だし」
いつも思うけど、こういった質問をするのは間違いだ。アイドルも俳優も一応恋愛禁止を掲げている以上他言するわけないし、もしバレたら恋愛相手に迷惑が掛かる。そう、この場合「姉さん」に。
「恋愛よりも稽古する時間の方がずっと長くて......僕が一人前の役者になったら素敵な恋がしたいです」
目を細めて少し困ったように笑う王子様に辟易してしまうが、これなら深く追及することのできない回答だろう。本当、姉さんのことになると尻尾掴ませないよね。この似非王子。
「ボクはファンの子たちが恋人かな」
思わず苦笑いする記者に内心舌を出す。俺たちの引き合いに姉さんを出したら勝ち目何てあるわけないだろう。彼女は何よりも大切なんだから。
「美空くんはアイドル業が多いけど、いつまでアイドルを続けるの?」
「えー、ボクはずっとアイドルでいたいかな!」
煽るような質問に苛立ちを抑える。先の見えないアイドルよりも俳優とかの方が将来性があるのは事実だ。翡翠は演技の実力もあって引く手数多だが、ボクには可愛らしさなんて不確定なものしか存在しない。歌える、踊れる、華になる、それだけでこの先を生き残れるほどここは甘い世界じゃない。人の心は簡単に移ろうから、ボクらしさが成長して無くなったら、ファンはボクを捨てて他のアイドルに傾倒する。ボクの曖昧な返答は記者の望み通りではなかったのか、次は翡翠に質問を振った。明らかに今回の雑誌の趣旨からは離れていく。
美園くんは.....美園くんは.....
記者から零れる言葉はアイツの名ばかり。ボクはいくらでも代えのきくアイドルで、翡翠は個人として味のある有望な若手俳優だ。それはきっと絶対的な差で。
「星弥は? ......星弥?」
「へ? ......あっ」
「星弥、本当だったらこの時間昼寝してるから......眠いんだよね?」
「あ、うん! 眠たくってぼっとしちゃった。ごめんなさい、えっと......それで?」
あまりにも記者がしつこかったからか翡翠はボクに話を振ってきていたらしい。翡翠の完璧すぎるフォローが彼の仕事への意識の強さをより一層感じさせた。たとえ犬猿の仲である俺でさえも助けるあたり翡翠のプロ意識を感じる。
「もう一度聞きますね。今回の雑誌は最後に二人の人気投票するけどどっちが勝つと思う?」
「......あっ、うーん。ボクは翡翠くんに投票しちゃうかも! かっこいいもん」
翡翠の眉根がピクリと歪んだ。そうだよ、翡翠。この汚い笑顔は本当の気持ちだ。ボクよりオマエのがずっと上だよ。
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