間章 硝子細工とトラウマ

 ――僕は、人を傷つける。


「むふー」

 と、陽菜乃ひなのはにまにまと笑った。

「全く、よーいちは鈍感さんだね!」


 中学一年の冬、僕は幼馴染である有村ありむら陽菜乃ひなのに校舎裏へと呼び出されていた。そこにいた幼馴染に「なんで僕、呼び出されたの?」と訊いた結果が、さっきの「むふー」である。


 陽菜乃は自信ありげに胸を張って、仁王立ちをしている。その美麗な童顔に滲む表情は、やっぱり少女の無邪気さであったが、きゅうと細めたその瞳には何やら、覚悟のようなものが垣間見えた。

 いつものようでいつもと違う、そんな彼女に僕は少し、身体に力が入る。


「そんな鈍感さんに教えたげる!」

 ビシッ、と彼女は僕に指をさした。

「これは日本特有の文化イズ〝告白〟だよ!!」

「お、おー」

 僕は感嘆したフリをする――良く分からなかったからだ。

「その反応はまさか、分かってないな?」

 僕の反応が気に入らなかったのか、彼女は不満げに、頬を膨らませる。

「もう! 鈍感系男子は実践して分からせてやる!」


 陽菜乃は深呼吸をする。何回も、何回も。そして、肺いっぱいに空気を吸い込み、その胸の内を言い放った。


「好きです。付き合ってください」


 彼女の言う〝告白〟が、恋仲になりたいという意味だと知った時、僕はすごく狼狽えた。そして、嬉しかった――僕も彼女の事が好きだったからだ。それも、一人の女性として大切な存在だったからだ。


 でも、僕は臆病者だった。嫌われたくなかった。傷つけたくなかった。


 もし、付き合った後で、僕の汚い部分を知られてしまって、彼女に失望されたら? 僕が何かのきっかけで、彼女を傷つけたら? 離婚した両親もそうだった。僕もそうなるかもしれない。そう考えると、怖くて怖くてたまらなかった。


 だから、現状維持を望んだ。


「ごめん、陽菜乃とは、幼馴染のままでいたいんだ」


 ――パリン。と、陽菜乃の心が割れる音がした。今でも耳に残っている、心に深く刻み込まれている、トラウマ。


 結局僕は、自分の事しか考えていなかった。気持ちを踏みにじって、彼女を傷つけた。

 だから僕は、学校から逃げた。僕は独りよがりなクズで、知らず知らずのうちに人を傷つけてしまうから。もうこれ以上、大切な人を、想い人を、傷つけたくなかったから。


 それが一番――怖かったから。



 ※



 僕は廣井さんが大切だ。

 だからこそ、傷つけてしまうことが怖かったんだ。

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