間章 硝子細工とトラウマ
――僕は、人を傷つける。
「むふー」
と、
「全く、よーいちは鈍感さんだね!」
中学一年の冬、僕は幼馴染である
陽菜乃は自信ありげに胸を張って、仁王立ちをしている。その美麗な童顔に滲む表情は、やっぱり少女の無邪気さであったが、きゅうと細めたその瞳には何やら、覚悟のようなものが垣間見えた。
いつものようでいつもと違う、そんな彼女に僕は少し、身体に力が入る。
「そんな鈍感さんに教えたげる!」
ビシッ、と彼女は僕に指をさした。
「これは日本特有の文化イズ〝告白〟だよ!!」
「お、おー」
僕は感嘆したフリをする――良く分からなかったからだ。
「その反応はまさか、分かってないな?」
僕の反応が気に入らなかったのか、彼女は不満げに、頬を膨らませる。
「もう! 鈍感系男子は実践して分からせてやる!」
陽菜乃は深呼吸をする。何回も、何回も。そして、肺いっぱいに空気を吸い込み、その胸の内を言い放った。
「好きです。付き合ってください」
彼女の言う〝告白〟が、恋仲になりたいという意味だと知った時、僕はすごく狼狽えた。そして、嬉しかった――僕も彼女の事が好きだったからだ。それも、一人の女性として大切な存在だったからだ。
でも、僕は臆病者だった。嫌われたくなかった。傷つけたくなかった。
もし、付き合った後で、僕の汚い部分を知られてしまって、彼女に失望されたら? 僕が何かのきっかけで、彼女を傷つけたら? 離婚した両親もそうだった。僕もそうなるかもしれない。そう考えると、怖くて怖くてたまらなかった。
だから、現状維持を望んだ。
「ごめん、陽菜乃とは、幼馴染のままでいたいんだ」
――パリン。と、陽菜乃の心が割れる音がした。今でも耳に残っている、心に深く刻み込まれている、トラウマ。
結局僕は、自分の事しか考えていなかった。気持ちを踏みにじって、彼女を傷つけた。
だから僕は、学校から逃げた。僕は独りよがりなクズで、知らず知らずのうちに人を傷つけてしまうから。もうこれ以上、大切な人を、想い人を、傷つけたくなかったから。
それが一番――怖かったから。
※
僕は廣井さんが大切だ。
だからこそ、傷つけてしまうことが怖かったんだ。
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