第3話
「......せいや。せーや、せーやくーん?」
夢と現の狭間で揺れる意識の奥で、ボクの名前が呼ばれる。瞼はどうにも重たくて、上がりたがらない。それでも連呼されるボクの名に痺れを切らし、むくっと寝ぼけ眼で起き上がった。
「んー、だぁれ? ボクの名前を呼んじゃう寂しがりの子うさぎちゃんは......?」
「おはようー、星弥」
クリアに聞こえてきた声はさっきまで考えていた最愛のもので。とりあえず積んだと恐る恐る振り返れば、そこにはいつものように微笑む姉さんがいた。
「やっぱり星弥はキラキラだね」
じゃあ準備してね、と一言残すと彼女はさっと部屋を出た。ずるずると、枕に顔を埋める。とりあえず姉さんは最強だと確信して俺は帽子と洋服 を選んだ。これだけ天使キャラで売っていれば、ボーイッシュな恰好をすれば大体はバレないで済む。伊達眼鏡とマスクと黒のハットをして姉さんを迎えにリビングへ向かった。
「姉さん、いくよ」
「誰だかわからないね」
さっきのことを全くなかったことのように扱ってしまう姉の大らかさを心で尊敬しながら、俺は彼女の手をとった。
電車に揺られ隣の駅につく。パパラッチ対策で遠出したところでどうせ見つかる時は見つかる。マネージャーに内心謝るが、姉さんは全く気づかないらしく子犬のように目を輝かせていた。
『一緒にココアであったまろうっ?♡』
ビルの液晶画面から流れる大音量のボクの声。大きな瞳で、ピンクのパーカーを羽織り、ココアを持って可愛く上目遣いをしている。液晶に釘付 けの女子がざわざわと煩い。ここに本物がいるなんて少しも考えていない顔は、滑稽だと思った。
「遠いね、芸能界って」
俺の耳は雑踏の音よりも小さな姉さんの声を拾ってしまうのだから高性能だ。
「こんなに近いでしょ、馬鹿じゃないの」
彼女の手をぎゅっと握れば、にへらと笑った。姉さんは馬鹿らしく能天気に笑っていればいいんだ。たとえ「ボク」がどれだけ遠くに行っても 、「俺」がこうやって手を引いてあげればいいだけなんだから。
「で、どんな服が欲しいの?」
「可愛い女の子って感じがいい! 星弥のファンみたいな感じ」
ボクのファンは......うん。姉さんに似合う格好にしよう。お気に入りのアパレルショップに連れ込めば、いそいそとワンピースを選び出す。彼女が手に取るのはミントグリーンやパステルグリーンばかりだった。
「緑系がいいの?」
「うん! 好き。似合うの選んで?」
脳裏に浮かんだのは、忌々しいアイツの姿。思考を吐き出すように溜息をつけば、ワンピースの隣にあった雑誌の切り抜きが目に入った。エプロンワンピースを着ているモデル。......と、例のアイツ。
「あっ、これ......翡翠くんの!」
気づいたのか、即決しようとする姉さんにピンク色のワンピースをかざす。折角姉さんとのデートなのにアイツのことなんて思い出したくなんか ない。
「姉さん、こっちのが似合うよ」
「これも可愛い!」
ピンクのニットワンピを鏡に合わせる彼女に急かすように言えば、彼女は謝罪の言葉と共にレジに向かった。何となく雑誌越しのアイツに勝った気がした。
「星弥、ありがとう! 買ってきたから、帰ろ?」
「ん。さっさと帰ろう」
彼女の手をとって帰路へ向かう。あー、次の仕事だけは絶対負けない。そんな覚悟と姉さんの手の所為で俺は全く気付けなかった。姉さんの瞳に映っているのが俺じゃないことなんて。
『
乱立する光の中でひときわ輝く液晶に、アイツが映っていたことなんて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます